「これでよし、……っと」


     持って帰ってきたタオルは全部洗濯機に突っ込んだけど、
     こればっかりは、終わるまで待ってるしかないよね。



     ――伊月くんに呼ばれみんなが集合し、練習が再開された。


     まだしばらく個人練習をするとのことだったので、手が空いたあたし。

     今のうちにタオルを洗濯しておきたいという旨をカントクに伝え、
     ひとり再び旅館に戻ってきていた。

     ……ちなみに火神くんと日向くんもやっと戻ってきたが、
    顔が真っ青だった……。





     「とりあえず今は、新しいタオルを持って戻ろう」


     まだ使っていない新しいタオルは、家を出るとき
     ひとつの袋に無理やり詰め込んできてそのままだった。

     ……まあ、そうは言うものの結局タオルには変わりないし、
     使っていないから全く重くないんだけれど。





     「……いいや、このまま持っていっちゃおう」


     洗濯するために持って帰ってきたタオルは、
     ふたつの袋に分け両手で持ってた。

     おそらく、だからこそバランスを保ててたんだろうけれど……





     「ひとつの袋じゃ、やっぱ持ちにくいか……」


     けど、わざわざふたつの袋に分けるのも正直めんどくさい。
     そう思ったあたしは、そのままひとつの袋でタオルを運ぶことにした。













     「うーん……
      なんか、持ち方も失敗した気がする……」


     ひとつの袋のままだとかなりかさばるので、
     あたしはそれを前に両手で抱えるようにして持っている。

     けど、それにより視界が狭められ、
     前もあまり見えていないので危ないっちゃあ危ない。

     たぶん、カントクに見られていたらけっこう怒られると思う……。





     「こーゆーときにありがちなのが、誰かとぶつかって転ぶってゆう……
      …………っ!?」


     と、そんなどーでもいいことを言っていたら、
     本当に何か(誰か?)とぶつかってしまったらしい。

     幸い「勢いがあった何か」にぶつかったわけではないので、
     転ぶまではいかなかったが、抱えていたタオルは全てぶちまけてしまった。





     「でも良かった、まだ旅館内で……」


     まさか、外でぶちまけたタオルを
     みんなに使わせるわけにもいかないだろう。

     まだ旅館内でセーフだったな、なんて思いながらタオルを拾い集める。





     「……?」


     そんなとき、ふと誰かの視線を感じた。










     「大丈夫っスか!?」


     すぐに慌てたような声が聞こえた。
     続けて「申し訳ないッス!!」という言葉が、頭の上から降ってくる。

     そうか、ぶつかった「何か」は人だったんだ。
     こちらこそ申し訳ないことを……





     「…………」


     …………いや、それより待って。
     この声と話し方はもしかして……

     思い当たるところがあってゆっくり顔を上げてみると、
     やはり想像していた通りの黄金色があった。





     「き、黄瀬!? ……くん」


     あ、危ない危ない!
     初対面で呼び捨てにするところだった。

     いくらなんでも、それは失礼すぎる……!





     「オレを知ってるんスか?」

     「え、あ、うん、まあ……」

     「なんかの雑誌に載ってたんスかね」


     これでも一応モデルなんで、とわざとおどけて言う黄瀬くんに、
     そうじゃないとあたしは告げる。





     「え?」

     「黄瀬くんのことを知ってるのは、モデルだからじゃないよ」


     あたしがお世話になっている人が、
     とある高校のバスケ部でカントクをしているの。

     その関係で、「海常バスケ部の黄瀬涼太くん」は知っている。
     (いや、本当は……ずっと前から知っているけれど。)





     「あー……なるほど、そっちだったんスね」

     「うん」

     「もしかして、そのバスケ部でマネージャーやってるんスか?」


     先ほどあたしがぶちまけてしまったタオルを見やりながら、黄瀬くんは言う。





     「うん……まあ、そんなところかなぁ」


     お世話になりっぱなしなのも申し訳ないから、
     手伝えることは手伝いたいの。





     「あたしのことを、チームの一員のように見てくれる人たちだから」

 
     そんなみんなだから、あたしも力になりたい。

     それはきっと微々たるものだろうけれど、それでもいい。
     少しでも力になれるのならば、それほど嬉しいことはないから……












     「……いいチームなんスね」

     「うん!!」


     黄瀬くんのその言葉に、あたしは自信を持って答えることが出来た。





     「今からその『チーム』の居るところに行くんスよね?」

     「う、うん……そう、だけど」

     「じゃあ、これ運ぶの手伝うっスよ!」


     そう言って黄瀬くんは、ぶちまけたままだったタオルを拾い始める。





     「え、いいって、悪いよ」

     「いいからいいから」


     それこそ申し訳ないのでやんわり断ってみたものの、
     黄瀬くんは構わずタオルを拾い集める。

     そこではっとなって、あたしも慌てて一緒にタオルをかき集めた。





     「これで全部っスね」


     タオルを拾い終えた黄瀬くんは「じゃあ行きましょーか」と言って
     さっさと歩き出してしまったので、とりあえずお言葉に甘えることにした。













     「そういえば……
      黄瀬くんは、どうしてここに?」


     まさかこんな旅館内で会うとは思っていなかったので、
     気になって聞いてみる。





     「オレら、ここで合宿するんスよ」


     ここに泊まって、近くの体育館を使いながら練習するのだという。
     つまるところ、あたしたちと同じというわけだ。





     「お姉さんたちも、合宿っスよね?」

     「うん、そうだよ」


     今から向かうのは、黄瀬くんたちが使う予定の体育館と同じだと思う。




     「どーりで。
      本当はオレらも今日から体育館使いたかったんスけど、
      なんか先約があるからって管理してる人に言われたらしいんスよ」


     体育館を使用しての練習は、結局明日から開始するけれど……

     旅館は今日から予約してしまっていたので、
     今日やって来た……ということらしい。





     「使えなくともひとまず下見しとくかーってことになって、
      主将と二人で向かうところだったんス」


     ただ、黄瀬くんは何か忘れ物をしたそうで……

     ひとり旅館に戻ってきて、その主将――たぶん笠松くんのこと――は、
     先に体育館へ向かっているんだとか。





     「だから、これ運ぶのもついでみたいなもんなんで」


     あんま気にしなくていいっスよ、と、笑顔で言ってくれた。












     「う、うん……
      ありがとう、黄瀬くん!」


     あたしが未だ気にしていたのを、彼は解っていたらしい。

     それがなんだか気恥ずかしいような、でも気づいてくれて嬉しくもあり
     自然と笑顔になってお礼を言っていた。





     「…………」


     でも、何故か黄瀬くんは足を止めてしまい、一瞬目を丸くして。
     ……かと思ったら、次の瞬間にはひどく優しい笑みを浮かべこちらを見ている。





     「あ、あの……?」


     なんだか見られていることに居たたまれなくなって声を掛けるが、
     黄瀬くんは微笑んだまま。

     だんだん恥ずかしくなってきて、あたしはふいっと顔をそらしてしまった。





     「かわいーっスね、お姉さん」

     「へっ!?」


     思わず黄瀬くんを見上げる。
     でもそれ以上は何も言わず、彼はくすくす笑っているだけだ。





     「か、からかわないでよ……!」


     彼は慌てるあたしを見て楽しんでいるだけだと、ようやく気付けた。
     だからそう言ったのだが、違うと返されてしまう。





     「かわいーって思ったのは本心っスよ。
      からかったわけじゃないっス」

     「う、うそ……」

     「ほんと」


     確かにこの目は、嘘はついてない……と思う。

     思うけど、まさかあの黄瀬涼太に
     「かわいい」などと言われる日が来ようとは……。










     「と、とにかく、体育館に行こう!」


     黄瀬くんも主将のこと待たせてるんでしょ!

     あたしは照れ隠しにそう言って、ずんずん歩き出した。
     後ろからついてくる形になった黄瀬くんが、またくすくす笑っているのが解る。





     「まったく、もう……」


     高校生の子にいいようにされるとは、あたしもまだまだだな。
     そんなことを思いながら、体育館を目指した。



















     「もしかしてあれっスか?」

     「うん、そう」


     少し歩くと、目的地である体育館が見えてきた。

     旅館からあまり離れていないのに時間かかちゃったし、
     カントクが心配してないといいけど……

     そんなことを思いながら、徐々に体育館へと近づいていく。





     「あ、そーいえば……
     お姉さんがマネージャーやってるバスケ部って、どこの学校?」

     「あ、それは……
      ……てかずっと思ってたけど、その『お姉さん』ってやめない?」


     なんか妙にむず痒いとゆうか……。
     (「年上だということをバッチリ認識している」点も気になるけど……)





     「じゃあ名前、教えてほしいっス」

     「そ、そういえば名乗ってなかったね……! あたしはだよ」

     「了解。っちっスね!」


     あ、「〜〜っち」付いてるんですね……。

     あれって確か、尊敬している人に付けるんじゃなかったっけ?
     もしくは認めた人?

     正直あたしは、そのどっちでもない気がするんだけど……。










     「……あ、笠松センパイ!」


     あたしが微妙な心境になっていると、
     体育館の入り口に立っている制服姿の青年が目に入った。

     その彼に向かって、黄瀬くんが叫ぶ。





     「黄瀬、お前……
      忘れ物したって、ナンパしてたのか!!」

     「ち、違うっス!!」


     あたしの姿を確認した笠松くんが、
     間髪入れず黄瀬くんに蹴りをお見舞いした。

     慌てて否定する黄瀬くんが涙目になって可哀相だったので、
     あたしも慌てて間に入る。





     「あの、そうじゃなくて!
      タオル運ぶのを、黄瀬くんに手伝ってもらってたの」

     あたしの言葉に、状況をしっかり把握してくれたのか……

     笠松くんは「そうか」とだけ言って、
     ひとまず黄瀬くんに蹴りを入れることはやめてくれた。






     「センパイ、こちらはっちっス!
      今日ここで練習してる学校の、マネージャーやってるらしいんスよ」

     「つーことは、誠凛の?」

     「うん」 「え? 誠凛?」


     笠松くんの問いかけに頷いたあたしの声と、
     黄瀬くんが聞き返した声はちょうど同時くらいだった。





     「ってことは……黒子っちーーー!!!」


     黄瀬くんは持っていたタオルを笠松くんに渡して(放り投げて)
     真っ直ぐ体育館の中へ突入する。

     そして黒子くんの名を叫びながら、彼のもとへ向かっていった。













     「黄瀬くん……やっぱり君も来ていたんですか」

     「そうなんス!
      会えて嬉しいっスよ、黒子っち!!」


     その様子は、まるで飼い主を見つけた飼い犬のようだ。
     微笑ましいなぁ、なんて思いながらその様子を見つめる。





     「そっか、っちは誠凛のマネージャーだったんスね!」

     「え、……さんを、知っているんですか?」

     「今さっき会ったんスよ」




     「けど……っちって面白い人っスね」

     「面白い、ですか」

     「オレを見ても他の女子みたいに騒いだりしないし、
      でもちょっと照れ屋さんだったり」

     「…………」

     「あと、何か強い意志みたいなのを持ってる気がするんス」

     「それは同意ですが……」



     「(また厄介な人に気に入られてしまいましたね、さん……)」





















きらきらと笑う君



(綺麗だなぁ、なんて思いながら その笑顔を見ていた)
















   +++++++++++++++++++++++++++++

      第5Qは黄瀬でした! 
      なんだかんだで黄瀬も好きなので、まとまらずに
      だらだら書いてしまいました。

      桐皇戦以降の黄瀬くんが、とくに格好いいですね。
      でも、皆さんが大型犬とおっしゃるのもよく解るけど(笑)