さん、私は先にロビーへ向かうわ」

「うん、解った」


合宿3日目。

昨日リコちゃんが宣言していた通り、
今日は誠凛・海常・秀徳で総当たり戦をやる。





「鍵はお願いね」

「任せて!」


試合前に監督たちで軽く打ち合わせをするらしく、
リコちゃんは慌ただしく部屋を出ていった。





「さてと……」


あたしもさっさと準備して、ロビーに行かないと。





「とりあえず、この辺だけ持っていけばいいかな」


体育館は、ここから遠くないわけだし……

あたしは比較的自由に動けるはずだから、
何かあったら戻ってくればいいだろう。





「……よし!」


戸締りを確認し、あたしはエレベーター前へ向かった。















さん、おはようございます」

「あ、おはよう、伊月くん」


エレベーターを待っていたところに、
伊月くんがやって来た。





「今日の総当たり戦、楽しみだね」

「けど、一筋縄ではいかないと思いますよ」


なんて言いつつ……
伊月くんもすごく楽しそうな顔をしている。

やっぱりみんな、バスケが大好きなんだな。

なんて思った。










「ところでさん」

「ん?」

「今日は髪おろしてるんですね」

「えっ…… ……あ!」


そうだ、何か忘れてると思ったら、
髪の毛結んでくるの忘れてる……!





「ど、どうしよう……
 とりあえずいったん部屋に戻って……」


そんなギリギリには出てきてないから、
戻っても集合時間には間に合うはず……!





「結ぶゴムは?」

「えっと……
 あっ、腕につけてた」


結ぼうと思って腕につけて、
そのまま忘れちゃったんだ……





「じゃあオレが櫛持ってるんで、そこに座って」

「え?」


なんだかよく解らないまま、
あたしはエレベーター脇にあるイスに座る。










「あ、あの、伊月くん……?」


これは一体どういう状況……?





「すぐ結ぶんで、ちょっと待っててください」

「え!」


伊月くんが?





「これでも手先は器用な方なんですよ」


伊月くんはそう言いながら、あたしの髪を梳かし始める。










「うちは姉と妹が居るので、結んでるとこよく見るし」

「あ、そうなんだ」


お姉さんと妹さんがいるんだね。





「3人キョーダイって憧れるから羨ましいなぁ」

「なってみますか?」

「え?」


それって、どういう……





「オレと結婚したら、姉と妹ができますよ」

「……!?」


びっくりして振り返ると、伊月くんは楽しそうに笑っている。


――てか、そういえばそんなこと言われてたんだった……!





さん、結べないので前向いててください」

「え、あ、ごめん……」


……じゃなくって!





「伊月くん、一昨日も聞いたけど……
 それ、本気なの?」

「はい」


伊月くんは迷うことなく即答する。










「えっと……そもそも、なんであたしなのかな?」


あのときも、急に言われたような……





「一番の理由は……
 オレのダジャレを解ってくれたことですね」

「え!」


そこ?





「もちろん、そこだけじゃないですけど」

「……?」

「自分の考えをしっかり持ってるところとか、
 周りをよく見てるところとか」


そういうところは尊敬してるし、惹かれてます。





「そ、そんな大層な人間じゃないと思うけど……」


なんか、直接そんなこと言われると照れくさいな……。










さんがオレのプロポーズに困惑してるのは、
 オレのことそういう意味で好きじゃないからですよね」


えっ……





「好きじゃないのに、結婚はできない。
 だからと言って、すぐに断るのは失礼だ」

「…………」

「そう思ってるから、困ってる」


まさに、その通りだ。

心が読めるのかってくらい、
伊月くんはあたしの考えをピタリと言い当てた。





「『自分の考えをしっかり持ってる』って、
 そういうところですよ」

「…………」


そっか……
伊月くんは、そういう風に見てくれてるんだな。

やっぱり照れくさいけど、すごく嬉しいかも……。










「……ま、確かに結婚は唐突ですね。
 オレもまだ高校生だし」

「え、えっと、」

「結べましたよ」


なんて返そうか迷っていると、先に伊月くんがそう言った。





「ありがとう、伊月くん……
 ……あっ、ポニーテール?」

さんいつも二つに結んでるから、
 たまにはいいかと思って」


鏡がないから手探りになったけど、
すごく綺麗に結んでもらったみたいだ。





「念入りに梳かしたから、大丈夫だと思うんですけど」

「うん、すごく綺麗にまとまってると思う。
 ありがとう、伊月くん!」

「どういたしまして」


これで、髪の毛を気にせず作業できるよね。

それにしても……





「ポニーテールは久しぶりだから、なんだか嬉しいな」


別に避けてたわけじゃないんだけど、
なんとなくずっと二つに結んでたんだよね。





「喜んでもらえて良かった」


そう言った伊月くんも、どこか嬉しそうだった。















「みんな、おはよう!」

「おはようございます、さん」

「おはよう、


集まっているところに行って声をかけると、
日向くん・木吉先輩が返してくれた。

先に行ったリコちゃんを含め、
ほとんど揃ってるみたいだけど……





「黒子くんと火神くんは?」

「もうすぐ来るわ」


次いで答えてくれたのは、呆れた様子のリコちゃんだ。





さんと伊月が来たから、
 あとはあの二人だけなのにな〜」


小金井くんの言葉を受けて、
そばに居た水戸部くんも頷く。










「海常と秀徳のみんなは居ないのかな?」

「すでに全員揃って、先に体育館へ向かったわよ」

「あっ……そうなんだ」


確かに、どっちも時間には厳しそうだもんね。
なんとなくのイメージだけど……。











「すんません、遅くなりました!」

「おはようございます」


なんて話をしていたところで、
ようやく二人がやって来る。





「遅せぇぞ、二人とも!」

「まぁまぁ、日向。
 二人とも、今日も頼むぞ」

「はい」

「うっす!」


そうしてあたしたちも、遅ればせながら体育館へ向かった。















「……あっ、来た!
 っちー! 黒子っちー!」


体育館に入ると、あたしと黒子くんのもとへ
黄瀬くんが嬉しそうに駆け寄ってくる。





「おはよう、黄瀬くん」

「今日はよろしくお願いします」

「はいっス!」


黒子くんの言葉に、黄瀬くんは嬉しそうに返す。

きっと黄瀬くんも、
今日の総当たり戦が楽しみだったんだろうな。

なんて微笑ましく思っていると。










「そういえば、っち」

「ん?」

「今日はポニーテールなんスね」


どうやら、あたしの髪型に気づいてくれたらしい。





「実は、ボクもさっきから気になっていて」

「えっ、そうだったの?」


それなら言ってくれればよかったのに。





「いつもと印象が違いますが、
 ポニーテールも似合いますね」

「え! あ、ありがとう……」


なんか、面と向かって言われると照れるな……。





「イメチェンっスか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」


ちょっと色々あって、伊月くんにお願いしたら
ポニーテールに結んでくれたんだ。





「伊月先輩に……ですか?」

「そう。すごく綺麗にまとまってるよね」


やっぱり手先が器用なんだなぁ。










「黒子っち……
 伊月さんってあのPGの人っスよね」

「ええ、そうです」

「…………」

「…………」


あれ?
なんか、二人が黙り込んじゃったんだけど……










「あの、二人とも……
 あたし何か変なこと言ったかな?」

「いやいや! 別に何も問題ないっスよ。
 
っちはね

「ええ、気にしなくて大丈夫ですよ。
 
さんは


なんか、最後のほうが聞こえなかったけど、
とりあえず大丈夫みたい……。





「じゃあオレ、先輩たちのところに戻るんで」

「はい」

「またね、黄瀬くん」





「ボクも、キャプテンたちのところへ行きますね」

「うん。がんばって、黒子くん!」

「はい」













「よー、ちゃん!」

「おはよう、


あたしも行動開始しようかな、
なんて考えていたところで……

今度は、緑間くんと高尾くんが声を掛けてくれる。





「おはよう、二人とも!
 今日はよろしくね」

「ああ」


まさか、こんなに早く再戦することになるとは……
とか思ってたりするのかな。





「まさか、こんなに早く再戦することになるとは……」

「……!」

「ん? どうした、


「う、ううん、何でもない」


緑間くんが予想通りのことを言ったから、
ちょっとびっくりした……。





「まぁちゃんには悪りぃけど、オレらも本気で行くから」

「うん、もちろん。
 そうじゃなきゃ、この総当たり戦の意味がないし」


本来、この合宿の話はないはずだし……

どういう展開になるのか全然解らないけれど、
あたしもできる限りのことをしないとね。










「にしても、今日のポニーテール似合ってんね♪」

「そ、そうかな?」

「動きやすくて良さそうだな」


確かに、それはあたしも思ったんだよね。





「色々あって伊月くんに結んでもらったんだけど……
 みんな褒めてくれて、すごく嬉しいな」


そう言ったとたん、二人の空気が変わった……気がした。





「へえ……伊月さんが」

「う、うん」

「そうか……」


えっ、何なんだろう?

さっきの黒子くん・黄瀬くんと、
通じるものを感じるような……










「っと、オレらも準備があるから戻るわ」

「また後でな、

「う、うん!
 またね、二人とも」


よく解らないけど、気にしないほうがいいみたい……










さん!
 これから説明をするから、あなたも来てくれる?」

「う、うん、解った!」


カントクから声が掛かったため、
ひとまずそれ以上は考えないようにしておいた。




















お前、なんかやったのか?


(一部のやつからすげぇ見られてんぞ、伊月)


(なんだろうな? 特に心当たりはないが)



















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さんの髪を結んだ、ということが、
とにかく気に入らなかったようで。

試合中、伊月先輩はめちゃくちゃマークされていそうです。