「じゃあまたな、

「はい!」


外に出てしばらく月や星を眺めたあと、
あたしたちは部屋に戻ってきた。










「あ、おかえりなさい、さん」

「ただいま、リコちゃん」


木吉先輩と別れて部屋に入ると、
リコちゃんが声を掛けてくれる。

でも、やけに忙しそうだ。





「これから何かあるの?」

「ええ、ちょっと……
 明日の練習試合のことでね」


どうやら、海常・秀徳の監督やキャプテンたちと
簡単にミーティングをするらしい。





「じゃあ、日向くんも?」

「そうなの。
 っと、そういうわけだからさん」


お風呂は先に入ってきて構わないからね。

そう言ったリコちゃんは、慌ただしく部屋を出ていった。










「……うーん」


それじゃあお言葉に甘えて、先にお風呂入ってこようかな。

そうしてあたしは、用意を済ませ大浴場に向かった。




















「まずい……」


お風呂が気持ちいいからうとうとしていたら、
思いのほか時間が経っていたらしく……

あたしは完全にのぼせてしまっていた。





「とりあえず……
 ロビーのところで、休憩していこう……」


お風呂は好きなんだけど、
昔からすぐのぼせるんだよね……





「……はぁ」


もっと気を付けてれば良かったな、なんて思いつつ、
ふらふらしながらなんとかロビーまでやって来る。





「あ、……」


しまった、何か飲み物を買ってくるんだった。

でも、もう立ちあがる余力はないし、
かと言って水分をとらないと……。





「う〜〜ん……」


なんてことを考えながらも、
あたしの身体はそのままソファに沈んでいく。










「ちょっ……
 なんでこんなところで寝てんだ? ですか?」

「え……?」


――飲み物は諦めて、ここで少し休もう。


そう結論を出して目をつむったとき、
聞き覚えのある変な敬語が聞こえてきた。

ゆっくり目を開けてみると、やっぱりだ。





「火神くん……」


怪訝そうな顔をした火神くんが、そこに居た。





「どうかしたんすか、さん」

「いや、ちょっと……
 お風呂入ってきたら、のぼせちゃって……」


こんな横になったまま話すのは失礼だな、
って思ってはいるんだけど……

残念ながら、立ちあがる気力はまだない。





「何やってんすか、ったく」

「……面目ないです」

「なんか水分は取ったんすか?」

「ううん……
 買ってくるの忘れて、どうしようかと……」


思ってたところなんだけど、と言うと、
火神くんはため息をつき……





「ちょっと待ってろ、です」


そう言ってどこかへ行ってしまった。





「…………はあ」


なんか、すごくかっこ悪い……

昨日もここで泣いてしまったし、
火神くんには変なところばかり見られてるような……。










「…………」


ところで、火神くんはどこに行ったんだろう?

「待ってろ」って言うくらいだから、
戻ってきてくれると思うんだけど……





「…………」


……それとも、実は部屋に戻っちゃったとか?
いや、さすがにそれはないよね……










「ひゃあっ!」


なんて、変に悲観的になっていたとき。

唐突に冷たいものが頬に当てられたので、
あたしは変な叫び声を上げてしまった。





「すげぇリアクション」

「うう……」


いつの間にかつぶっていた目を再び開けると、
ポカリを持った火神くんが悪戯っぽく笑っていた。





「買ってきたんで、これ飲んでください」

「…………うん」


ほんとは何か言い返したかったんだけど、
わざわざポカリを買ってきてくれたのだ。

今は、おとなしくしておこう……。





「ほら」


そう言って差し出してくれた手を取り、
あたしはゆっくりと起き上がる。





「ん」

「ありがとう……」


次いでさっきのポカリを手渡してくれたので、
キャップを回して口をつける。





「はあ、生き返った〜……」

「んな、大げさな」


あたしの言葉で、火神くんは苦笑した。










「そーいや、なんでさん一人なんすか?
 カントクは?」

「リコちゃんなら海常・秀徳と合同で
 ミーティングしてるよ」


明日の三校合同練習試合のことで、
キャプテンも含め打ち合わせしてるみたい。





「あー、だからか」

「うん。でも、そう考えると……
 火神くんが通りかかってくれて、すごく助かった」

「そうだな」

「ね」


火神くんの言葉で、今度はあたしが苦笑した。





「にしても、練習試合か……」

「何か気になるの?」

「いや、すげぇ楽しみだと思って」


そう言った火神くんは、
言葉通り楽しそうな顔をしている。

――ほんとにバスケが大好きなんだな。

そう思って、微笑ましくなった。










「でも、確かに……あたしも楽しみかも」

さん、明日は忙しいんじゃないすか?」

「まぁ、そうかもしれないけど……
 みんなの力になれるのは嬉しいし」


それに、黄瀬くんや緑間くんたち……
海常や秀徳のプレーも、間近で見れるんだ。

見どころたっぷりの試合をしてくれると思うし、
絶対楽しいに決まってる。





「すごいプレーがたくさん見れるといいな」


なんか、あたしも火神くんに負けないくらい
明日が楽しみかもしれない。

……なんて思っているところを、
火神くんがじっと見ていることには気づかなかった。















「……そろそろ戻ろうかな」


あれから少し、火神くんと雑談していたんだけど……

だいぶ気分もすっきりしたので、部屋に戻ることにした。





「火神くんも戻る?」

「あーオレは……風呂行くところだったんで」

「……え!」


そうだったんだ……!





「ごめん!
 時間、無駄に使わせちゃったよね……」


ついつい話し込んじゃったけど、確かに……
火神くんには、火神くんの予定があるんだから。

ポカリ買ってきてもらった時点で、
「もう大丈夫だよ」って言えばよかった。





「そんな気にしないでいいっすよ」

「でも……」

「さすがに、あんなフラフラなさん
 そのままに出来ねぇし、それに」


あんたといろんな話しすんの、嫌いじゃねぇから。











「…………うん」


あたしは少し間を空けて、それだけ答えた。

――気を遣って変に嘘をつくなんてこと、
火神くんはしないはずだ。

それが解っているから、素直に頷いた。





「いろいろとありがとね、火神くん。
 えっと……お風呂、行ってらっしゃい」

「ああ、それじゃ」


そう言って、火神くんは歩き出そうとしたけど……





「……あの!」


その前に、あたしが声を掛けた。

振り返った火神くんは何も言わないが、
不思議そうな顔をしている。





「あの……ありがとう、火神くん」

「いや、それさっきも聞いて……」

「そうじゃなくて」


ペットボトルのふた、少し開けておいてくれたよね。





「さっき買ってきてくれたポカリ、
 少ししか回してないのに簡単に開いたから」


すぐに解ったよ。





「だから、ありがとう」

「別に、そんくらいは……
 あんたいつも、開けづらそうにしてたし」


でも、ペットボトルのふた開けるの苦手だって
覚えててくれたんだよね。

その上で、少し開けておいてくれたんだ。
ちょっとしたその優しさが、あたしは嬉しかった。










「……引き留めちゃってごめんね!
 えっと、今度こそ行ってらっしゃい」

「ああ、また明日」

「うん!」


火神くんを見送って、
あたしも歩き出そうとしたけれど……





「…………」


振り返ってもう一度だけ、
小さくなった火神くんの背中を見つめた。





















君の飾らない優しさ


(それがとても、心地いい)












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ペットボトルのふたって、なかなか開かないですよね。
わたしもいつも苦戦しております。