、おはよー」

「おはよう」


今日もいつもと同じように学校に行って、
教室に入ってみんなに挨拶して。

いつもと何も変わらない日が始まる。





「おはようございます、さん」

「おはよう、六道くん」


彼は六道骸くん。
少し前に、うちのクラスに転入してきた男の子だ。





「今日の数学、当たるんだよね……
 大丈夫かなぁ」

「ああ、あなたは苦手でしたね」

「うん」


たまたま隣の席になったこともあり、
そこそこおしゃべりする仲になっている。



……転入してきてからまもなく、
彼がこの辺の不良たちを制圧したという噂が流れた。

そのせいか、ちょっと怖いって言う子もいるけれど……

私は、そんなことは無いと思っている。










「どうしました?」

「ううん、なんでもない」


彼からは、なんだか優しいオーラが出ているし……


……まぁでも、女子の大半は
「カッコいいー!」って騒いでるんだけどね。





「クフフ……」

「……?」


ふいに、六道くんが笑う。





「何か楽しいことでもあった?」


とても機嫌が良さそう見えるから、
深くは考えずに聞いてみた。





「そうですね……
 これから、いい事が起こりますよ」


――きっとね。





「そっか」


彼が不思議な発言をするのは珍しくない。

だからあえて追究もせず、私はただ相槌を打った。















――その日の放課後。

私は六道くんから呼び出され、空き教室に来ていた。





「…………」


数人の友だちが、「告られるんじゃない!?」
なんて騒いでいたけれど、そうじゃないと思う。

何故だか、そう言い切ることができた。





「……六道くん?」

「来てくれたんですね、さん」

「う、うん」


――なんだか、少し怖い。

彼にこんなことを感じたのは初めてだ。





「…………」


いつもの六道くんと、雰囲気が違う。

顔は笑っているはずなのに、目が笑ってなくて……
いつもの、優しいオーラも全く感じられなかった。










「あなたには、どんな夢を見てもらいましょうか……」

「え?」


何を言っているの……?





「さあ……物語の始まりですよ」


六道くんの、色違いの目を見た瞬間……

何か強い力に吸い込まれるような感じがして、そして。


私の意識は、そこで途切れた。
















ん……?


『ここは……?』


私は確か、六道くんと教室で話していたはず……





『どうして、急に……』


私が立っていたのは、見知らぬ村の片隅だった。










『僕の世界へようこそ……さん』

『……!』


すぐそばで声がした。

慌てて振り返ると、さっきまで一緒にいた六道くんがいる。





『六道くん……』


あなたは何者なの?

私がここにいるのも、あなたの仕業なの……?










『聞きたいことが、たくさんありそうですね』

『…………』


それを聞いて、この人は素直に答えてくれるだろうか。





『ですが、その質問には後ほどお答えしましょう』


どうすればいいかと迷っていると、
彼から先手を打たれてしまった。





『あなたには、旅をしてもらいます』

『旅?』


どうして、急に……。





『さあ、これを持って』


そうして差し出されたのは、あまり大きくないリュックだ。





『必要最低限を入れてください。
 あれこれ詰めると重いですからね』

『え、あの……』


急に何なの? 
ここはRPGの世界……?










『あなたは、――のふるさとを探さなければいけない』


状況が全く分からないままの私に、六道くんは言う。





『ふるさとって、誰の……』

『――のふるさとですよ』


こんなに近くに居るはずなのに、
一番大事な部分が聞こえない。

私は、いったい何のふるさとを探せばいいの?





『――のふるさとです』


やっぱり、聞き取れない。
どうして……。

そうこうしているうちに……
六道くんに霧がかかって、姿が見えなくなってくる。





『待って、六道くん……!』


さあ、出発ですよ


彼の声だけが聞こえる。





『待って!』 


私はどうして旅をするの?
どこに向かえばいいの……!?


目的地は、あなたがそこに辿り着いたときに分かるはず

心配しなくても大丈夫です、
そこにある足跡を辿っていけば、すぐに着きますよ






『足跡?』


あ、ほんとだ……。

辺りを見回してみると、すぐそばにそれらしき物があった。










『……六道くん?』


もう答えは返ってこない。
彼は居なくなってしまったみたいだ。





『…………』


結局、何のふるさとを探すのかは分からない。
でも……





『彼の言う通りにするしかない』


夢だとしても、そのうち覚めるよね……。

私は努めて前向きに考えることにした。










『クフフ……
 頑張ってくださいね、「さん」』















『……はあ』


自分の感覚で言えば、あれからけっこう歩いた気がする。

時計がないから、あまり自信はない。
もしかしたら、大して歩いてないかもしれないし……。





『なんだか、ちょっと……寂しいな』


こんな知らない土地を、一人で歩いているのもある。
でも、それだけじゃなくて……

なんだかこの世界そのものに、寂しさを感じた。





『空だって、こんなに晴れているのに……』


この世界は、寂しさで溢れている。





『この足跡の主も、同じように考えたのかな』


そう思うと、少しだけ安心できる気がした。










『あと、どのくらいなんだろう……』


そう呟いて、足を止める。




「…………」


正直に言うと、本当はすごく怖い。

でも、私はこの先に行かないといけない。
何故だか、そんな気がした。





『…………』


放課後、教室で話した六道くんはいつもと違っていて……

さっきこの世界で話した彼も、
不思議なことばかり言って全く意図が読み取れない。

得体の知らない何かを感じたのも事実だ。





『でも、六道くんは悪い人じゃない』


それは言い切れる。

だったら、彼がこんな事をしたのにも
何か理由があるはずだ。





『何か……大切な理由があるはず』


きっとその理由も、「目的地」に着けば分かるのだろう。
それを知るためにも……私は行かなくちゃ。





『もう少し……がんばってみよう』


そうして私は、再び歩き出した。















あれからさらに歩き続けた私は、
どこか遺跡のような場所に辿り着いた。

足跡はここで途切れている。




『ここが目的地なの……?』


ふるさとって感じの場所じゃないけど……






『……! あれは……』


遺跡の奥に進むと、その壁にとても大きな傷が付いていた。


――私がこの傷を見たのは、初めてだ。

そう、初めて見たはずなのに……





『私は、この傷を……知ってる……?』


どうして……










『お疲れ様でした、さん』

『六道くん!』


声にしたほうを振り返ると、
そこにはまた六道くんが立っている。





『あなたは、その傷を知っていて当然なんですよ』

『どうして……』


それは、あなたがあなた自身に付けたものですから。





『え……?』


どういうこと……?





『あなたは周りに迷惑を掛けたくなくて、
 いつしか泣くことをやめてしまいましたね』

『……!』


どうしてそれを……六道くんが知ってるの?





『……あなたがときどき、無理して笑っているから』


気になって、調べさせてもらいました。





『その傷は、封印の痕です』

『封印の、痕……』

『ええ。
 あなたは涙を封じるために、自分でその傷をつけたのです』


このまま放置しておけば、治ることのない傷だ。





『けれど、僕は……この傷を治したいと思った』

『どうして……』

『……さあ、何故でしょう』


六道くんは、いったい何を考えているの……?










さん……
 無理して笑う必要はありません』

『……』

『本当に泣きたいときは泣いてください。
 それは……時には必要な事なんですよ』


少なくとも、あなたにとっては。





『……!』


私にとって……泣くことは、必要……





『たとえ誰かに迷惑だと言われても、僕は……
 僕だけは、そんな事は言いません』


決して。





『……!』


本当に、私は……

私は、泣いてもいいの……?





『ええ。
 だから、安心して思いきり泣いてください』


そうすればまた、明日からは本当の笑顔で生きていけるから。





『ろくどう、くん……』

『ここには僕しかいませんから……
 我慢せずに、泣いてしまいなさい』

『あり、がと……』


もしかしたら私は、ずっと……
誰かに言ってほしかったのかもしれない。

泣いてもいいんだよ、と。





『あなたが探さなければならなかったのは……「涙のふるさと」だったんですよ』










笑わないでね 俺もずっと待ってるよ


忘れないでね 帰る場所があることを





















涙のふるさと



(それを見つけることができたから

 きっとまた、泣きたいときには泣くことができるだろう)




















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バンプの「涙のふるさと」をわたしなりに解釈して書きました。
今以上に文章の書き方が拙かったので、かなり加筆修正です……。

当サイトの別作品とちょっと似通っているのですが、
どうしてもこの曲イメージで書きたくて書いた覚えが。


骸さんがどうしてそこまでさんにこだわるのか
その辺も書ければ良かったのですが、
長くなりそうなのでやめました。

どこかで書けたらいいなと思いつつ、
ミステリアスな感じで終わらせておくのもアリかなと……。