夜の散歩を終え高尾くんとロビーで別れたあたしは、
自分の部屋に向かって歩いていた。





「てか、さすがにそろそろお風呂入らないと……」


リコちゃんには先に入っててって言っておいたから、
そこは心配ないと思うんだけど。

そんなことを考えながら廊下を歩いていると、
前方から目立つ黄金色がやって来る。





「……あっ、っち!!」


声を掛ける前に向こうが気づき、あたしの名を呼んだ。





「お疲れさま、黄瀬くん」

「お疲れっス!」


走り寄ってきた彼にそう声を掛けると、嬉しそうに返してきた。
そんな様子を微笑ましく思いつつ、あたしは問いかける。





「黄瀬くんは、これから何かするの?」


彼の手にはノートと筆記用具らしきものがあり、
どう見ても「これからミーティングをします」といった風だった。

さすがのあたしでも少し考えれば解ることなんだけれど、
コミュニケーションを取る、という意味で、あえて聞いてみた。





「これからミーティングなんスよ!
 風呂上がって眠くなる前にやるぞーって笠松センパイが」

「なるほど」


お風呂入って少しすると、眠くなるしね……
まあ、解らなくもないかな。











「あっ!」


と、そんなとき、黄瀬くんが何か思い出したような声を上げた。

どうしたのか気になったものの、
とりあえず次の言葉を待ってみる。





っち! 連絡先、交換してほしいっス!!」

「え?」


な、なんだ、そんなことか……。

あの短時間に色々と考えちゃったんだけど、
大したことなくて良かった。





「……ダメ?」


あたしが黙っていたからか、
少し心配そうな顔をして問いかけてくる。





「だ、駄目じゃない、いいよ、交換しよ!」


言いながら慌ててポケットに手を突っ込むが、ケータイは無く。
そこで初めて、先ほど緑間くんに貸したことを思い出した。










「あ、あの、黄瀬くん……」

「……?」


あたしが言いよどむと、黄瀬くんは不思議そうな顔をする。





「交換したいのは山々なんだけど……
 今、手元にケータイが無くて」

「あ、そうなんスか?」

「うん……ごめんね」


まさか、連絡先を交換するのに使うから
ケータイ返せって言うもの微妙だし……

そもそも、これからミーティングをする黄瀬くんを、
長時間引き留めるわけにもいかない。


どうしたものか、と悩み始めたとき……

黄瀬くんがまた何か思い出した
(もしくは思いついた)ような声を上げる。





「じゃー、オレの連絡先だけ先に教えとくっスよ!
 ちょうどペンとノート持ってるから、メモするっス」


そう言いながら、黄瀬くんがノートを一枚ちぎってメモし始めた……











「おい、黄瀬!
 いつになったら部屋に来る……」



「あ、笠松くん!」


ちょうど黄瀬くんがメモし始めたそのとき、
向こうの曲がり角から笠松くんが現れた。

どうやら、なかなかミーティング場所に来ない黄瀬くんを
迎えにやって来たらしい。

……けど、あたしが一緒に居るのが予想外だったのか、
今は少し驚いたような顔をしている。






「あの、黄瀬くんと連絡先を交換しようって話になって……
 あたしが今ケータイ持ってないから、メモしてもらってたんだ」


でも、かなり時間取らせちゃってたよね。ごめんね。





「あ、いや、別に……
 気にしないで、ください」


謝罪の言葉を口にすると、笠松くんは気まずそうにそう答えた。
どうやら、本当に本気で怒っているというわけではないようだ。





「そうっスよ、っち。
 気にすることないっスよ」


はい、と言いながら、書き終わったらしいメモを渡してくれる。





「つーか、お前が言うな!!」


笠松くんが黄瀬くんに、お決まりの蹴りを入れてしまうんだけど……

なんだかそのやり取りが微笑ましく思えて、
今回は口出ししないでおいた。












「……あ、そうだ」


いいことを思いついたあたしは、
そのまま笠松くんのほうに向き直る。





「あの、もし良かったらなんだけど……
 笠松くんの連絡先も、教えてくれないかな」


あたしのその言葉に、笠松くんはきょとんとした顔をする。





「えーと、その……
 あたし、カントクの家に住み始めてからそんなに経ってなくて。
 知り合いも少ないから、教えてもらえたら……って思ったんだけど」


どうかな?

最後にもう一度問いかけてみたものの、
笠松くんは何故か困ったような顔をしてしまう。

……やっぱり、ちょっと図々しすぎたかな。
どうしよう……











「……そのメモ」


だんだん心配になってきたとき、
笠松くんがあたしの手にあるメモを指さした。





「え? これ?」


何だろう、と思ってメモを差し出してみると、
笠松くんがそれを受け取って。





「黄瀬、ペン貸せ!」

「ウィッス!!」


黄瀬くんからペンを奪い取るようにすると、
そのままそのメモに何かを書き始める。

まもなくしてペンは黄瀬くんに、そしてメモはあたしに返された。





「あ、……」


再び戻ってきたメモに目を向けて、そこでやっと気づいた。

黄瀬くんのものとは別に、電話番号とアドレスが書かれている。
つまり、笠松くんが連絡先を教えてくれたのだ。





「あっありがとう、笠松くん!」


嬉しくて、思った以上に声が大きくなってしまった。





「い、いや、別に連絡先くらいなら……」


そう言いながら、笠松くんは顔を真っ赤にしている。

やっぱりかわいいなぁ、と思ったんだけれど、
機嫌を損ねても仕方がないので黙っておいた。










「……黄瀬! 先に行ってるからさっさと来い!!」


それだけ言い残した笠松くんは、そそくさと行ってしまった。
そんな様子を見て、あたしは隣に居る黄瀬くんに問いかける。





「もしかして、怒っちゃったかな……?」

「いや、平気っスよ。
 笠松センパイは、女の人が苦手なだけっスから」

「あ、うん……それはなんとなく察してたけど」


とゆうか、知っていたっていうのか……。





「だから、っちともうまく話せないだけで、
 怒ってるわけじゃないっス」

「そっか……それなら良かった」


あたしなんかよりは笠松くんを知ってるだろう黄瀬くんがそう言うので、
その言葉を素直に信じることにした。












「……それにしても、黄瀬くん」

「何スか?」


実はさっきからずっと気になっていたことを黄瀬くんに言おうと、
今度は彼のほうに向き直る。





「お風呂上がったあと……髪の毛ちゃんと乾かした?」


そう……ずっと気になっていたこと、というのは、これだった。

話している間もずっと髪の毛から水滴が落ちてきているし、
絶対乾かしてない気がするんだけど……。

そう考えていると、案の定「乾かしてない」という言葉が返ってくる。





「ダメだよ、ちゃんと乾かさないと!
 ちょっとタオル貸して」


黄瀬くんが首からかけていたタオルを半ば奪い取るようにして、
彼の髪の毛を拭こうとするんだけど……

ほぼ190センチある彼の髪の毛を拭こうと背伸びしてみるが、
ギリギリ届くか……という感じで、正直かなりキツかった。





「……やっぱりっちはかわいーっスね」

「へっ!?」


またからかわれてる……!

そう思って反論しようとしたとき、
何の気なしに黄瀬くんがしゃがみ込んだ。

なんだろう、と思っていると、
目線の低くなった彼があたしを見上げるようにして言う。





「髪の毛、拭いてくれようとしたんスよね?」


これなら届くでしょ?

続けられた言葉を聞いて、
あたしのためにしゃがんでくれたのだと、ようやく理解した。





「あ、う、うん!
 すぐ拭いちゃうから、ちょっと待っててね」


ただでさえ笠松くんたちを待たせているのだ。

あたしは急いで……でも乱暴にならないように、
髪の毛を拭いてあげた。









「……はい、出来た!」

「ありがとうっス」


満足そうな顔をして立ち上がった黄瀬くんは、
あたしからタオルを受け取る。





「じゃ、オレそろそろミーティング行くんで」

「うん、がんばってね」


あたしの言葉を聞いた黄瀬くはまた嬉しそうに笑って、
先に笠松くんが歩いて行ったほうに向かっていった。






















何気ない言葉で、


(また君は きらきらと笑う)




















++++++++++++++++++++++++++++

  第13Qは再びの黄瀬でした! 
  このくだりは、割と前々から考えていたものでした。

  とりあえずみんなの連絡先を知りたいので、
  こういったシーンは増えるかもしれません。
  でも、やっぱり知ってたほうが面白いし!

  あと黄瀬くんですが、一応(?)モデルでもあるし
  さすがに髪の毛ちゃんと乾かしていそうですが、
  ただ拭いてあげたい願望があったってだけですね。