「……あっ! センセ、窓の外!」
「え?」
隣の席で書類をこなしていたはずの陽日先生が、急に叫んだ。
何かと思いつつも、あたしは言われた通り窓の外を見てみる。
「あっ……雪!」
「けっこう粒がデカいな〜……
もしかしたら、積もるかもしれないぞ」
確かに、陽日先生の言う通りなんだか積もりそうな降り方だ。
でも……それはそれで、楽しみな気もする。
「少しくらいなら心配ないと思うが、あんまり積もるようなら雪かきだな」
「生徒たちが歩くところだけでも、やらないとまずいですよね?」
「そうだな〜」
でも、そっか……
「雪かき……楽しそう!」
「いや、センセ?
雪かきは男どもでやるからな?」
「あたしがんばりますね、陽日先生!」
「って聞いてねぇし!?」
まだ午後の授業があるから、今すぐってわけにはいかないけど……
後で、積もった雪を見に行ってみよう。
積もるのを見るのは久しぶりだから……ほんと、楽しみだな。
「よいしょ、っと……」
放課後になり、仕事がひと段落したあたしは
ひとり屋上庭園に来ていた。
……いつもなら陽日先生の代わりに弓道部へ顔を出している時間だけど、
あまりの大雪で部活は全面中止。
特別な用が無い限りは、すぐに寮へ帰るようにという連絡が生徒たちに渡った。
「さすがに、誰も居ないよね」
あたしの見た限りだと、もうほとんどの生徒が寮へ帰ってたみたいだし。
ここ・屋上庭園に積もっている雪も、足跡ひとつ無い。
「……すごい、貸切みたい!」
そう言いながら、あたしはちょっと走り回ってみた。
自分の足跡だけがついて、なんとなくいい気分になる。
「あっ、そうだ!
雪だるまでも作ろう」
ほんとに、こんなに積もった雪を目の当たりにするのは久しぶりだし。
ここは記念に(?)雪だるまを作ろう!
そう思い立ったあたしは、さっそく行動に出た。
「あんまり頭が大きすぎると、上にあげられないしね……」
ほどほどにしとこう……
なんて思いつつ、雪玉を転がし始めたとき。
「はあ……
こんな寒い中、雪だるまか?」
「え……?」
声のしたほうを見てみると……そこには、呆れ顔の錫也が立っていた。
「錫也! どうしたの?」
いったん雪玉を置いて駆け寄ると、「どうしたのじゃないよ」と返される。
「お前に用があって職員室に行ってみたら、居ないから捜しに来たんだ。
陽日先生に聞いたら、まだ帰ってないって言うし」
「そうだったんだ……」
でも、よくここだって解ったね。
「この間、雪が降ったとき……積もらなくて残念だって言ってただろ。
だから、今日は積もった雪を堪能するんじゃないかと思ってな」
中庭とかも回ったあと、「ここかも」ということで屋上庭園に来てくれたらしい。
「そうだったんだ……なんか、ごめん」
てっきり錫也も帰ったものだと思ってたからなぁ……。
「……あっ! ところで、何か用があったんだよね?」
「そうだけど、でも今から雪だるま作るんだろ?」
「う、うん……
けど、雪だるまは絶対やらなきゃいけないわけじゃないから」
生徒たちには、「特別な用が無い限りは寮へ帰るように」と指示が出たはず……
それなのに錫也は、こうしてあたしに用があって残ってるんだ。
雪だるまよりそっちのほうが大切なのは、明らかだった。
「俺の用は、今すぐじゃなくて大丈夫だよ」
「でも……」
錫也は微笑みながらそう言ってくれるけど、ほんとにいのかな……。
そんなあたしの不安を感じ取ったのか、錫也はあたしの頭をなでたあと
にこっと笑って口を開く。
「それより、雪だるま作るか」
「えっ! いいの?」
「いいよ。
お前ひとりじゃ、この寒い中いつまでもやってそうだからな」
「た、確かに……」
否定できないところがちょっと微妙なんだけど、
さすが錫也……と感心する気持ちのほうが上だった。
「じゃあ、どのくらいの大きさにしようか」
「えっと……このくらい、のつもりでいたんだけど」
身振り手振りで説明すると、錫也はだいたい理解してくれたらしい。
雪だるまの身体のほうを作ってくれると言うので、
あたしは頭のほうを担当することになった。
「あ……待って、」
「ん?」
さっそく作業に取り掛かろうとしたところで、錫也に引き留められる。
こいこいと手招きされたので、とりあえず寄ってみると。
「マフラー、ほどけてる」
「え!」
「ちょっと待ってて…… ……はい、出来ました」
ほどけてるマフラーを、錫也が直してくれた。
「ありがとう、錫也」
「どうしたしまして。
ほら、雪だるまの頭、がんばって作りなさい」
「はーい!」
少し「おかんモード」の入っている錫也に返事をし、
あたしはさっきから置きっぱなしの雪玉のもとへ戻った。
「出来たね!」
「ああ、けっこうかわいく出来たな」
完成した雪だるまを前に、そんなことを言い合う。
「楽しかったけど……さすがに寒くなってきた」
「無理もないよ。
そろそろ中に入って、食堂であったかいものでも飲もう」
「うん」
名残惜しい気もしたけど、あたしは錫也と共に屋上庭園をあとにした。
「ねえ、錫也……」
「ん?」
「一緒に雪だるま作ってくれて、ありがとう」
食堂に向かう途中、ふいにそう伝えた。
「その、年甲斐もなくはしゃいじゃったのはアレだけど……
でも、すごく楽しかった」
ありがとう。
「…………どういたしまして」
そう言って、錫也はまた微笑んでくれた。
そうやって当たり前のように
(いつもあなたは 隣に居てくれるね)
……――それが、本当に嬉しいんだ。