「よーし、みんな集まったわね。練習を始めるわよ!」
それからリコちゃん――カントクは、
これから行う練習についての説明を始めた。
あたしは正直、全ては理解できなかったけれど……
これからどういった練習をするのかくらいは、
なんとなく把握したつもりだ。
「――とまあ、説明はこのくらいでいいでしょ。
あと、質問ある人いるー?」
カントクのその言葉に、小金井くんが「はーい」と手を挙げる。
「ずっと言おうか迷ってたんだけど……
黒子が居ない気がする」
小金井くんのその言葉を受けて、
その場に居た全員がきょろきょろと辺りを見回す。
きっとまた「ここに居ます」とか言って出てくることを期待したが、
待っていてもその声は聞こえてこない。
と、いうことは……
「黒子、マジでいねーじゃん!?」
「なんでだよ!!」
意味わかんねーとみんながツッコミを入れる中、
カントクも呆れて言葉が出ないようだった。
「ねえ、まさかとは思うんだけど、もしかして黒子くん……
旅館で迷ったとか?」
恐る恐る言ってみると、みんなが一瞬動きを止める。
「そういえばアイツ、インターハイの海常VS桐皇戦のとき……」
「飲み物買ってくるだけのあの時間で、迷ってたよな……」
そのときの情景を思い出しているのか、
火神くんを始め1年生たちがなんとも言えない表情をしていた。
「それでなくても、あの旅館けっこう広いみたいだし」
ここ(体育館)に来る途中で迷っちゃったのかも、と言うと、
みんな「きっとそうだ」と口々に言い出した。
「まったく、黒子くんったら……」
ため息をつくカントク。
先のことをいろいろ考えて練習メニューを考える彼女のことだ、
ここで時間通りに開始できなければ、困るのかもしれない。
そう思ったあたしは、変な空気が流れている中で言う。
「良かったら、あたし黒子くん捜して連れてくるよ?」
「え? でも……
いいのか、さん」
さすがに、という顔をした日向くんが問いかけてくる。
「大丈夫だよ、あたしは方向音痴じゃないから心配いらないし」
――それに、大したこと出来ないんだからこれくらい手伝わせて。
そう言うと、カントクがまたひとつため息をついて言う。
「じゃあ、申し訳ないけど黒子くんのことはさんに任せるわ」
「うん!」
「けど! ひとつだけいい?」
「え?」
何だろう、と思いつつその言葉の続きを待つ。
「『大したこと出来ない』って自分を卑下するのはやめてよね。
いくらさん本人でも、そんなこと言ってると怒るわよ」
「……!」
リコちゃん…………
「もちろん、みんなも同じ意見よね?」
周りに居る部員たちにリコちゃんがそう言うと、
みんな優しく笑って頷いてくれた。
「みんな、ありがとう……」
そんな風に思ってくれてるなんて、すごく嬉しい。
もっと、頑張らなくちゃね!
「それじゃあ……
とにかく、黒子くんを捜してくる!」
「ええ、お願い」
もう一度カントクに声を掛け、
あたしは旅館に向かって歩き出した。
「それにしても……」
どうやって黒子くんを捜そうか。
あたしは彼のミスディレクションを見抜けるほど
見通す能力があるわけでもなし、一体どうしたら……。
「とりあえずケータイかな?」
彼がケータイを持ち歩いているかどうかは、果たして謎だけど、
それ以外に捜す方法も思いつかないし。
そんな結論に至ったあたしは、ポケットからケータイを取り出して
黒子くんに掛けてみた。
『はい、もしもし』
そして、掛けてから1コール目が鳴り止まぬうちに黒子くんが出た。
「あ、もしもし、黒子くん? あたし、ですけど……」
『はい』
「えーと……黒子くん、今どこに居る?」
『旅館のどこかです』
どこかです、って……それはつまり、
『旅館の中で道に迷いました』
やっぱり迷子ですか……!
自分でカントクに言い出しておいてアレだけど、
正直さすがにそれは無いだろうと思っていたのに。
まさか、本当に迷っていたとは……。
「そ、そっか……
みんなもう、近くの体育館に移動しちゃったんだよね」
そして、黒子くんを捜しに来たことを簡単に説明する。
『そうだったんですか。
わざわざすみません、さん』
「ううん、大丈夫!」
旅館で迷子だなんて正直びっくりしたけれど、
それ以上は言わないことにした。
黒子くんの声が、思ったより心細そうだったから。
「とにかく、今から迎えに行くね!
今どこに……えーと、何階に居るのか、とか解る?」
迷っているくらいだから詳しい場所は解らないとしても、
何階に居るのかくらい解れば迎えにいけるだろう。
そう思いつつ問いかけたあたしに、
黒子くんは「たぶん6階だと思います」と答えてくれた。
「解った、じゃあそこからあんまり動かないで待ってて。
すぐに行くから」
『はい』
普段の彼は表情にあまり変化がないから、
ちょっと感情が読み取りにくい。
けど、電話越しというのがそうさせたのか、
今、彼はすごく不安がっているということがよく解った。
「早く、迎えに行かないと……」
彼が、これ以上不安にならないように――……
「黒子くん!」
エレベーターで6階に向かい、
しばらく廊下を早歩きで移動していると。
やっと見知った後姿を発見できたので、呼びかけた。
「さん」
「ごめんね、遅くなって」
エレベーターからは割と離れたところだったから、
少し待たせてしまったかもしれない。
「いえ……気にしないでください」
そう言った黒子くんは、心なしかほっとしている気がする。
「それより、わざわざありがとうございました」
「ううん、気にしないで」
あたしも運動不足だから、歩き回ってちょうど良かったよ。
わざとおどけてそう言うと、黒子くんも少し笑ってくれた。
「じゃあ、とにかく体育館に行こうか」
早くしないとカントクが怖いしね。
そう続けたら、黒子くんはまた笑ってくれた。
そのことがなんだか嬉しくて、あたしも思わず笑ってしまう。
「さん」
「ん?」
先に歩き出したあたしの背中に、黒子くんが声を掛けた。
何かあるのだろうか、と思いつつ振り返ってみる。
「ちょっとお願いがあるんですが」
「うん、何?」
お願いだなんて、珍しいかもしれない。
「また迷ったら困るので……
手を、繋いでいてもらえませんか」
「手?」
まあ、確かにまた迷ったら大変だし……
「うん、解った。手、繋いでいこっか」
「はい」
そうしてあたしは、深く考えずに黒子くんの手をとった。
けど、なんだかその手が思ったより大きくてごつごつしていて……
――男の人の手なんだ、と思った。
「さん?」
「あ、いや、ごめん!
じゃ、じゃあ体育館に行こう!」
自分からその手をとったはずなのに、妙に意識してしまって。
かなりどもったし、変に思われたかも……。
ちょっと心配になって、後ろからついてくる(という形になっている)
黒子くんを振り返ってみると……
「……!」
さっきの微かな笑みとはまた違った、すごく……
すごく、優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
なんだかそれでさらに恥ずかしくなってしまい、
あたしはさっさと前を向いた。
もう本当にどうしよう
(頭の中はもう 黒子くんでいっぱいだ)
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初回は黒子でした。やっぱ主人公からですよね!(何
てか、ほんとに、行き当たりばったりのシリーズもの……という感じのつもりが
なんだかんだで長編になってきてしまいました。
ので、長編と名乗ることにします(何
単に好きキャラたちと絡みたいだけの、行き当たりばったり長編と
認識して頂ければ間違いないと思います^^;