「……悪りぃ、こんな愚痴ばっか聞かせちまって」
「ううん、いいんだよ。
隼人って、あまり他人に弱いところを見せないでしょう?」
あたしにはそれを見せてくれて、すごく嬉しかった。
――あれから話が色々と逸れたりもして、
時計の針が3時を指していたとき。
さすがにまずいと思い、そろそろ帰ろうと思った。
「……はぁ」
こいつの悩みを聴いてやるつもりが、結局は自分の愚痴。
オレはそんな自分が情けなかったが……
こいつは嫌な顔ひとつしなかった。
「……帰る前に、一つだけいいかな?」
「ああ、何だ?」
オレが帰るのだと、も分かったのだろう。
どこか改まった感じで俺を見て、そして……
「私、留学するの」
そう、言った。
「留学……?」
「うん」
前から決まってたんだけど、なかなか言えなくて……。
「……長いのか?」
「そんなには……たった1年、だから」
1年……
確かに、あっという間と言えばそれまでだけど。
こいつとは毎日のように会っていたのに、
それが1年も会えなくなる……。
「自分が行きたくて決めたことなんだけどね、」
「……どうした?」
「うん……
隼人に会えないのは、やっぱり寂しいなって………」
「……」
最初に見せた、あの泣きそうな笑顔だ。
――オレだって、お前と会えなくなるのは嫌だ。
それが、1年という限りある月日だとしても。
「私ね……
ずっと言わなかったけど、隼人のこと好きなの」
「……!」
どうやってこいつを元気づけようかと、
考え始めていたけれど……
その言葉を聞いて、もう言うべきことは一つだと思った。
「オレも……お前のことが好きだ」
「はやと……」
「1年なんて、あっという間だろ」
それは、自分に言い聞かせているようでもあった。
「そう、だね…………」
耐えきれなくなったのか、は泣き出してしまった。
「お前が帰ってくるまで、待っててもいいか?」
「うんっ……待ってて、くれるのなら……」
「待ってるに決まってんだろ」
「ありがとう……隼人…………」
その後、少し落ち着いたこいつに聞いてみると。
出発は、明後日だということが分かった。
――出発の日になって。
オレはを送るため、駅までの道を一緒に歩いていた。
「留学には、お母さんが付き添ってくれるんだ」
飛行機で発つ前日にまず、
空港付近のホテルで待ち合わせするそうだ。
だから、終電で間に合うのだと言う。
『ちゃん、がんばってね!』
『元気でやるのだぞ!』
ついさっきまで、10代目の発案により
の送別会が催されていた。
バンドのメンバーはもちろんのこと、
こいつの友人も招いてのもので……
感極まって泣いてしまったりもしたが、
それでも嬉しそうに皆に礼を言っていた。
『オレたちも見送りに行きましょうか』
『気持ちは嬉しいんだけど……
泣きそうだから、遠慮しておくね』
ヒバリや骸なんかは、最後まで渋っていたけれど。
こいつの気持ちを尊重したらしく、最後は引き下がった。
「隼人……私、いっぱい勉強して戻ってくるね」
「ああ。お前のやりたいようにやって来い」
「……うん!」
が眩しい笑顔を浮かべる。
どうやら、普段の明るいこいつに戻ったらしい。
「手紙、書くからね」
「この時代に手紙かよ」
「いいじゃない、そっちの方が素敵だもの」
「……そうかよ」
「そうだよー!」
ムキになって反論する姿も、普段と変わらない。
――こんな何の変哲もない、温かいやり取りも……
これから1年間は出来なくなってしまうのか。
こいつの左手を握る手に、思わず力が入った。
「まもなく最終電車の到着です。乗り遅れのないように……」
ちょうど駅に着いたところで、終電を告げるアナウンスが流れる。
「わっ、早くしないと!」
が慌てて駆け出す。
まだ手は握っている状態だから、オレも必然的に一緒に駆けるけど。
だけどもう……
この手も離さなくちゃならねぇ。
「じゃあ……またね、隼人」
「ああ……また、な」
そう言ってこいつは、改札の向こうに抜けていった。
そのときふと、オレの頭に浮かんだ言葉……
『最初で最後のヒト』
「……」
まあ、それは……
今は言わないでいくことにするか。
……いや、だけど。
最後にもう一度だけ、振り返ろう。
確かめたいコトが、あるんだ……
「……!」
オレが改札の方を振り返ってみると、
もこちらを見ていた。
そして、やっぱり笑っていたんだ。
「ったく……
泣き虫と思いきや、最後までよく笑うやつだな」
オレが弱音を吐いているときも、
嫌な顔などせずずっと笑っていた。
そして、今も。
「……ははっ」
今日ばかりは、俺もつられて笑ってしまった。
悲しくないわけじゃない。
けど、「また会えるから」って確かめるように笑ったんだ。
あいつも、俺も。
「またね!」
そうして彼女は、旅立っていった。
俺が生きてきたこの道を
いつか振り返るときが来るのなら
そのときは 過去の失敗だって
笑い飛ばしてやろう
――が旅立ってから1ヶ月が経った。
留学先でも落ち着いてきたとのことで、
オレに手紙を送ってきた。
それなりに充実している日々を送っているらしい。
「……よし」
そして、オレはというと……
変わらずスポットライトの下、ステージ上で歌っていて。
そして未だに自分の幼さを痛感していたりする。
『今なら……今ならきっと、書ける』
ずっと伝えたかった、この想いを。
あいつを見送ったあと、
オレは部屋に籠って必死に歌を書いた。
今までは、自分の思ってることを
思いついたままつらつらと書き連ねていたが……
今回はかなり慎重に、歌詞を書き上げた。
『10代目……少しいいですか』
出来た歌をお見せしたら、とても褒めてくださった。
『獄寺くんらしい歌で、すごくいいね』
そして後から作曲をして頂き、
メンバー全員でアレンジを加えて……
今まで何曲も作ってきたが、
これほど熱心に作ったものは無いだろう。
その新曲を、今日初めて客の前で歌うんだ。
自分でも驚くくらい緊張している。
今までこのジャンルの歌は、書いたこと無かったからな。
この手紙に同封したディスクに、その曲が入ってるから。
お前にも聴いてほしい。
「へえ……どんな曲なんだろう?」
「獄寺くん、準備はいい?」
「は、はい!」
「獄寺、緊張しすぎだぜ」
「う、うるせーな!」
くそっ……
今日に限って、なんでこんなに緊張してんだ……。
「大丈夫だよ、獄寺くん。
自分が思ったとおりに、歌ってきて」
この歌詞を書いたときのことを思い出して、
そのまま歌えば大丈夫だから。
「10代目……
ありがとうござます、オレ行ってきます!」
「うん」
あのときの気持ちを、自分が思った通りに……。
大丈夫だ、オレは歌える。
改札で言わなかったあの言葉にもう1つ……言葉を混ぜて。
ただいつも 何となく一緒にいて
歌う僕の 隣には君が
笑う君の 隣には僕が
そんな日々が続いてた
君は夢を追って 遠い場所へ行ってしまうけれど
今日も僕は 変わらずに歌うんだ
会えない日が続くなんて 嫌だと思ったりしたけれど
それでも僕は変わらずに歌うんだ
僕が初めて書いた恋唄を君に贈る
上手い言い回しなんて出来ない
甘い言葉なんて言えない
想いだけ詰め込んだ そんな恋唄
今 君は何をしているのだろう
泣いたりしていないか
笑っているだろうか
そんなことを ふと思う
僕は器用じゃないから
君の手紙にも 愛想のない返事を書いてしまう
それを読んだ君は
どう思っているのだろうと気にはなるけれど
そのまま送ってしまう幼い僕
その幼さも こぼしたたくさんの愚痴も弱音も
受け止めてくれた君だから
だからこそ君に……
僕が初めて書いた恋唄を君に贈る
格好いい言葉なんて使えない
だけど 最初で最後の恋人よ
君の帰りを待っているから
次に会えたときは どうか君の笑顔が見たい
今日もただ それだけを想い歌う
このステージの上で
リリィ〜僕が初めて書いた恋唄を君に贈る〜
(この唄を聴いた君は 何を想ったのだろうか)
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またもやバンプネタでした。曲は「リリィ」です。
7人のバンドってちょっと多いかな、と思ったんですが
そこは細かく踏み込まないつもりなのでいいかなと……。
サブタイトルは自分で付けましたが、
けっこう気に入っています。
一人称が「僕」になっちゃってますが……。