「ただいま〜」


部屋のドアに手を掛けると鍵が開いていたので、
中にリコちゃんが居るんだろうなと思いながらそう言った。





「おかえりなさい、さん」


思ったより遅かったわね、と、少し心配そうな顔をして言う。

確かに高尾くんと散歩したからいつもより時間かかったかもだし、
その後も黄瀬くんと話し込んじゃったしな……。

そう考えると、割と時間は経ってるよね。





「ごめんね、心配かけて。ちょっと色々あって」


その「色々」というのは、あえて伏せておいた。





「いいわよ、こうして無事に帰ってきてくれたんだから」


散歩を承諾したのは私だし、今さらグチグチ言わないわよ。

そう言い切ったリコちゃんを見て、さすがだ、と思った。
ちょっとしたことじゃ動じないってところ、ほんとカントク向きだよね。











「それより、さん。
 そろそろお風呂に入ってきたらどうかしら?」


私はもう入ってきちゃったから、という言葉を受けて、
すぐに支度を済ませ、お風呂に向かうべく再び部屋を出た。


















「はぁ〜、いいお湯だったー……」


一階にある大浴場にてお風呂を堪能してきたあたしは、
またもやロビーを歩いていた。





「それにしても、」


ここのロビーってテーブルとソファが並んでて、
ゆっくりするのに良さそうだよね。

朝とか、窓ガラスを通して日の光が入ったりしたら
すごく気持ちよさそう……。


そんなことを考えつつそのソファを順に見ていくと、
その中のひとつに大きな後ろ姿を見つけた。





「あれは……」


あのガタイの良さで赤い髪だなんて、ひとりしか思いつかない。
そんな結論に至ったあたしは、その名を呼んで駆け寄る。











「火神くん!」


呼ばれた彼――火神くんは、すぐこちらを振り返った。





さん……
 そんなに慌てて、何かあったんすか?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……
 火神くんの後ろ姿が見えたから、つい」


何かあったわけじゃないから大丈夫だよ、と言うと、
少しホッとしたような顔をした。

……もしかして、心配してくれたのかな。
火神くんって、本当に優しいよね。





「……な、なんすか、その笑顔は」

「秘密!」

「なっ……」


明らかに納得いかないような顔をしていた火神くんだけど、
あたしもそれ以上は言わず、笑ってごまかしておいた。












「それより、火神くん。ここで何してたの?」


実は、あたしが走り寄ったのは、こっちに何かあったわけではなく
火神くんに何かあったのでは、と思ったからだった。

うまく説明できないけれど、なんてゆうか……
後ろ姿が、いつもと違ったっていうのかな。





「…………」


あたしの問いかけに、火神くんは答えない。

やはり、「何かあったのでは」という予想は、
あながち外れでもなさそうだ。


でも、黙っているってことは話したくないのかもしれない。

無理やり聞き出すのも正しいとは思えないから、
一体どうしたものか……。


そんな考えを巡らせていたあたしだったけれど、
案外あっさりと火神くんが口を開いてくれた。





「ちょっと……いろいろ考えてたんすよ」

「考えてた?」

「はい」


それは……





「それは、バスケのこと?」

「…………」


火神くんは、再び無言になる。
どうやら、図星のようだ。





「カントクの指示は正しいと思うし、その通りに練習してるけど……
 オレがそれを、生かせてるのかってときどき考えるんすよ」

「火神くん……」


自分では一生懸命やってるつもりだけど、
本当にちゃんと出来てるのか、不安なのかな……。

火神くんの想いは解ったけれど、
あたしはここでなんて言ってあげるべきなのだろうか。

そう思いつつ考え込んでいると、火神くんのほうから口を開く。





「……まあ、悩んででもしょうがないって解ってるんすけど」


――とにかく、やるしかない。

そう言い切った火神くんの顔には、迷いや不安は無かった。





「……すごいなぁ」


あたしが何か言うまでもなく、この人は解っているんだ。
今は悩むことよりも、がむしゃらにやるべきだってことを。

……年上としては気の利いたことを言ってあげたかったんだけど、
どうやらそれも必要ないみたい。





「何がすごいんすか?」

「火神くんが、すごいなぁって」


あたしはそれ以上詳しいことを言わなかったので、
火神くんはしばらく頭に?マークを浮かべていた。














「……あ、そういえば火神くん」

「なんすか?」


あたしが改まって話し出すと、
不思議そうな顔をした火神くんがこちらを見る。





「一度聞いてみたかったんだけど……
 あたしのその、なんてゆうのかな、仕事っぷりって、どう?」

「どう、って……どういうことすか?」

「えーと、だから、その〜……
 ここはこうしたほうがいい、とか、もっとこうやって欲しい、とか……」


実は少し前から気になってたんだよね……
だからって、やっぱり聞きやすい人っていうと限られてくるし。

火神くんなら変に気を遣ったりせず、
素直に答えてくれるかなって思ったんだけど。






さんの仕事ぶり?
 別に、今のままでいーんじゃないすか」

「うっ、嘘!
 何かあるはずだよ、なんでこうしてくれないんだよ! とか!」


やけにあっさり火神くんが言うので、あたしは必死に食い下がった。
でも、何度聞いても「今のままでいい」と言われてしまう。





「あー……強いていうなら、」

「言うなら?」

「バスケのルールを、もうちょっと覚えてもいいかも」


あたしの追求に困り果てた火神くんが、頭をかきながら言った。
(というか、こんなに火神くんを困らせてる時点でどうなの、あたし……
 と、後で思いました)





「あ、ルール! ルールね……!」


確かに、それは自分でも薄々感じていたことだった。
さすが火神くん……しっかりと周りを見てるよね。





「解った、ルールをもっと覚えるね!」


よし、と気合を入れ、あたしは握りこぶしをつくった。












「……さん」

「ん?」


火神くんが少し間を開けてあたしを呼んだ。

どうしたのかと思い隣に居る彼を見上げると、
妙に真剣な顔をしている。





「その、本当にお世辞とかじゃなくて……
 さんは、今のままでいいと思います」

「え、……」

「そこに居てくれるだけで、オレらみんな元気もらってますから」


驚いた。
まさか、火神くんがそんな風に思ってくれてたなんて……。





「それにこうして話してると、ときどき思うんすよ。
 やっぱりさんは年上で、いろんなこと知ってるなって」


話を聞いてもらうだけでも、全然違うと思うから。





「…………」


あたしは、何も返せなかった。

火神くんの言葉が本当に嬉しくて、
何を言えばいいのか解らなかったから……。












「え、ちょっ……さん!?」


黙ったままでいると、急に火神くんが焦りだした。
どうしたのかと思い顔を上げると。






「なな、なんで泣いてんすか!!」


え? 泣いてる……?

そしてふと自分の目元に触れてみると、確かに濡れている。





「あ、ご、ごめん……」


慌てて涙を拭うが、それでもまだ止まらない。





「ったく……」


溜め息をついた火神くんが、親指でそっと涙を拭ってくれる。
その仕草がとても優しくて、安心できたからなのか……

自分で拭ったときとは違い、今度はすぐに止まった。





「嬉し泣きなんて、初めてかもしれないな……」

「う、嬉し泣きだったんすか、今の」

「うん」


あからさまにホッとしたような顔をした火神くんが、
なんだか可愛く思えた。












「と、とにかく、オレはそろそろ部屋に戻ります、けど」

「うん、あたしも戻るよ」


途中まで一緒に行こう、と言えば、
火神くんも「うす」と返してくれた。






「……ありがとう、火神くん」

「? オレ、何かしたっすか?」

「うん!」


火神くんの頭には、また?マークが浮かんでいたのでした。























君は光だった


(影のための――そして迷う人を照らしてくれる、光だった。)






















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  第14Qは火神でした!
  ここの火神は当初予定していなかったのですが、
  他校が続いてるしな、と思って書いた気がします。

  自分が書いているものをまた読み返すと、
  やはりわたしは火神が一番推しかもしれないな、
  と自分で思っていたりします。