「……ん?」


夕ご飯を食べてから、少しして。
なんとなく部屋で雑誌を読んでいると、ふとケータイが鳴った。

ディスプレイを確認してみると、「高尾和成」と書かれている。







「もしもし、です」


何かあったのかな、と思いつつ電話に出てみると、
いつもの明るい声で「やっほー、ちゃん!」という言葉が返ってきた。







「お疲れさま、高尾くん。
 それで、どうしたの?」


普段おちゃらけているように見えても、きっと彼のことだ。
何も用が無いのに電話を掛けてくることは、ないはず…。

そう思ったからの、問いかけだった。















「おー、さっすがちゃん! 話が早いなー」

ちょっと相談したいことがあるんだよねー。







「相談?」


高尾くんがあたしに相談だなんて、何だろう。
何か込み入ったことなのかも……。

とりあえず、高尾くんの話に集中したほうが良さそうだ。
そう思いつつ、先ほどまで読んでいた雑誌を片づけようとしたとき……









「あっ……!」


誤ってその雑誌を落としてしまった。












「ちょっ…ちゃん、どーした!?
 大丈夫か?」


ばさばさ、と割とものすごい音がしたせいか、
電話の向こうに居る高尾くんにも聞こえたらしい。

ちょっと焦ったような声で、気遣いの言葉をかけてくれた。







「あ、うん、大丈夫……
 ちょっと、さっきまで読んでた雑誌を落としただけだから」

「雑誌?」

「うん」


あたしが読んでいた雑誌は、見ごろの花とその花が見れるおすすめスポットを
割と細かく紹介している内容のものだった。

昨日たまたま本屋で見つけて、気になって買ってしまったものなんだけど…
もともと興味があることだったし、読んでるだけでもけっこう楽しいんだよね。















「ふーん、ちゃんって花が好きなんだ?」

「うん、見るのが特にね。イメージ無いかもしれないけれど」


そう言うと、高尾くんは「そんなことねーって」と返してくれた。







「今ちょうど紫陽花の季節でしょ?
 だから、紫陽花のおすすめスポットとか見てたんだ」


こうして調べてみると、東京周辺にも紫陽花が見れる場所ってけっこうあるみたい。















「なるほど、紫陽花ね……」

「高尾くん?」


電話の向こうで急に黙り込んでしまったので問いかけてみたが、返事は無い。
少し心配になってきたとき、突然「よし!」という声が聞こえて驚いてしまった。







「悪りぃ、ちゃん!
 ちょっと用事思い出したからいったん切るわ」

「えっ!?
 でも、何か相談があったんじゃ……」

「あーうん、まあそーなんだけどー…
 後でまた掛け直すから!」


言葉を返す間もなく「じゃーな!」という声を最後に、電話は切られてしまった。















「……なんだったんだろう?」


でも、後で掛け直すようなことだったらそんなに深刻じゃないのかも。

少し気になったものの、そう思い込んでひとまずは次の連絡を待つことにした。



































「おー、もしもし真ちゃん?」


ちゃんの言葉でいいことを思いついたオレは、
彼女との電話をいったん切ってエース様に掛け直していた。







「何なのだよ、高尾。何か用か」


若干イラついている真ちゃんからは、
さっさと用を済ませて電話を切りたい感じが伝わってくる。

…けど、オレだってこいつの相棒を名乗ってるくらいだ。
これくらいのことは、いくらでも対処できる…のだよ!(笑)















「いやー、それがちゃんのことなんだけどさー」

「……何? だと?」


ほら見ろ。
ちゃんの名前出しただけで、さっきと全然態度ちげーじゃん。

そんなことを思いつつも、ここでからかうと機嫌を損ねるので本題に入る。







「さっきちらっと聞いたんだけどさー、ちゃん、紫陽花見に行きたいんだってよ」


割と東京周辺にも、そーゆースポットがあるらしーんだけど。







「んで、今度の日曜ちょーど部活休みじゃん。
 だからさ、オレらで連れてってやらねー?」


そこまで言うと、真ちゃんは黙り込んでしまった。

……けど、これはアレだ。
たぶんオレの意見には賛成だけど、素直に賛成するのもちょっと癪な感じのときだ。















「……し、仕方がないのだよ。
 には世話になっている、たまには礼も兼ねて連れ出してやるか」


なんて、最もらしいことを言った。







「ったく……
 真ちゃんってホント、ツンデレだよなー」

「うるさい!!」


言い返してきた口調は強めだったけど、やっぱどこか嬉しそうだった。
うちのエース様はホント、ツンデレの代名詞みたいなやつだよなー。















「んじゃー、ちゃん誘ってみっから」

「……ああ、頼む。
 細かいことを決めるのは、お前のほうが得意だろう」


オレは真ちゃんとの電話を切り、再び彼女に電話を掛け直した。



































「はい、です」


少しして再びケータイが鳴った。

ディスプレイを見ると予想通り高尾くんの名前があったので、電話に出る。







「あーちゃん、さっきは急にごめんなー」

「ううん、それは別にいいんだけど…」


ところで相談って言ってたけど、結局なんだったのかな。










「いや、それがさー……
 今度の日曜、7月7日じゃん?」

「うん、そうだね」

「その日、真ちゃんの誕生日なんだわ」


……あっ!
そっか、七夕の日だったっけ…!















「オレんとき、ちゃんと真ちゃんで相談してくれてたみてーだからさ。
 オレも真ちゃんに何かしてやろーと思って」


その相談で、電話を掛けてきたのだと言う。







「そっか、そういうことだったんだね」


それなら喜んで相談に乗るけど……
でも、どうやってお祝いするのがいいのかな。

そうつぶやくと、高尾くんが「いい考えがある」と言った。







「さっきちゃんが言ってた『紫陽花が見れる場所』?
 あそこ行ってみよーぜ」

「え? でも……」


それじゃあたしの行きたい場所だし、緑間くんのお祝いにはならないんじゃ……。















「真ちゃんってあーゆーやつじゃん?
 だからたぶん、人が多いとこよりは、そーゆー場所のほうが好きそうだと思って」

「あ、それは解らなくもないかも」

「だろー?
 ちゃんの話、聞いてて『いいかもなー』って思ったんだよな」


確かに、変に騒がしい場所よりかは、いいのかな……。







「そんな気にすることねーって!
 ちゃんが、自分の行ってみたい場所に案内してやる感じでさ」

「うーん……」


大丈夫、かなぁ……。











「……つーか、ちゃんと一緒なら
 真ちゃんはなんでもいーんだろーけど」

「……え?」

「いや、別にー。
 とにかく、大丈夫だって!」

「うん……」


まあ、高尾くんのほうがあたしより緑間くんのこと解ってるだろうし……
その高尾くんが大丈夫って言うなら、大丈夫かな。















「日曜は部活も休みだからさ、午前中から出かけようぜ!」

「うん、解った」


それからあたしは、待ち合わせ場所や時間、どうやって行くのか…
などなど、高尾くんと相談して決めていった。




















「じゃ、あとは当日だな!」

「うん!」

「真ちゃんには、オレからうまく言っとくから」

「うん、お願いします!」


そうだ、あとはプレゼントも用意しておかなきゃ。

そう思いつつ、作戦会議(?)も終わったので高尾くんとの電話を切った。







「楽しみだな……」


緑間くん、驚くかな。
紫陽花も楽しみだし……。










「いつもお世話になってるんだもの、盛大にお祝いしないと!」


よし、がんばろう!





































「またなー、真ちゃん!」


上機嫌でそう言った高尾の言葉を最後に、オレは電話を切った。















「それにしても……」


電話中の高尾の様子……何かおかしかったな。

(もちろん電話だから顔が見えるわけではないが、)
あの感じは、何かを思いついたときのそれと似ていた。







「妙なことを考えていなければいいが……」


あいつに限って、にマイナスになるようなことはしないと思うが……
それでも少し気になるのだよ。















「何にしろ、気を抜かないほうが良さそうだな」


未だ釈然としない気はしたが、ひとまず考えることをやめケータイを閉じた。

……とにかく、日曜は彼女に会えるのだ。
こんなことを考えるのは柄ではないが……楽しみだな。














































「けっこう人いるなぁ……」


待ち合わせ場所である駅に着くと、思っていたより人が多かった。

今日向かう先……紫陽花が見れるおすすめスポットの公園へは、
電車で行こう、と、高尾くんとの相談で決まった。
だから、集合場所も駅にしたわけなんだけれど。







「まだふたりは来てないみたい」


良かった、何故かいつもあたしが待たせる側だから、
今日くらいは先に来ておきたかったんだよね。
(集合時間前には来ているはずなのに、ふたりとも早いんだよね。)











「それにしても……大丈夫かな」


そう思いながら、あたしは自分の格好を一通りチェックしてみる。

……たぶん、ふたりとも(いいか悪いかは別として)すごく目立つだろうし。
一緒に歩いてて恥ずかしくない程度には、してきたつもりなんだけど…。







「さすがに、ファミレスに一緒に行くのとは違うし」


あんまりオシャレとかこだわらないあたしでも、
さすがに今日は少し考えて支度してきた…はずだ。

言い切れないところが、ちょっと不安なんだけども。















「……あっ」


あの緑の頭は、間違いなく緑間くんだ!
背が高いのも相まってか、遠くからでもよく目立つな。

そんなことを考えつつ、彼がやって来るのを待った。



















「……緑間くん!」

「ああ……おはよう、。待たせてしまったか」

「おはよう!
 今さっき来たところだから、大丈夫だよ」


でも、結局まだ約束の時間前だし。
ほんとにこの人は、約束をきっちり守る人だなぁ…なんて考えてしまった。












「それにしても…高尾くん、珍しくまだ来てないね」

「ああ……あいつはあれでいて人を待たせるタイプじゃないからな。
 少し気になるのだよ」

「確かに……」


どうしたんだろう、もしかして来る途中で何かあったのかな……!?

ちょっと心配になってきたそのとき、ふとケータイが鳴った。










「高尾くんから……?」


電話ではなくメールだったので、とにかく開いてみると。

























     

          201X/07/07 09:06
          From 高尾和成
          Sub  悪りー!

         ―――――――――――

          急なんだけど、妹が
          熱出したから面倒み
          ねーといけなくなっ
          たんだわ!
          ってーことで今日は
          一緒に行けそうにな
          いんだよなー…マジ
          でごめん、ちゃ
          ん。

          でもせっかくだから
          真ちゃんと一緒に行
          ってやってくれねー
          かな。誕生日だしさ。
          祝ってやってよ!
          頼む!


          あー…あと、公園ま
          での乗り換えとか、
          次のメールで一応送
          っとくな。迷ったら
          見てみてくれよ!

         ―――――END―――――





















「そんな……」

「どうした?」

「高尾くんが来れないって……」


妹さんが、熱を出しちゃったみたい。
あたしはメール画面をそのまま緑間くんに見せながら、説明した。







「妹が熱?
 だが、確か先ほど……」


そこまで言いかけたとき、今度は緑間くんのケータイが鳴った。
どうやら電話のようだ。







「高尾からだな……
 少し待っていてくれ、

「う、うん…」


緑間くんは何故か少し距離を取って、高尾くんからの電話に出た。



































「どういうことなのだよ、高尾」


から少し距離を取り、電話に出て早々オレは言った。







「どーゆーことって……
 ちゃんに聞いたっしょ?」


妹が熱出して面倒みねーといけねーから、出かけられなくなったって。

あっけらかんとして言い放った高尾に、オレは苛立った。










「嘘をつくな。
 お前の妹なら、先ほど友人らしき人物と一緒に歩いていたのだよ」


熱を出した人間が、外を出歩いているわけがないだろう。
(ちなみに、やつの妹の顔は前に無理やり写真を見せられたので知っていた)















「…………なーんだ、バレちゃったんだ。
 オレも自分で思ってるより案外ツメが甘いなー」


確かに、友達んちに行くって言ってたしなー。
時間ずらして出かけるように言えば良かった。








「……やはり、嘘をついたのだな」

「あー、そーだな」


オレがもう一度追及するが、高尾はあっさりと嘘を認めた。
嘘をついた理由が解らず、オレはさらに苛立つ。















「どういうことだ。
 何故、嘘をついたのだよ?」

「そりゃー、真ちゃんとちゃん・二人で出掛けてもらうためっしょ」

「何……?」


意味が解らないのだよ。







「忘れてるかもしんねーけど、今日って7月7日……
 真ちゃんの誕生日じゃん」

「……!」

「その反応はマジで忘れてたなー……
 まあ、とにかく…だ」


今日くらいは譲ってやっから、二人で楽しんでこいよ!

その言葉を聞いて、オレはようやく合点がいった。
昨日の高尾から伝わってきた妙な感じは、これが原因だったのだ。


……つまり、自分は行けないフリをしてとオレだけで外出させようと。
それが自分からの誕生祝いだなどと考えているのだろう。















「高尾、お前……」

「あーなんだよ、なんか不満かー?」


不満とかそういう問題じゃないのだよ。







が、嘘とは気づかずにお前の妹を心配している。
 後で必ずもう一度謝っておけ」


あいつは聡いようでいて、あまり人を疑うことはしない人間だ。
今も心配そうな顔をしながら(おそらく)高尾のメールに返信している。










「あー、マジかー…そりゃー悪いことしたな」


解った、後でもっかい謝っとくわ。















「フン……解ればいいのだよ」

「おう。
 まーとにかくさ、楽しんでこいよな、真ちゃん!」


高尾も飄々としたところがあるが、聡いやつだ。
これ以上はとやかく言わなくても平気だろう、と思い、オレはそのまま電話を切った。



















「待たせたな」

「あ、緑間くん…
 高尾くんの妹さん、大丈夫だって?」

「ああ、そんなにひどいわけではないようだ。
 これから病院にも行くと言っていたから、心配いらないだろう」

「そっか……」


良かった、とつぶやいて、はようやく笑顔を見せた。







「じゃあ、えーと……行こう?」

「そうだな」


笑顔の戻った彼女に続き、オレも歩き出した。