「さてと……」
とりあえず、この畳み終わったタオルを部屋に運ばないとね。
「練習開始まであと少しだし、さっさと戻って準備もしないと」
必要なものを揃えて部屋を出ればいいから、
それほど時間はかからないだろうけど。
「えーと……
ここからだと、エレベーターより階段のほうが近いかな?」
両手がふさがっててちょっと危ないかもしれないけれど、
昨日黄瀬くんとぶつかったときよりは、タオルの量も少ないし。
よし、階段で行こう。
そうしてあたしは、近くの階段へと足を向けた。
「とりあえず、部屋に戻ったらこのタオルを整理して
それから……」
「……さん?」
そんなことをつぶやきながら階段を上っていたとき、声を掛けられた。
誰だろう、と思って、振り向いたんだけど……
「っ……!」
急に振り向いたためかバランスを崩し、
あたしは足を踏み外してしまう。
「さん……!」
どうしよう、このままじゃ落ちる……!
「……」
思わず目をつむり、これからくる衝撃を覚悟していたんだけれど……
いつまで経っても、その衝撃はやってこない。
「……?」
一体どうなったんだろう、と思いながら、そっと瞳を開けてみると。
「あ、……」
誰かに後ろから抱きしめられるような形で、
階段の途中に座り込んでいた。
「大丈夫すか、さん」
この声……
「日向、くん……?」
後ろからしっかり抱え込まれるようにされているので顔は見えないが、
声からして日向くんであることは間違いなかった。
「ったく……
昨日の今日で、ハプニング起こしすぎっすよ」
「うっ……
ごめん、なさい……」
返す言葉がないので、あたしは謝ることしか出来ない。
いや、てゆうか、この体勢……
これはこれですごい恥ずかしいんですけど……!
昨日のことを思い出したあたしは、
(たぶん)顔が真っ赤になっていった。
「さん?」
そんなあたしの様子を変に思ったのか、
日向くんが不思議そうに問いかけてくる。
でも説明するのも恥ずかしいので、
あたしは「なんでもない!」と慌てて答えた。
「っと……さん、とりあえず立てますか?」
「う、うん!」
日向くんに支えてもらいながら、あたしはようやく立ち上がった。
「ごめんね、ほんとにありがとう」
「いや、それよりマジで気をつけてくださいよ」
「うん……ごめんなさい」
なんか、ほんとあたしって空回りしてる気がする……。
「あー、いや…別に責めてるんじゃなくて」
「え……?」
簡単な仕事も出来ないあたしに呆れてしまったのかと思いきや、
どうやらそういうわけでもないらしい。
「さんが一生懸命オレらのために頑張ってくれてること、オレは……
みんなは、ちゃんと解ってると思います」
でもあんま無茶はしないでください、と、
いつもより少し優しい声音でそう言った。
「日向くん……」
『そこに居てくれるだけで、オレらみんな元気もらってますから』
そのとき、ふと、火神くんに言われたことを思い出した。
たぶん、日向くんが言っているのは……
火神くんが言っていたことと、同じ内容じゃないかな……。
「……ありがとう、日向くん!」
あたしはなんだか嬉しくなって、
日向くんを瞳をしっかり見てお礼を言った。
「い、いや、別に……大したことは言ってないっすよ」
「……?」
何故かふいっと顔をそらされてしまったけれど……
もしかして、照れ隠しかな。
でも変につっこんでも、と思ったので、
あたしは急いで(でも慌てずに)タオルを拾い……
同じく戻る途中だったという日向くんと一緒に、
部屋まで戻ることにした。
「じゃあ、また後でね、日向くん」
そう言い残して、さんは部屋に入っていった。
「はぁ……」
彼女が部屋に入ったのを見届けた後、自分も部屋に入る。
ドアを閉めた直後、無意識に溜め息が出てしまった。
『っ……!』
『さん……!』
「なんつーか、ホントに」
あの人は危なっかしいよな……
いや、昨日のはともかく今日のはオレが声かけたからか。
『うん…ごめんなさい……』
自分にも少なからず非はあるのに、
彼女だけが悪いみたいな雰囲気になってしまっていた。
「……後で謝っとくか」
意外にも立ち直りの早い彼女のことだから、
もう気にしてないかもしれねーけど、まあ一応…。
『ありがとう、日向くん!』
「にしても……」
あの顔は反則だろ。
年上であるのは間違いないはずなのに、なんで…
「あんなかわいーんだよ……」
「何がかわいいんだ?」
「うおわっ!?」
急に声を掛けられ、思わず変な叫び声を上げてしまった。
よくよく見ると、いつの間にか目の前には同室の伊月の姿がある。
(いや、同室だから居てもおかしくねーんだけど)
「……?
どうかしたのか、日向」
「いや、べ、別に、なんでもねーよ!」
「……??」
オレの返答を聞いても未だ不思議そうにしていた伊月だったが、
ありがたいことにそれ以上はつっこまないでくれた。
(助かった……)
「とにかく、午後の練習開始まであんまりないからな。
日向もさっさと準備したほうがいいぞ」
「あ、あぁ、そーだな」
伊月の言葉に頷き、オレも手早く準備を済ませた。
「みんな集まったわね!
それじゃ、午後の練習を開始するわよ」
午前中もトレーニング前に集まっていた場所にて、
カントクがそう言い放った。
その後、また個別メニューが用意されているということで
ひとりひとり指示が出されていく。
「練習メニューについては、大丈夫かしら」
みんながしっかり頷いてくれたのを確認してから、
カントクの「開始!」という言葉で午後の練習がスタートした。
「えーと……」
黒子くん、火神くんも渡せたから……
「あとは日向くんだね」
そうつぶやいた直後、すぐに目的の人物を発見できた。
どうやら練習の合間に一息つこうかというところらしい。
……ちなみにだけど、個人メニューをこなしている最中は
ちょっとした休憩なら個人個人でとっていいことになっている。
カントクによれば、「休む」ということも上手くなってもらわないと、
っていう理由もあるんだそうだけど。
「日向くん!」
名前を呼んで駆け寄ると、不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「さん、どーしたんすか?」
「今ね、みんなにタオルとドリンク渡して回ってるところなんだ」
個人メニュー中は割とみんな居場所がばらけているので、
(探し回るとまではいかないけれど)「渡して回っている」という表現をしている。
「はい、日向くんもどうぞ」
「あ、……ありがとうございます」
あたしがタオルとドリンクを差し出すと、しっかり受け取ってくれた。
「あのー……さん」
「ん?」
少し間を空けて名前を呼ばれたので、何かと思い日向くんのほうを見た。
すると、何故か気まずそうな顔をしている。
「さっき、なんすけど」
「うん?」
「……階段から落ちそうになったときっす」
あ、あぁ、そのことか……
(さっき、って言うからなんのことかと思ったけど)
「元はと言えば、さんが落ちそうになったのは
オレが急に声掛けたからっすよね」
「え、それは、……」
「すみませんでした」
それは違うよ、と言おうとしたのに。
先に日向くんが頭を下げて謝ってきた。
予想外のことだったので一瞬ぽかんとしてしまったけれど、
あたしはすぐ我に返る。
「違うよ!
あれは、あたしが鈍くさかったからだし」
エレベーターを使えば良かったのに、階段のほうが近いからって
無理にそっち使おうとしたのもあるし……
「日向くんのせいなわけない」
だって……
「だって日向くんは、あたしのこと助けてくれたでしょう?」
さっきも、そして昨日も。
日向くんは、ただあたしを助けてくれただけ。
そう言ったら一瞬目を見開いていたけれど、
直後少し困ったように笑って。
「そう、っすね」
あたしの言葉に、頷いてくれた。
「日向くんは、物語のヒーローみたいだね」
「は?」
唐突にそんなことを言ったものだから、日向くんはポカンとしている。
あたしはそれに気づかないフリをして、話を続けた。
「だっていつも、あたしが困ったときに助けてくれるから」
昨日や、今日だけじゃない。
気付くといつも、日向くんが助けてくれている。
「いつも、ありがとう」
「あ、いやっ……大したことないっすよ!」
珍しく?慌てている日向くんがおかしくて、
あたしは思わず笑ってしまうのだった。
オレがヒーローなら、ヒロインはあなたがいい
(無邪気に笑うその人に、そう言ってやりたかった)
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第22Qはキャプテンでした!
このシリーズ(長編?)でこう、色々考えてくと、
個人的にはキャプテンのシチュがお気に入りです(何
いいシチュを思い描きやすいというか、なんというか。