「あーあ、やっぱまだ使ってたか〜〜」
「だから早すぎると言ったのだよ、馬鹿め」
黄瀬くんと笠松くんが体育館を去って、間もないとき。
どこからか声が聞こえてきて、一斉にそちらを振り返る。
「緑間くんに、高尾くん!?」
入り口のところには、今しがた名前を呼ばれた2名の姿があった。
「海常に続いて秀徳まで……」と言いながら、
カントクは微妙そうな顔をしている。
「なんだ、誠凛じゃん!」
みんなの姿を確認した高尾……くんは、
人懐こい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「つーことは何?
午前中ここ使ってるのって誠凛だったわけ?」
「午前中? なんのことだよ」
高尾くんの言葉を疑問に思った火神くんが、そう聞き返す。
けど、その質問に答えたのは我らがカントクだった。
「実はね……
今日この体育館をうちが使えるのは、午前中だけなのよ」
管理者に使用許可を願い出るとき、午後から別の学校が使うので
今日に関しては午前中だけ使用できると言われたらしい。
「短い時間だけど色々メニューはこなそうと思ってたのよ。
けど生憎馬鹿どもの説教に追われたり乱入者が現れたりで
まだ考えてたメニューの半分も出来ていないわ」
ため息をつきながら、カントクはそう言った。
「ちなみにオレたちは、今回ここで合宿で現地集合なわけ。
けどなんか早く着きすぎちゃってさ」
それで、体育館見に行ってみるかーってなってここに来たんだよねー。
真ちゃんには「さすがに早すぎるのだよ」って言われたけど
特に行くようなところも他に無いしさー、と高尾くんは続けた。
「だからと言って、体育館に行けばいいというものではないのだよ」
緑間……くんが苛立たしげに言った。
「なんだか緑間くん、今日はかなり不機嫌ですね」
「お、やっぱ解るー?」
黒子くんがふいに口にした言葉に、
高尾くんは「そうなんだよなー」と小声で答える。
「今日のおは朝のラッキーアイテムがどうしても見つかんないとかで、
もう今朝会ったときからずーっとイライラしてんの」
「そうなんですか……
緑間くんが入手できないアイテムなんて、よっぽどの難題ですね」
しみじみとしながら黒子くんが言う。
確かに緑間くんならば、どんなアイテムでも
見つけ出してしまいそうなイメージはある。
そのためなら何が何でも、とゆうかなんと言うか……。
「でも、そんなにも手に入れるのが難しいアイテムって一体……」
「おい、そこの女子!」
あたしが思わずつぶやいた直後、突然緑間くんが叫んだ。
何事かと思い顔を上げてみると、
緑間くんが真っ直ぐこちらに歩いてくるではないか。
……え、どうしよう!
あたし、もしかして何かいけないこと言った……!?
そんな風に焦っている間に、
緑間くんが目の前までやって来ていた。
「おい、お前。
誠凛のマネージャーをしているのか?」
「え? あ、あたし……?」
唐突な質問にわけが解らなくて聞き返すと、
「お前以外に誰が居るのだよ」とこれまた苛立たしげに返されてしまう。
「それで、どうなのだ。マネージャーなのか?」
「あーうん、まあ……
そんな感じ、だと思いますけど」
厳密に言うと違うんだけど、黄瀬くんたちのときみたいに
一から説明するのもめんどくさそうなので、そのまま肯定しておく。
すると、先ほどまであった不機嫌オーラが
緑間くんから消えていくのを感じた。
「そうか!
今日のラッキーアイテムをやっと見つけたのだよ」
これでやっと補正されたのだよ、と言いながら、
緑間くんは満足そうに頷いている。
「っつーことはなんだよ、真ちゃん。
その子がずっと捜してたラッキーアイテムなのか?」
何も言えないでいるあたしを見やりながら、
高尾くんがそう言った。
「その通りなのだよ。
今朝のおは朝占いは特別版だと言っていてな」
「特別版〜?」
「ああ。
今日は『ラッキーアイテム』ではなく『ラッキーパーソン』だと言っていた」
それで結局なんでしょう。
あたしがその「ラッキーパーソン」だとでも?
未だわけが解らずにいると、
今度は緑間くんがこちらに目線を向けて言う。
「今日の蟹座のラッキーパーソンは、
『他校のマネージャー』だったのだよ」
「へー。それでこの子なわけ」
「ああ」
あ、そうなんだ。他校のマネージャーね。
それならば緑間くんといえど手に入れるのは難し……
って、だから何度も言うけど、
厳密に言うとあたしマネージャーじゃないよ!
いいの? それでいいのか、おは朝信者……!?
「そういうわけだ、黒子。
このマネージャーを少し借りるのだよ」
「え、緑間くん――」
「では失礼する」
黒子くんの返答も待たず、緑間くんはあたしの手を引いて
さっさと体育館をあとにしてしまう。
「ちょっと、緑間くん!
さんをどうするつもり!?」
向こうでカントクも叫んでいたのだが、
緑間くんは聞く耳を持たなかった。
「ね、ねえ、どこに行くの!?」
いきなり連れ出すだなんて、何を考えているのかこの人は!
誘拐犯とやってること変わらないよ……!
「体育館に来る途中、
広場にゴールが設置されている場所があった」
ゴールがあればシュートの練習はどこでも出来る、と言う。
「時間が惜しいからな。
体育館が空くまでは自主練をするつもりだ」
「自主練……?」
「だから、ラッキーアアイテムもといラッキーパーソンのお前には、
俺のそばに居てもらわねばならん」
「そばに居てもらわねば」という言葉だけだったらときめいたのに、
ラッキーパーソンって何?
おは朝、なんでそんな余計なこと言ってくれたの……!
あたしは、よく知りもしないおは朝を恨むばかりだった。
――あれからそれとなく文句を言い続けてみたけれど、
結局緑間くんは、断固としてあたしを体育館に返そうとはしなかった。
まあ、ちょっと変わってる人だというのはもともと知っていたし、
これ以上とやかく言っても仕方がないのかも。
そう考え、あたしは別の話題に移ることにした。
「緑間くん」
「何だ」
「そのゴールがある場所って、この先なの?」
「ああ。駅に向かう途中にある」
とゆうことは、旅館とは反対方向だよね。
確かにそれなら、まだあたしたちが見る機会もなかったわけで……
とにかく、体育館以外にゴールがあるのはいいかも。
あとでカントクに教えてあげよう、と考えていると、
前を歩く緑間くんが突然立ち止まった。
「着いたぞ」
その言葉を受けて辺りを見回してみると、
そこには確かにゴールが設置されていた。
周辺も綺麗に整備されているし、
なるほど練習するのに良さそうな場所だ。
「オレはしばらくシュートの練習をする。
お前はそこで見ていてくれ」
「う、うん……解った」
緑間くんが目で示した場所にベンチがあったので、
とりあえずそこに座ってみる。
「…………」
そこから集中モードに入ったのか、
緑間くんは一切しゃべらなくなった。
「…………」
構えた緑間くんの手から放たれたボールが、
綺麗な弧を描いて一切のブレもなくゴールに吸い込まれる。
「きれい…………」
思わずつぶやいてしまうほど、本当に綺麗だった。
日向くんのシュートを見たときも感動したんだけれど、
緑間くんのは、なんてゆうか……いろいろと凌駕しているとゆうか。
「…………」
すごいなぁ……
あんな綺麗なシュートを決められたら、
気持ちいいんだろうなぁ……。
すっかり集中して練習を続ける緑間くんの近くで、
その綺麗なシュートをあたしもしばらく見ていた。
「……けっこう時間経ったかな」
途中までは何本打っているか数えていたんだけれど、
あまりに本数が多いので解らなくなっていた。
けど相当打っているはずだし、
そろそろ休憩したほうがいいのかも。
「……あ、そうだ」
何か飲み物でも買ってこよう。
確か、ここに来るまでに自動販売機を見かけたし……。
集中している緑間くんに声を掛けるのも悪いので、
あたしは気づかれないようにそっとその場を離れた。
「どれがいいかな、えーと……」
自動販売機に並ぶ商品を一通り見ていくと、
とあるものが目に留まった。
「おしるこ売ってる!」
しかも冷た〜いやつだ!
これしかない、と思い、あたしはおしるこのボタンを押す。
「……でも、さすがに練習後におしるこは微妙かな」
他にも買っておこう。水でいいかな?
そうして、もう一度お金を入れて水のボタンを押した。
「とりあえず、この二つを持ってけば間違いないよね」
そんなことを考えながら、
自動販売機の取り出し口に手を入れた……
……のは、いいんだけれど。
「あ、あれ?」
ちょっとこれ、取れないんだけど……
なんで!?
もしかして、ひとつずつ取り出さなかったから?
確かに、小さい頃そんな注意をされたようなされなかったような……
「…………何をしているのだよ」
悪戦苦闘していたとき、頭上から呆れたような声が降ってきた。
見上げてみると、やはり緑間くんの姿があって。
「一つずつ取り出さないから、こういうことになるのだよ」
そう言いながらも緑間くんは取り出し口から
おしること水をいとも簡単に取ってみせ……
そしてそれを、あたしに渡してくれた。
「ありがとう、緑間くん!」
「……大したことではない」
そんなことより、ラッキーアイテムが居ないのでは話にならん、
と返されたけど、それほど怒っているわけでもなさそうだった。
「黙って居なくなってごめんね。
とりあえず、これどうぞ!」
今しがた渡されたおしること水を、
そのまま緑間くんに返した。
珍しくきょとんとしている緑間くんがかわいいな、
と思いつつ、あたしは言う。
「かなり練習してたから、そろそろ休憩かなって思って。
それで飲み物を買いにきたの」
けど、冷たいおしるこなんてあたし初めて見たよ!
ここの自販機、すごいね。
「……両方もらっていいのか?」
「うん、どうぞ。
どっちも緑間くんのために買ったんだから」
もちろん片方でもいいし、
両方いらないっていうのなら返品可だけど……。
あたしがそう続けると、少し間を空けて
「両方もらおう」と緑間くんは言った。
「気が利くな。さすがマネージャーなのだよ」
「え、そ、そうかなぁ」
だから厳密に言うと違うんだけど……
まあ、もういいか。その辺は。
「オレの好みにも合っている選択だ。
……ありがとう、」
「ううん、どういたしまし……
……って、あたしの名前、」
そもそもあたし、まともな自己紹介してないんじゃないの!?
黄瀬くんや笠松くんのときといい、ほんと駄目だな……。
「お前たちのカントクが、そう呼んでいただろう」
違ったか、と言う緑間くんに、あたしは「合ってます」と答えた。
てゆうか思ったんだけど、緑間くん、
完全にあたしを同級生と認識してるよね……。
けどそれを説明し始めるとまた長くなりそうだし、別にいいか。
「……休憩した後、オレはもう少し練習をする。
悪いが、その間は付き合ってもらうのだよ」
「うん、解った。
練習が終わるまで緑間くんのそばに居るね!」
「あ、ああ……頼む」
緑間くんが一瞬目を見開いた気がしたけれど、
次の瞬間には普通だったから気にすることはないのかな。
そんなことを考えながら、
緑間くんと共にゴールのある場所へ戻った。
そういえば結局のところ
(ラッキーパーソンのご利益ってあったのかな?)
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第7Qは緑間でした!
夢小説っていうことになると、一番楽しいのは緑間だと思います。
こいつに限って絶対こんなことないだろ、みたいのが浮かんで、
あえてその話を書くのが面白いんだと思います(笑)
わたしも割と、緑間はネタが浮かびやすい気がします。