「ただいま、カントク!」
ご飯を食べ終えたあたしと木吉先輩は、
そのまま旅館にやってきていた。
お昼を食べにいったん旅館に戻ることは知らされていたので、
練習していた広場には寄らなかった……というわけである。
「お帰りなさい、さん!
鉄平も、やっと来たわね」
「ああ、遅くなって悪かった」
遅くなってしまった理由は先にメールで伝えてあったので、
カントクからのお咎めもそこそこに終わる。
「みんなもご飯食べ終えたところ?」
「ええ、さっきね」
30分後くらいにまた練習を開始する予定で、
今はちょっとした自由時間らしい。
「今のうちに鉄平は部屋に荷物置いて、着替えてきなさいよ」
「解った」
そう答えて、歩き出した先輩……
だったんだけど、すぐに立ち止まってこちらを振り返り、言った。
「そーいや、部屋ってどこだ?」
……あたしとリコちゃんが同時にずっこけたのは、言うまでもない。
……結局、木吉先輩はリコちゃんの案内で自分の部屋に向かった。
あたしはと言うと、ふたりとは別れて洗濯室まで来ている。
先ほど乾燥機にかけたタオルを回収するためだ。
「良かった、ちゃんと乾いてる」
まあ、スイッチを押せば機械が全部やってくれるんだけど……。
「とにかく、ここで畳んでいっちゃおう」
まだ練習開始まで時間があるし、このくらいの枚数なら終わるだろう。
ちなみにここの洗濯室は、テーブルとイスがあり、
タオルを畳むくらいはできるような場所になっている。
「よしっ」
タオルの山を目の前にし、気合を入れたそのとき……
洗濯室の入口のほうで、何か物音がした。
振り返るとそこには、見知った姿がある。
「笠松くん……?」
そう、笠松くんだった。
「あ、ああ、どーも……」
あたしの姿を見つけた笠松くんは、
まだ少し余所余所しい感じでそう言った。
そして洗濯室に入り、
そのまま一つの乾燥機の前まで歩いていく。
「……」
でも、その乾燥機はまだ動いているみたい。
もう終わってると思って取りに来たのか、
ちょっと微妙そうな顔をしている……
……って、笠松くん観察をしている場合じゃなかった!
あたしも、このタオルを畳まないとね。
「……あの」
「……?」
タオルの山に目を戻したすぐ後に、背後から声を掛けられた。
さっきの今で声の主は笠松くんしか居ないだろうと思いつつ、
振り返ると案の定、彼がこちらを見ている。
「どうかした?」
問いかけると、笠松くんはあたしの前にあるタオルを目で示して。
「それ、……手伝います」
「え? でも……」
悪いよ、と言ったんだけど、待ってる間は暇だからと返され
それ以上断る理由もないので(またもや)お願いすることにした。
「どうもありがとう」
「いえ……」
気にしないでください、と答えてくれたが、
彼は一向にあたしと目を合わせようとしない。
……まあ、女の人が苦手なのは解るんだけど
、こうも目が合わないとちょっとなぁ。
「笠松くん、あたしのことそんなに苦手?」
「えっ……」
ふいに言った言葉で、彼が驚いたように顔を上げる。
「やっとこっち見てくれたね」
「あ、……」
そこでようやく、目が合ったのだった。
「あ、えっと……す、すみません」
あたしが怒っていると思ったのか、
気まずいという風な顔をしながらそう言った。
「あ、違う違う!
そうじゃなくて……」
「……?」
別に咎めようとしたわけじゃなかったあたしは、慌てて口を開く。
すると、笠松くんはちょっと不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「別に怒ってるわけじゃないよ。
ただ、ちょっと残念だなぁって思っただけ」
「残念?」
「うん」
ここに……この世界に来たばかりの頃は、
正直、「どうしよう」なんてことばっかり考えていた。
でも……それだけじゃ駄目だ。
後ろを向いてばかりじゃ、駄目なんだ。
そう思えるようになったのは、誠凛のみんなのおかげ。
だからこそ今は、「せっかくだったら楽しんでみよう」
なんて考えていて……
「せっかく知り合えたんだから、仲良くなれたらいいのになぁって」
だから、笠松くんとの間にあるちょっとした距離みたいなものも、
もったいないし残念だなぁと思ったわけだ。
「…………」
あたしの言葉を黙って聞いていた笠松くんは、何も答えなかった。
……やっぱり、変なこと言っちゃったかな。
もとより自分の考えを人に押し付けるつもりはないし、
これ以上は何も言わないでおこう……
そう思い、あたしは黙ってタオル畳みを始めようとしたのだが。
「……!」
タオルを取ろうと伸ばした手を、突然横からつかまれた。
……くどいようだけど、今ここに居るのはあたし以外に笠松くんだけ。
ということは、やはり手をつかんできたのは笠松くんしか居ないわけで……
「笠松くん……?」
うつむいて黙っている彼に声を掛けるが、返答はない。
どうしたものかと考えていると、
何か決意したように笠松くんがバッと顔を上げた。
「すみません、でした!」
「ええっ!?」
そう言いながら、笠松くんは勢いよく頭を下げてきた。
――てか、なにこれちょっとデジャヴなんですけど……!
「え? ちょっと、」
慌ててあたしは頭を上げるよう言ったが、彼は動こうとしない。
「あの、笠松く……」
「嫌な思いをさせて、すみませんでした」
「え、……」
やっと顔を上げた笠松くんは、
先ほどまでとは違いあたしの瞳をじっと見ている。
「オレはその……
昔から、苦手なんです」
「え、えーと……女の人が、かな?」
「……はい」
だから話をしたり目を合わせたりするのも、苦手なんだと言った。
「別に、無理に直すことないと思ってたけど……
あんたに、嫌な思いをさせました」
だからすみません、と続ける。
その間もずっと、彼はあたしから目をそらさなかった。
――女の人が苦手なのは知っている。
きっと今も、相当がんばってくれているはずだ。
そんな中、こうしてあたしの目をしっかり見て謝ってくれた。
謝ってもらいたかったわけじゃ、決してないけれど……
「…………」
でも、それでも彼の行動がとても嬉しかった。
そんなあたしは、自分でも解るくらい笑顔になっていって……
「……今の言葉で十分だよ。ありがとう!」
精一杯の笑顔でもってそう答えた。
「……!!」
「あ、……」
……あれ?
なんかものすごい勢いで目をそらされちゃった。
もしかして、限界(?)だったのかな。
でも、いいか。
彼が本当に真面目でいい子だってことは改めて解ったし!
「な、なんで笑ってるんすか……」
「いや、笠松くんかわいいなぁって思って」
なんか、またデジャヴだね。
「か、かわいくなんかねぇよ……
つーか、あんたのほうがよっぽど……」
「……え?」
「な、なんでもない、です!」
なんだかよく解らないけれど、顔を真っ赤にしている笠松くん。
やっぱりかわいいなぁ、と思ったけど、
今回も二度目は心の中にしまっておくことにした。
それから10分も経たないうちに、タオル畳みは終わった。
枚数もそんなに無いし、ふたりでやったから当然なんだけどね。
「じゃ、じゃあ……オレは戻ります」
さっき乾燥機にかけていた自分の洗濯物を回収しながら、そう言った。
「ほんとにありがとう、笠松くん」
「いえ……」
「あっ…ちょっと待って!」
そうして洗濯室から出て行こうとする彼を、あたしは慌てて引き留める。
先ほどと同じように不思議そうな顔をする彼に、あたしは言った。
「あの、笠松くん……
無理に敬語使わなくていいよ?」
「え? けど…」
困惑している様子だけど、あたしは構わずに続ける。
「敬語だと、ちょっと話しづらいでしょ?
それに、そっちのほうが仲良くなれる気がするから」
駄目かな、と最後に付け加えると、
「あんたがいいなら、それで」とだけ言い残して、洗濯室を出ていった。
「……良かった」
――なんとか仲良くなれそうかも、なんて。
なんだか嬉しくなったあたしは、
また自分でも解るくらいの笑顔になっていたと思う。
きっと根が真面目なんだよね
(だからこそ責任感があるのだと そう思うんだ)
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第21Qは笠松センパイでした!
てか、思い返すと真ちゃん&和成くんの登場回数がハンパなく多いで
わたしは年上だけど、出来れば敬語ナシで呼び捨てされたいです。
呼び捨てされてもいいと思える。笠松センパイなら!!
こんな人と同じチームで行動できたら幸せだろうな。
部活に限らず仕事とかでもいいなぁと思います!