「わあ…綺麗……」


     初日の練習を終え、それぞれ部屋に戻ってきたあたしたち。
     あたしも部屋で、自分の荷物を整理していたんだけど……

     そのとき窓越しに見えた夕日がすごく綺麗だったので、
     リコちゃんに許可を取り、散歩に出かけていたのだった。





     「いくらか涼しくなってるね」


     日中は蒸し暑くて敵わないけれど、やっぱりもう夏の終わりなのだ。
     日が沈もうとしている今は、その暑さも少し和らいでいるように感じる。





     「……向こうのほうに行ってみようかな」


     駅のほうに向かったら、ゴールが設置されている広場があった。
     この周辺を探したら、まだ何かいい場所があるかもしれない。

     そう思ったあたしは、駅とは反対の方向に歩き出した。












     「あ、……公園?」


     少し歩いると階段を見つけたので、なんとなく登ってみた。
     その先にあったのは、小さな公園。

     でも、夕日が山のほうに沈んでいくのがよく見えて、
     個人的にはちょっといい場所だなと思ったりした。





     「よし……」


     あたしはおもむろに、持ってきていた袋からボールを取り出す。

     特に何か目的があったわけではないけれど、
     持っていってもいいかな、と思ったんだよね。

     せっかく公園もあったんだし、ちょっとボールで遊んでみよう。
     そんな考えから、まずゆっくりドリブルをしてみる。





     「みんな、よくこれであんなに早く走れるよね……」


     そもそもあたしなんか、走ることが苦手だし。
     運動は嫌いじゃないけれど、やっぱり得意ではない……かな。





     「いや、でも……いい機会かも」


     このままドリブルを続けて、ちょっとスピードを上げて走ってみよう。

     こんな一日二日で技術が身に着くとは思っていないけれど、
     みんなと同じことをすれば、その気持ちが少しは解るかもしれない。





     「みんなの気持ちが解れば、ちょっとは違うだろうから」


     身の回りのことを、できるだけ引き受けようと思っているのだ。
     みんなの気持ちは、少しでも解っていたほうがいいだろう。

     そんなことを考えながら、そのまま走り出してみる。





     「……あっ!」


     だけど、走り出すタイミングが悪かったのか、
     はたまたボールの扱いがよくなかったのか……

     あたしは、誤ってボールを蹴飛ばしてしまった。





     「はあー……」


     ため息をつきながら、転がっていったボールを拾う。

     ほんとに運動神経がないやつだな、と、
     心の中で自らツッコミを入れた。
















     「下手くそ」




     「……!」


     ――ボールを拾い上げたとき、背後から声が聞こえた。

     思わず驚いてしまったのは、
     急に声を掛けられたから……だけじゃない。

     その声が、聞いたことのある声だったから……
     否、あたしはその声の主を知っていたからだ。





     「お前、バスケ部?
      ……なわけねーよな」


     それにしては下手くそだもんな、と、
     どうでもよさそうに続けるその人。

     ――あたしが振り返ると、やはりそこに居た。

     青峰大輝……キセキの世代、エースだった人だ。





     「あの……」

     「ん?」

     「あなた、は?」


     ああ、しまった。
     ここはこちらから自己紹介するべきところだったかな?





     「青峰大輝」


     そんなことを思ったんだけれど、
     目の前の人は大して気にしていないようで。

     嫌な顔をすることもなく、すぐに名前を教えてくれた。





     「お前は?」

     「あ、あたしは、……」

     「ふーん」


     自分から聞いてきた割には、
     あまり興味が無いように感じられた。












     「……青峰くん」

     「何だよ」

     「青峰くんは、……バスケ、してるの?」


     バスケをしているかどうかなんて、あたしは既に……
     だいぶ前から知っている。

     だけど、下手なことを言ってもいけない気がして、
     わざとそんなことを口にした。





     「……まーな」


     お前よりはよっぽどうめーよ、なんて、嫌味なことを言ってきたけれど
     あたしには何故か……嫌味には聞こえなかった。

     今の彼の目には光が宿っていなくて……
     本気で言っているわけじゃないのかも、と思わせるからだ。





     「あの、青峰くん!」

     「あ?」


     今度は何だよ、と、めんどくさそうに返事をした。
     だけどあたしは、それに気づかないふりをして続ける。





     「あたしに、ドリブルを教えてください」


     自分でうまいって言うくらいなんだから、
     もちろん教えてくれるよね。

     わざとおどけてそう言ってみると、
     一瞬目を見開いた青峰くんだったけど……

     「特別だかんな」と言いながら、あたしからボールを受け取った。





     「お前、まずオレがやってるの見てろ」

     「うん!」


     そうしてあたしはしばらく間、
     青峰くんからドリブルを教えてもらった。















     「……誰だよ、ったく」


     「もう一度手本を見せてやる」と言った青峰くんに、
     ボールを手渡したちょうどそのとき。

     ふいにケータイが鳴り、
     少しイラつきながらもポケットから取り出した。





     「さつきか? 何だよ」

     『何だよ、じゃないよ、青峰くん!
      いったい今どこに居るの!?』


     ケータイを取り出した青峰くんは、
     一度その画面を確認してから電話に出た。
     (たぶん、誰から掛かってきたのか確認するだめだ)

     さつき、と言っていたところからするに、
     おそらく相手は桃井さんだろう。





     「どこって……テキトーに歩いてたら着いた公園」

     『もう、どうしてそうなるかなぁ!』

     「お前が寄り道ばっかしてて遅せーからだろ」

     『た、確かにお土産屋さんでいろいろ見てたけどー…』


     そういえば……
     どうして青峰くんはこんなところに居るんだろう?

     今は他県に居るわけだし、街で偶然出会った、
     というようなレベルではない。

     電話口から聞こえた桃井さんの言葉を踏まえると、
     少なくとも、彼女も近くに居ると考えたほうが自然かな……。


     なんて色々と予想しながら、電話中の青峰くんを見つめる。










     『とにかく! さっき言ってた旅館に居るから、青峰くんも来て』

     「あー……なんつったっけ」

     『〜〜もう! 今からメールするから、ちゃんと確認してよね。
      それなりに有名なとこだし、周りに看板くらいあると思うから』

     「わーったよ」


     最後にそう返事をして、青峰くんは電話を切った。

     そして、間を空けずして再び彼のケータイが鳴る。
     どうやら今度はメールのようで、何やら確認している様子だ。





     「おい、

     「う、うん、何?」


     まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったので、ちょっと驚いた。
     でもそれを悟られるのも悔しいので、なるべく平静を装う。





     「お前、この旅館どこにあるか知ってっか?」

     「え? えーと……」


     そう言いながら、青峰くんは自身のケータイ画面を見せてくる。

     そこには「Fromさつき」とあるメールが開かれていて、
     旅館の名前だけが本文に書かれていた。





     「この旅館……」


     普通に、うちらが泊まってる旅館なんだけど……。









     「さつき――連れのやつが、ここに居るから来いっつーんだよ」

     「あ、そ、そうなんだ……」


     ということはもしかして、桃井さんは黒子くんに会ってるとか……?

     そんなことを思いつつ、あたしは答える。





     「ここ、あたしたちが泊まってるところだよ」


     ここに行かなきゃいけないんだったら、ちょうどいい。
     あたしも、そろそろ帰らなきゃいけないし……





     「一緒に行こっか」

     「そーだな」


     迷ってもめんどくせーしな、と言いながら、
     青峰くんはボールを持ったまま階段を下り始める。





     「あ、ま、待って……!」


     あたしは慌てて残りの荷物を持ち、彼を追いかけた。















     「……あ、ねえ、青峰くん。のど渇いてない?」


     旅館に戻る途中、行きでも通りかかった自販機を目にして
     あたしはそんなことを口にした。





     「あー……渇いた」


     意外と素直な答えが返ってきたので、「奢ってあげるよ」と言って
     あたしはその自販機にお金を入れる。





     「どうぞ」

     「サンキュー」


     そう言いながら、ボタンを押して出てきた缶を取り出す青峰くん。





     「コーラかぁ……」

     「あ? なんだよ」

     「ううん、別に」


     ……普通にイメージに合っていて、納得してしまいました。

     彼の問いに心の中だけで答え、あたしも自分の分を買った。





     「じゃあ、飲みながら行こっか」

     「ああ」


     その後あたしたちは他愛もない話をしながら、
     旅館を目指して歩き続けた。













      そして、目的地のその旅館が少しずつ姿を現す。





     「……あ、あれだよ、向かってる旅館」

     「なんだ、割と近かったな」


     これなら迷うこともねーな、なんて言いながら、
     青峰くんは歩みを進める。

     だけどあたしは、逆に足を止めてしまった。


     今まで隣を歩いていたんだから、
     あたしが立ち止まったことに彼もすぐ気づいた。

     不思議そうな顔をして「どーしたんだよ」と問いかけてくる。





     「…………青峰くん」

     「ん?」


     旅館に着いたらきっと、そこには桃井さんが居るだろう。
     そして、黒子くんも一緒に居るに違いない。

     だったら、ふたりに会う前に……。





     「青峰くんの連れのひと……
      もしかして、あの旅館で黒子くんに会ってるんじゃない?」

     「……!」


     あたしの言葉に、彼が顔を強張らせた。










     「……テツを知ってんのか?」

     「うん……
      あたしね、ちょっと訳あって誠凛のカントクの家で暮らしてるの」


     警戒するような瞳で見つめられて、正直なところ少し怖かった。

     だけど、怖がってちゃいけない。
     なんとなくそう思って、真っ直ぐ青峰くんの瞳を見つめ返す。





     「それで、置いてもらっている代わりに、
     カントクのお手伝いをなるべくしようと思って」


     誠凛バスケ部の練習でも、
     いろいろ雑用なんかを手伝いに行ってるんだ。

     だから、誠凛バスケ部のみんな……黒子くんのことも、知っている。

     あたしがそこまで言い終えると、しばらくその場に沈黙が流れる。
     けど、それを破ったのは複雑そうな顔をしていた目の前の青峰くんだった。





     「……なんでそれを、今オレに話した?」

     「旅館に行って黒子くんたちに会う前に、話しておきたかった」


     なんとなく、だけど……

     あなたには、先に知っていてほしかった。
     あたしが、どういう人間なのかを。











     「…………」


     青峰くんはそれ以上何も言うことなく、
     すたすたと歩き出してしまう。





     「あ、青峰くん! 
      あの……何も、ないの?」


     慌てて追いかけその背中に問いかけると、
     少し歩調を緩めて言った。





     「別に、お前とテツが知り合いだから、
      なんだっつー話だし」


     んなこと、いちいち気にしねーよ。





     「ただ……先に知っといてほしかったっつー、
     お前の考えは嫌いじゃねぇ」

     「青峰くん……」


     感情の読み取りにくい声音でそう言ったけど、
     なんとなく本心であるような気はした。





     「それにお前、嫌な奴じゃなさそーだしな」

     「な、なんで、そんなこと……」

     「オレを真っ直ぐ見てたから」

     「……!」


     その言葉に少し驚いて、あたしはまた足を止めてしまった。










     「……何してんだ、。行くぞ」


     そんなあたしに、振り返ってそう言ってくれる。
     それが、心を開いてくれた印のように思えて、少し嬉しかった。

















君はきっとすぐに、


(あのときの気持ちを 思い出すだろう)

















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     第10Qはまさかの(?)青峰くんでした!

     青峰くん……というか、今回桐皇は(把握しきれなくなるので)
     外そうかと思ったんですが、「やっぱ出したほうがおもしろいな」
     という感じで、出演してもらいました。

     急な流れになってますが、個人的には気に入っています。
     こーゆー、ひょんなきっかけでの出会いが割と好き。