さん、悪いんだけど私、
 準備したいことがあるから先に行ってるわね」

「うん、解った!」


「鍵はお願いね」と言って部屋を出ていくリコちゃんを見送る。


――今日は体育館が使えないため、
誠凛メンバーは外でのトレーニングをすることになった。

メニューについてはリコちゃんが説明してくれるんだけど、
ひとまず30分後にロビーに集合……という形になっている。





「……よし、あたしも準備できたしロビーに行かないと」


しっかり鍵を掛けたことも確認し、
あたしはロビーに向かって歩き出した。












集合時間より少し早めにやって来たためか、
まだ誠凛メンバーの姿は無かった。

リコちゃんの姿も無いけれど、「準備」のためだろうし……





「とにかく、ソファに座って待ってよう」











「あっ、っちー!」


そうしてソファに向かおうとしたとき、名前を呼ばれる。
その特徴的な呼び方で、誰に呼ばれたのかはすぐに解った。





「おはよう、黄瀬くん」

「おはよっス!!」


嬉しそうに駆け寄ってくる黄瀬くんに挨拶すると、
これまた嬉しそうに返してきた。

うーん、それにしても……

ほんと、みんなが「大型犬」っていうのも解る気がするなぁ、
なんて、そんなことを考える。











「おい、黄瀬!
 旅館の中、走りまわってんじゃねぇ!!」


後からやってきた笠松くんが、黄瀬くんに怒号を飛ばす。

けど、昨日みたいにあたしに気づくと、
ちょっと勢いが収まった気がした。





「笠松くん、おはよう!」

「あ、ああ……おはよう、ございます」


まだちょっと余所余所しい感じはあったけれど、
ちゃんと返してくれる。





「海常のみんなも、これから練習?」

「そうっス! 今日こそは体育館使えるんで」

「うん、昨日言ってたもんね。良かったね」

「ホントっスよ!」


確かにこんな犬だったら大型でも怖くないかなぁ、なんて、
また妙なことを考えてしまった。
(余談だけど、あたしは犬が苦手である)











「おい、笠松! 黄瀬! 何を寄り道して……」


旅館の玄関のほうから、また別の声が聞こえた。

向こうはあたしのことなんて知らないだろうけれど、
あたしには見覚えのある三人……





「って、おい! 誰だよ、その子!!」


もの凄い勢いで駆け寄ってきたその中の一人は、言わずもがな……
女の子大好きで有名の、森山くんである。





「めちゃくちゃ可愛いじゃん!
 名前は? ここで何してんの? 笠松たちとどーゆー関係?」

「え? えーと、その……」


一気にいろいろ聞かれたので、
どこから答えればいいか迷っていると……

青筋を立てた笠松くんの蹴りが、森山くんにヒットしていた。





「ちょ、笠松! 何すんだよ!」

「『何すんだよ』はお前だよ!!」


困ってるだろ! と、ちらりとあたしに視線を向けながら言う。





「びっくりさせちゃったっスよね、っち……
 森山センパイは、女の子が大好きなんスよ」


ごめんね、と言って、黄瀬くんが頭を撫でてくれた。









「って、おい黄瀬!
 なんで頭撫でてんだ羨ましい!!

「森山センパイ、本音がダダ漏れてるっス

「いい加減にしろ、森山!」


そこで再び、笠松くんの蹴りがヒットした。





「あ、あの……大丈夫?」


蹴りの勢いで森山くんが倒れ込んでしまったので、
さすがに心配になり近寄って手を差し伸べる。





「ああ、ありがとう……女神」

「え? 女神……?」

「オレに手を差し伸べる姿が、女神にしか見えなかったからさ!」


なんて答えたらいいか解らず、苦笑で返すしかなかった。
そんなあたしの手を取って、森山くんはすぐに起き上がる。





「あの、」

「ん?」


起き上がった森山くんに声を掛けると、
不思議そうな顔をしてこちらを見た。





「さっきの質問に答えるね。

 あたしは、24歳。
 ちょっとわけあって、誠凛バスケ部カントクの家で暮らしています。
 その関係で、ここにはバスケ部のお手伝いのために来てるんだ」


それから、黄瀬くんや笠松くんと知り合った経緯も簡単に話した。










「……っとこんな感じなんだけど、解ってもらえたかな?」


一応質問されたことには一通り答えたつもりだけど、
説明がいくらか雑になっちゃったし、解ってもらえただろうか……

そう思いつつ問いかけてみると、何故か突然、
両肩をがしっとつかまれる。





「あ、あの、」

「マジめちゃくちゃ可愛いじゃん!
 そっか、年上なのかー……さん、でいい?」

「え? あ、うん」

「オレは森山由孝!
 海常高校三年・バスケ部です」


知ってます、と言うわけにもいかず、
あたしはただ黙ってハイテンションな彼の言葉を聞いている。





「ったく……その辺にしとけ、森山!」

「そうっスよ、いい加減にっちが迷惑してることに
 気づいてくださいよ!」


黙っているあたしを見て困っていると判断したのか、
笠松くんと黄瀬くんが助け舟を出してくれた。

森山くんの感じは知っていたので、
それほど戸惑わなかったけれど……

どこで話を区切ればいいかな、とは思っていたので、
ちょっと助かった。





「せっかく一日体育館が使えんだからな。
 さっさと行って練習始めるぞ!」

「はいっス!」


笠松くんの声に黄瀬くんを始め部員のみんなが返事し、
ぞろぞろと移動を開始する。

先ほどまでハイテンションだった森山くんのことは、
近くに居た小堀くんと早川くんが引きずっていった。





「……すみません、うちの森山(バカ)が」

「あんなでも悪い人じゃないんスよ、っち。
 今日のところは許してあげてほしいっス」


ふたりが本当に申し訳なさそうに言うので、
あたしは慌てて「気にしてないよ」と答えた。





「じゃあ、……もう、行くんで」

「またね、っち!」

「うん」


……あっ、そうだ!





「黄瀬くん、笠松くん!」


あることを思い出し、歩き出したばかりのふたりを呼び止めると、
案の定、不思議そうな顔をして振り返った。





「あの……
 今朝、手元にケータイが戻ってきたんだ。
 だから、後でメールするね!」



「あ、……はい」

「了解っス!」


あたしの言葉に答えてくれたあと、今度こそふたりは
他の部員たちと一緒に体育館へと向かっていった。

















海常メンバーが旅館をあとにした直後くらいから、
少しずつ誠凛のみんなも集まってきた。






「……あれ?
 さん、またカントクは別なんすか?」


あたしがひとりで居たことを不思議に思ったのか、
日向くんが問いかけてくる。





「うん、カントクはなんか……
 準備があるから先に行くって言ってたよ」


でも、あたしが来てからはまだ姿を見てないんだよね。





「スキップしながら部屋を出て行ったから……
 何かいいことでもあったのかな」

「え? スキップ?

「うん」


そばに居た日向くんはおろか……
周りの面々も、何故か顔を青くしていた。
(どうしたんだろう……?)











「みんな、お待たせ!」


と、そんなときカントク本人がようやく姿を見せた。

それ以外は既に全員集まっていたので、
いよいよ練習開始ということになる。





「今日は体育館が使えない以上、基本的に外でのトレーニングになるわ。
 昨日に引き続き個人個人で別のトレーニングをしてもらうわよ」


トレーニング内容については、
これから説明があるらしいんだけれど……

旅館のロビーにぞろぞろ集まっているのも、ということで、
いったん外に出ることにした。












外に出てトレーニングついて一通り説明があったあとは、
みんなそれぞれ練習を開始していった。

それに合わせ、あたしもタオルとかドリンクなんかの準備を始める。





「……あ、」

さん、どうかした?」


思わずつぶやいた声が聞こえたらしく、カントクに問いかけられた。





「うん、今朝洗濯機にかけたタオルなんだけど、
 乾燥機に移してくるの忘れちゃったんだよね……」


濡れたまま放置しとくと、においがすごいことになるしな……。

ここは旅館からそんなに離れていないし、
戻って乾燥かけてこようかな。

カントクにその旨を伝えると許可が出たので、
あたしはまた、練習を抜けていったん旅館に戻ることにした。

















「……よし、これでオッケーだね」


今日は代わりに持ち帰るタオルもないし、さっさと戻ろう。





「よくよく考えたら、昨日もほとんど手伝いできてないよね……」


黄瀬くんとここで遭遇し、笠松くんと体育館のところで会って……

黒子くんとの再会でテンション高めな黄瀬くんにより練習が中断されるし、
再開されたと思ったら、緑間くんに連れ去られるし……。





「その間に練習も終わっちゃってたし」


ほとんど、とゆうかほぼ手伝いできてない……。





「きょ、今日こそは、しっかり手伝いしないと……!」


そう心に決め、あたしはまた旅館をあとにするのだった。


















あたしを受け入れてくれた、みんなだから



(だから力になりたいのに、まだ何も出来てないなんて……!)




















+++++++++++++++++++++++++++++++++++

  第18Qで森山とちょっと絡みました!
  夢を書いたら絶対に絡まないといけない人かな、と思ったので。

  もっといろいろ書いても良かったのですが、
  あんまりやると収拾がつかなくなりそうなのでやめました。

  今回の黄瀬くんですが、ただ頭を撫でてもらいたかっただけです。
  思ったんですが、この長編の黄瀬くんに対しては
  わたしの願望がダダ漏れている気がします(え