「よし、さっさとみんなのところへ戻ろう!
……ん?」
旅館に戻りタオルを乾燥機に移したあたしは、
昨日全然お手伝いできていないことを悔やんで、
急いで戻ろうとしていた。
そんなとき、旅館の玄関を出たところでケータイが鳴った。
取り出してみると、画面にはカントクの名前が表示されている。
「……もしもし、カントク?」
通話ボタンを押して電話に出ると、
思った通りカントクの声が聞こえた。
『あ、さん。まだ旅館に居るかしら』
「うん、玄関を出たところだから、まだ旅館だよ」
何か忘れ物かな?
『そう、じゃあちょうど良かった。
ちょっと車で向かってほしいところがあるのよ』
「車で?」
『ええ』
ええと、確か……
車の鍵も、ポケットに入れておいたはずだ。
そう思って確認してみると、やはり鍵はそこにある。
部屋に取りに戻らなくてもよさそうだ、と思った。
「それで、どこに向かえばいいの?」
『駅に向かってほしいのよ』
駅?
『今さっき鉄平からメールがあって
。あと三十分くらいで着くみたい』
「あ、そうなんだ」
そういえば確か、遅れて向かうことになるから
電車で行くって言ってたっけ……。
『渡したいものもあるから、駅に行く前に
私たちのところに寄ってもらえる?』
「うん、解った。じゃあ今から車で向かうね」
今みんながトレーニングしている場所は駅に向かう途中だし、
寄って行くのに苦はないしね。
そう考えながら、あたしは駐車場に向かって歩き出した。
「リコちゃん、お待たせ」
「さん!」
そばの駐車場に車を停めて、
みんなの練習をチェックしていたリコちゃんのもとへ行く。
声を掛けると、気づいたリコちゃんが「急にごめんなさい」と言った。
「ううん、気にしないで。
それより、渡したいものって?」
そう言うと、何か封筒のようなものを差し出された。
中身は解らないが、とりあえず受け取ってみる。
「さんにはこれから、鉄平を迎えに行ってもらうんだけど」
「うん」
「今から駅に向かって帰ってくる頃には、
旅館のお昼の時間ギリギリになっちゃうのよ」
つまり、今から駅と旅館を往復すると、
お昼ご飯の時間ギリギリに戻ってくることになりそうで……
ギリギリに戻ってこれたとして、そこから食べる時間もあるわけだし
間に合わないと言えるだろう、ということなのだ。
「だからそれ、お昼代。
ここの通り沿いファミレスとか多いみたいだから、
悪いんだけど二人で適当に食べてきて」
眉尻を下げてそう言ったカントク。
「うん、解った……じゃあ、お昼はそうするね」
これ以上カントクに気を遣わせちゃうのも逆に悪いし、
あたしは努めて明るく返した。
「気を付けてくださいね、さん」
「うん、ありがとう日向くん」
カントクと一緒に、
日向くんが車のところまで見送りに来てくれた。
「じゃあ、木吉先輩を迎えに行ってくるね!!」
「ええ、行ってらっしゃい」
そうしてあたしは、駅に向かって車を走らせた。
「……なあ、カントク」
「何よ?」
「ずっと思ってたんだけど……
なんでさんは木吉のこと『木吉先輩』って呼ぶんだ?」
「知らないわよ、そんなこと……」
……ちなみにふたりがそんな会話をしているなんてことは、
あたしが知る由もないのだが。
「えーと、確かこの先を曲がると駅だったような……」
来るときに一度通っただけで記憶は曖昧だったけれど……
カーナビを確認しても間違いはなさそうだったので、
その通りに車を走らせる。
「……あ、あった!」
駐車場も隣接しているのを使えるみたいだし……良かった。
「それにしても、少し早く着きすぎちゃったな……」
でも、反対車線は混んでいたから、
どのみち旅館のお昼には間に合わなさそうなんだけれど。
「とりあえず、駅のコンビニにでも寄って時間潰してよう」
あたしが迎えに行くという旨は、
リコちゃんが既にメールしてくれたみたいだから……
着いたとき、何かしら連絡があるはずだ。
そんなことを考えつつ、駅の改札付近にあるコンビニに入る。
「コンビニって、新商品のお菓子とかいっぱいあるから、
つい、いろいろ見ちゃうんだよね……」
学生時代にバイトしていたこともあってか、
職業柄ってほどでもないけど……チェックしたくなるんだよね。
「あ、このお菓子おいしそう。
こっちは抹茶味! いいなぁ……」
大好きな抹茶味のお菓子がたくさんあったので、
我慢できず、つい何点か買ってしまった。
(もちろん、このお菓子は自分のお金で買いました)
「ほんと、『新商品』っていうのは魔法の言葉だよね……」
いいや、とりあえずこれを食べながら待ってよう。
そうしてあたしは、コンビニから出て
今しがた買ったばかりのお菓子の封を開ける。
「おいしい……!」
さすが抹茶味! と、心の中で叫んだ。
「他のもちょっとだけ味見してみようかな……」
そんなことを考えつつ、コンビニの袋をがさごそ漁っていると……
目の前に、何か影のようなものが出来た。
「……?」
不思議に思って顔を上げてみると……
「……!」
見覚えのある巨人(と、言ったら失礼か……)が、
「ぬっ」という効果音が出そうな感じで立っていた。
「それ、」
「え?」
目の前の巨人――もとい、センターを担う紫色の彼は、
あたしの手にあるお菓子を指さす。
「新商品のお菓子でしょー?
オレも気になってたんだよね〜〜」
口には出さないけれど、顔が「いいなー」と言っているように見えた。
「えーと……少し、食べる?」
「いいのー?」
「うん」
やった〜〜と、あまり抑揚のない口調で答えたが、
表情は思いのほか嬉しそうだったので、なんだか可愛く思えた。
「抹茶味、嫌いじゃない?」
「うん、好き」
「そっか、良かった」
抹茶味が苦手だっていう人も居るから、どうかなって思ったんだけど。
そーゆー心配は要らないみたいだ。
「……あ、ごめん。ちょっと待ってね」
手にしていたお菓子を目の前の彼に預け、
あたしは鳴り出したケータイを取り出す。
……もしかしたら、木吉先輩からのメールかもしれない。
着いたのかもしれないし、チェックしておかないと。
そう思いつつ画面を開いたんだけど、
相手は木吉先輩ではなく黒子くんで、しかも電話だった。
「もしもし、黒子くん? どうかした?」
『あ、さん……
いえ、別に何かあったわけではないのですが』
どうやら、姿の見えないあたしを不思議に思い……
迎えの件をカントクから聞いて、
気になって電話してきてくれたみたいだった。
『木吉先輩には、会えましたか?』
「ううん、まだ……
てゆうか、ちょっと早く駅に着き過ぎちゃったみたいで」
電車もまだ着いてないみたい。
『そうですか……
とにかく、気を付けて戻ってきてくださいね』
「うん、ありがとう」
お礼を言って、ひとまず電話を切った。
「あ、お菓子持たせちゃってごめんね」
預けていたものを返してもらおうと手を伸ばしたが、
彼が返してくれる様子は一向にない。
その代わり、何か探るような瞳であたしをじっと見ている。
「あの……?」
その身長の高さもあり、じっと見られるのはちょっと怖かったんだけれど
このままこうしていても仕方がないので声を掛けた。
「ねえ……『黒子くん』って、黒ちんのこと?」
「え? 黒ちん?」
……ああ、そうか。
確かこの人は、彼のことをそう呼んでいたか。
「えーと、その……黒子テツヤくん、なんだけど」
もしかして知り合い? と聞くと、
まあね〜と間延びした返事がきた。
「誠凛の、バスケ部でしょ」
「そう。誠凛バスケ部の、黒子テツヤくん」
「オレたち同中だったんだー」
「あっ、そうなんだ……」
本当はそれだって知っているんだけれど、
努めて「いま知りました」という体で会話を進める。
(自然に出来ていたかは、解らないけれど)
「あなたも、バスケ部……なんだよね?」
「うん。秋田の、陽泉高校ー。紫原敦」
けっこう簡単に自分のこと話してくれてるんだけど、いいのかな……
ちょっと疑問に思いつつも、
素直に教えてくれるのであたしも素直に話を聞いた。
「……あっ、室ちんから電話だー」
「室ちん?」
「そー。おんなじ陽泉の氷室辰也」
と、そこでやっと紫原くんは手にあったお菓子をあたしに返してくれる。
先ほどとは逆で、今度はあたしが彼の電話を見守る形になった。
「あっ、室ちん〜? うん、うん……今?
黒ちんの知り合いの人に、お菓子もらってたとこー」
よくは聞こえなかったが、ときどき電話口から漏れる声から察するに、
氷室くんは迷子になったらしい紫原くんを捜しているようだ。
「え? あー……うん、東口、って書いてある。
うん、うん……りょーかい」
そこで紫原くんは氷室くんとの電話を切った。
「その氷室くん、ってひと……なんだって?」
「うちの学校の人みんな西口に居るから、来いってさ〜」
「あ、そうなんだ」
やっぱり、この人がひとり迷っていたほうなのね……
でも、なんだか憎めないな。
「じゃあ、オレもう行くからー」
「うん……あ、そうだ。
良かったら、これ食べて」
食べかけで申し訳ないけれど、と、
手元に戻ってきたばかりのお菓子を、再び紫原くんに渡す。
「でも……いーの?」
君が買ったのに、と、少し申し訳なさそうな顔をして言った。
(そういう顔をするイメージがあまりなかったので、少し驚いた)
「うん、いいよ。
たぶんあたしじゃ、食べきれないだろうし」
そう言うと、じゃーもらうと言って紫原くんはお菓子を受け取った。
「……ねえ、君の名前は?」
「あたし? あたしは、だよ」
「ふーん…ちん、ね。解った」
え、てかその呼び方してくれるんだ……!
なんて、あたしはこっそり感動した。
「お菓子ありがとー、ちん。
お礼に、オレもお菓子買ってあげよっか?」
「え? いいよ。学校の人、みんな待ってるんでしょ?」
そう言ったものの、何かお礼がしたいと妙に食い下がってきた。
「うーん……あ、そうだ。
じゃあ、『紫原くん』って長いから、何か別の呼び方をしてもいい?」
「別にいーけど」
「ありがとう!
じゃあ……『あーちゃん』でもいい、かな?」
意外と簡単にお許しをもらえたので、思い切って提案してみる。
すると、それもすぐに許可が下りたので
「あーちゃん」と呼ばせてもらえることになった。
「じゃー、今度こそ行くね」
「うん、気を付けてね。西口、解る?」
「それくらい解るし。この先でしょ?」
「うん、そう」
馬鹿にされたと思ったのか、あーちゃんは少し頬を膨らませた。
身長はものすごく高いのに、その仕草のおかげでまた可愛く思えて。
「ばいばい!」
そう言って手を振ったら、向こうも振り返してくれた。
そういえば彼はどうして
(この場所に居たんだろう?)
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第19Qは、木吉先輩と見せかけてまさかの紫原でした!
とにかく紫原を「あーちゃん」と呼びたかっただけです(何
当初は陽泉も出すかどうか迷っていたのですが、結局出しました。
本当は室ちんも出したかったけど、長くなりそうだったので断念。
でも別に機会に室ちんとの出会い?シーンも書きたいです。