「おい、黒子……どっか行くのか?」

「ええ、ちょっと旅館の周りを散歩してきます」


合宿二日目。

少し早く目が覚めてしまい、朝食までの時間を持て余した僕は、
寝起きの火神くんにそう告げて部屋を出た。





「あれは……」


ロビーに向かう途中、カントクとさんの部屋の前あたりに
見覚えのある人影を見つけた。





「おはようございます、緑間くん。
 こんなところで何をしているんですか?」


近づいて声を掛けるとやはり緑間くんで、
声を掛けられたことにひどく驚いている様子。

……ちなみに、昨日の夕飯のときにも緑間くんと遭遇し、
彼ら秀徳メンバーもここに泊まっていることは把握済みです。





「な、なんだ、黒子か……驚かせるんじゃないのだよ」


珍しくどもっている緑間くんをやはり変だなと思いつつも、
何故ここに居るのかと聞いてみる。





「ああ……に、用があったのだが」


やはりまだ寝ているだろうか。

そう思って部屋を訪ねるか否か迷っていたようで。
(でもそうして部屋の前でうろうろしてると逆に目立つと思いますが、
 あえて言わないでおきます)





「何か急ぎの用なんですか?」

「あ、ああ、そうだな……
 なるべく早いほうがいいと思ったのだよ」

「そうですか……」


よくは解りませんが、緑間くんも困っているようですし……





「起きているか気になるのならば、
 先にさんに電話してみてはどうでしょうか?」


緑間くんの答えを聞く前に僕はポケットからケータイを取り出し、
アドレス帳からさんの電話番号を引っ張り出して掛けた。





「い、いや、待て……!」


僕のその行動に、妙に焦りだす緑間くん。

それを不思議に思いつつも、
僕はケータイを耳元にあてて相手が出るのを待つ。

すると、何故か緑間くんから着信音が聞こえてきた。





「……緑間くん?」


この着信音は確か、さんが
「誠凛メンバー用に設定した」と言っていたものだった気がする。

けど、それがどうして緑間くんから……。





「っ……昨日から、ケータイを借りたのだよ」


罰が悪そうに、緑間くんがポケットからさんのケータイを取り出した。





「もしかして……それを返しに来たんですか?」

「……ああ」


掛けていたままの電話を切り、問いかけると、
予想通りの答えが返ってきた。










「……やはり、まだ部屋を訪ねるには早すぎるな」


出直してくるのだよ、という緑間くんを、僕は引き留める。





「あの……もし良ければ、
 僕がさんにお返ししておきますが」


結局このあと、また彼女に会いますから。

僕がそう提案すると、迷いを見せつつも
緑間くんは彼女のケータイを差し出してきた。





「確かに、オレよりお前の方が確実にに会うな……
 すまないが、頼む」

「はい」


差し出されたそれを、僕は受け取る。






「大事なものを借りておいて自分で返せなかったこと、
 すまないと伝えておいてくれ」

「解りました」


そう言い残して、緑間くんは去っていった。












「……珍しいですね」


失礼なことを言うようだけど……

緑間くんがあんなに申し訳なさそうにするところ、
今まで見たことがない気がする。

さんには、何か特別なものがあるのでしょうか……。





「とにかく、また厄介な人に気に入られてしまったというのは
 間違いないですね……」


僕は微妙な心境になりつつも、
託されたケータイを返すべく目の前の扉を叩いた。





















「はーい!」


少し前に目が覚めて、ちょうど着替えが終わったとき。

トントントン、と部屋をノックされた音が聞こえたので、
慌ててドアを開ける。






「おはようございます、さん」

「あ、黒子くん、おはよう!」


ドアを開けると、ちょっと寝癖の残る黒子くんが立っていた。





「どうしたの?」


まだ朝ご飯までは時間があるし、もちろん練習開始はその後だ。
何か急ぎの用だろうか、と思っていると、ふいに何かを差し出される。

よくよく見てみると、それは昨日緑間くんに貸したあたしのケータイで。





「これ……」

「緑間くんから、預かったんです」


それから黒子くんは、あたしのケータイを持ってきた経緯を
簡単に説明してくれた。





「そうだったんだ……ありがとね、黒子くん!」


緑間くんも自分で返せなかったこと気にしているみたいだし、
あとで声かけといたほうがいいかもね。










「あ、そうだ、黒子くん。
 今ちょっと時間ある? あと、自分のケータイ持ってる?」

「時間は大丈夫ですし、ケータイは持ってます」


それがどうかしましたか、と不思議そうに言うので、
あたしはこれが戻ってきたらやらなきゃと思っていたことを口にする。





「桃井さんの連絡先を、聞こうと思って」

「ああ……なるほど」


あたしの言葉を聞いて、
黒子くんも「そういえば」というような顔をした。





「ここで突っ立ってるのもおかしいし……
 とりあえず部屋に入る?」

「いえ、それは……
 さすがに女性の部屋に入るのはアレなので遠慮しておきます」


いや、リコちゃんも居るしそれは問題ないんじゃ?
あたしはそう思ったんだけど……

黒子くんが思った以上に真面目に言っていたので、
エレベーター横にあった休憩所に行こうと提案したところ、了承してくれた。











そんなわけで、部屋の中に居るリコちゃんに断りを入れて、
あたしは黒子くんと共にエレベーターのところに移動してきた。





「えーと……
 それじゃ、桃井さんの連絡先、送ってくれるかな?」

「はい」


あたしがそう言うと、ササッとケータイを操作して
黒子くんは桃井さんの連絡先を教えてくれた。





「ありがとう」

「いえ、このくらい気にしないでください」


そんな黒子くんにもう一度お礼を言いつつ、
あたしは桃井さんの連絡先を登録していく。





「……よし、出来た」


メールもしておいたし、これで大丈夫だろう。





















「それにしてもさん」

「ん?」


桃井さんの連絡先を登録し終えたのを見計らい、
僕はさんに声を掛ける。





「いつの間に、緑間くんにケータイを貸したんですか?」

「ああ……
 それは昨日、秀徳の人たちが練習を始める直前で」




『ごめん……すぐ追いつくから、先に行ってて!』




そうか、あのとき……。






「ほら、緑間くんはあたしをラッキーアイテムだと思って
 連れ出したわけでしょ?」

「はい」

「だからそのラッキーアイテムがないと、
 練習中も困るんじゃないかと思って」


それで手元にあったのがケータイだけだったので、貸したのだという。
その話を聞いて、僕は黙り込んだ。





「……黒子くん?」


この人だって解っているだろうけれど、
ケータイはそう易々と人に貸すものじゃない。

個人情報っていうのもあるし、何より悪用されかねない。

さんと緑間くんが会ったのは、昨日が初めてのはず。
そんな相手に、この人は大事なケータイを貸したのだろうか。

それほど、緑間くんのことを信用しているのだろうか……。










「黒子くん? どうしたの?」


黙ったままうつむく僕を、さんが覗き込んでくる。
その距離の近さで、僕ははっと我に返った。





「い、いえ……なんでもないんです。すみません」

「別に謝らなくていいんだけど……」


苦笑しながら、さんが言った。





「……さてと。そろそろ部屋に戻ろっかな」

「あ、あの、さん!」


立ち上がったさんを、慌てて引き留める。

思いのほか声が大きくなってしまい、
何事かと思ったらしい彼女が振り返る。





「その……もし僕が緑間くんのように、
 今日のラッキーアイテムがあなただと言ったら……」


――あなたは、僕にも協力してくれますか?

緑間くんにしたように、僕にも……。





「そんなの、当たり前だよ。
 あたしで力になれるなら、惜しまず協力するよ?」


何の躊躇いもなくさんがそう言い切ったので、
僕はすぐにお礼を言うことが出来なかった。





「ありがとう、ございます……」

「どういたしまして!」


戻ろう、と言ったさんに続き、僕も歩き出した。



















あなたは本当にどうして


(いつも真っ直ぐに 僕を受け止めてくれる)























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  第15Qは黒子でした!

  ケータイを返すくだりは前から考えていたので、
  次は緑間かなと思っていたのですが、
  何故か急に黒子っちが滑り込んできました。

  小タイトルは、第1Qとお揃いっぽくしてみました。