「お待たせ、カントク!」

     「……あ、さん、おかえりなさい!」


     旅館で迷った黒子くんを連れて再び体育館に戻ると、
     もうみんな既に練習を始めていた。





     「ありがとう、助かったわ」

     「どういたしまして」


     あたしにそう声を掛けた後、
     カントクはくるっと黒子くんの方を向く。

     そして、黒子くんがこれから行う練習について
     簡潔に説明していた。





     「すごい……」


     確かさっきの説明では、ウォーミングアップをしたら
     個人に合わせた練習をするということだった。

     黒子くんに説明しているのも、きっとそういう内容だろう。





     「…………」


     他のみんなの様子をうかがってみると、
     確かにそれぞれ違う練習をしている。

     シュートの練習をしていたり、リバウンドとか、パスとか色々。

     ここまで一つのことに打ち込むというのは、簡単なようで難しい。
     あたしは純粋に、みんなのことをすごいなと思った。





     「それじゃあ、黒子くんも練習を開始して!」

     「はい」


     カントクの説明が一通り終わったのか、
     黒子くんも練習しているみんなの中に入っていった。










     「ねえ、カントク」

     「なあに?」

     「その……
     あたしも、みんなの練習で何か手伝えないかな?」


     さすがにバスケの相手は出来ないかもしれないけど、
     何かしら手伝えることがあるはず。

     そう思ったあたしは、カントクに申し出てみた。





     「ちょうどさんに手伝ってもらいたいことがあったのよ」

     「ほんと?」


     ――良かった、これであたしも役に立てる!

     そう思いつつ、カントクの言葉を待つ。





     「さんには、火神くんの練習に付き合ってもらうわ」

















     「くっ……」


     プルプル……





     「がんばれ、火神くん!」


     ピシッ……





     「「あ」」


     火神くんの健闘むなしく、小豆はお箸をすり抜け落ちていった。





     「だーっ、くそっっ!!!」

     「あ、いや、でも惜しかった! すごく惜しかった!
      もっかいやってみよう!」


     あれから数十分後。

     カントクに言われた通り、あたしは体育館の隅っこで
     火神くんの練習に付き合っていた。

     目の前に居る火神くんは、神妙な面持ちで左手にお箸を持ち……

     左のお皿にある数十個の小豆を右のお皿に移し替えようとしているが、
     ことごとく失敗してイラつているのである。


     ええと、つまり……

     左手の練習をしているんだよね。
     違う描写で漫画にもあったけど。





     「けど、さん……
      これ実際やってみるとむずいんすよ!」

     「うん、知ってます」


     小学校のちょっとしたイベントで、あたしもやった覚えがある。

     成功したら点数がもらえるとかそんなルールだったんだけど、
     そのとき全然できなくて、結局点数ももらえなかった気がする……。











     「まあ、火神くんもずっと見られてたらやりづらいよね。
      あたしもやってみる!」


     そうしてあたしは予備のお箸や小豆、お皿など一通りセットし、
     火神くんと同じようにお箸を持って構える。
     (なぜ予備があるのかは、気にしないことにしました)





     「って、さん右利きだよな?」

     「うん、そうだけど?」

     「だったら、左手でやんなきゃズルいだろ!……です!」


     また変な敬語使ってる……と思いつつ、あたしは答える。





     「だってこれ、利き手でやっても十分難しいんだから」


     あたしにはこれくらいがちょうどいいよ、と続けると、
     火神くんはちょっと不満そうな顔をした。





     「あたしのことは置いといて……ほら、練習再開しよ!」

     「解ったっすよ、ったく」


     しぶしぶながらも、火神くんも自分の練習……
     もとい、自分の小豆に集中し始めた。






     「…………」


     それにしても、ほんとにこれ難しいよね……
     出来ないとイライラしてくるし。

     そう考えると、火神くんよく耐えてるな。

     あたしだったら、たぶん、
     あまりにも出来なくて変に騒ぎ出すんじゃないだろうか。





     「うう……」


     もうちょっと、もう、ちょっとで……


     ピシッ





     「あ……!」


     せっかくあとちょっとだったのに、落ちた……!












     「あの……さん」

     「なーに? 小豆ぜんぶ移動できた?」

     「いや、違うっす」


     って、火神くんさっきから全然進んでないじゃん、小豆!
     カントクにバレたら絶対怒られるよ!

     そんなことを思いつつ、何か言いたげな火神くんの方を見ると。





     「あの……さんがやってると、
     そっちが気になって集中できないんで」


     ――やっぱオレの練習を見ててください。

     妙に真剣な顔をして、そう言った。





     「あ、……そ、そう、なの?
      じゃあ、火神くんの練習見てるよ」


     その妙な気迫に押されて、変にどもってしまった。
     けど、それにしても……





     「見られてると集中出来ないのかと思えば、見てなくても駄目とか……
      火神くん、意外に我が侭なんだね」

     「なっ……違う! ……ですよ!」

     「はいはい」


     解ってるって、ただの冗談だよ。

     そう言ってフォローするが、未だ何か気に食わないらしい。
     むすっとした表情のまま、じっと小豆を見つめている。
     (でもお箸を持つ左手は動かないので、練習は進まない)





     「もう、ごめんってば!
      ほら……早く練習再開しよ?」

     「……うす」


     ようやく機嫌が直ってきたらしく、火神くんはお箸を動かし始めた。
     だからあたしも、言われた通りその様子を静かに見守る。





     「あっ」

     「あー、惜しい! もうちょっとだった!
      よし! 次、いってみよ!」

     「はい」


     それからしばらく、火神くんとあたしは時間を忘れて練習に没頭した。


















     「…………」

     「…………」


     お互いに言葉は発していないけれど、
     そこには極度の緊張感があった。

     火神くんが右のお皿へ移動させる小豆は、これで最後。
     その最後の一粒を、おそるおそるお箸でつかむ火神くん。





     「…………」


     つかむところまでは完璧だ。

     さすがにあの数十個の小豆を移動させていれば、
     つかむのはお手のもの。

     でも、問題はここから……
     右のお皿に移動し終えてこそ、この練習は完了したと言える。





     「…………」

     「…………」


     ――がんばれ、火神くん……!!

     あたしは祈るような気持ちで、その左手を見つめる。
     そして……










     「で、出来た……
      出来たね、火神くん!」

     「やったぜ!!」


     あたしはハイタッチのつもりで、右手を出したんだけど……

     火神くんは嬉しさで勢いあまったのか、
     その手をとってあたしを思いきり抱きしめる。





     「ちょ、か、火神くん……!?」


     さすがにこれは恥ずかしい……!!

     そう思いはしたものの、火神くんが珍しく大喜びしているので
     あえて口にするのも、どうかと考え始めてしまい……


     結局あたしは、火神くんが落ち着くまで
     抱きしめられたままでいたのでした。



















手を引かれたときの力強さ


(それにどきどきしてしまったというのも 実はあったりする)








     「……なあ、カントク。
      こっから見てると、火神とさんが
      いちゃついてるようにしか見えねーんだけど」

     「休憩のとき呼び出して火神くん殺そうっと♪」

     「ちょ、カントク!?
      なんでそんな物騒なこと可愛く言ってんの!?








     +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

       そんなわけで第2Qは火神でした。
       火神は知らず知らずのうちに大胆なこと?をしているイメージがあります。
       ある種の天然なのかな、と。あくまでイメージですが。

      陽泉戦の最初の方の、とあるシーンの火神がすごい可愛かった。
      いえ、可愛いというかは、「この子、なんていい子なんだ……!」って感じですかね。

      結婚するなら火神がいいですね。本当に^^