「なんか、ほんとに雪が降りそうな空だね」
「そーだな。すげー寒いし、マジで降るかもなー」
確かに、天気予報では雪だと言っていたけれど……
最近ときどき出る雪の予報は、悉く外れていた。
だから、今日もどうせ降らないだろう。
そう思って傘も持ってこなかったけれど、やはり失敗だったかもしれない。
そんなことを考えながら、もう一度空を見上げた。
『……イルミネーション?』
『そー。
ちょっと遠出になるんだけどさ、すげー綺麗だってテレビで紹介してたんだよね』
――県外にある、とある大きな公園が、クリスマス仕様のイルミネーションで彩られている。
そんな情報を、たまたま見ていたテレビで得たという和成くん。
一緒に行かないか、と、誘いの電話をくれたのだった。
『今度の日曜なんかどう?』
『あたしはいつでも大丈夫だけど……でも、部活は?』
『ラッキーなことに無いんだわ、これが!』
人事を尽くしてるからなのだよ、と、
緑間くんのモノマネをしながら(そして笑いながら)答えてくれた。
『……まさか、また設備点検じゃないよね?』
『そのとーり!
さっすがちゃん♪』
……いや、うん。
確かに「二度あることは三度ある」と言うけれど、まさか本当に?
一瞬考えてしまったけれど、バスケに対し誰よりも真剣な彼のことだ。
部活が無いなどという嘘は、絶対につかないだろう。
『んで、どーする? 行く?』
『行く!!』
他でもない彼からの誘いを、断るはずもなかった。
「それにしても綺麗だったね、あのイルミネーション」
「ホント、テレビで見たより綺麗だったぜ」
和成くんがテレビで紹介されたのを見たというそのイルミネーションを、
今しがたふたりで実際に見てきた。
都内でやっているものより規模は小さいけれど、やはりテレビで紹介されただけはある。
細部までこだわっているし、ひとつひとつが可愛らしくて
変に派手なものよりも、あたしは好きだなと思った。
「けど、ホントはもっと暗くなってから見るといいんだろうけどなー」
隣を歩く和成くんが、苦笑しながらそう言った。
「しょうがないよ。これ以上遅くなったら、帰れなくなっちゃうし」
県外にあるあの公園には、電車とバスを乗り継いで向かった。
駅に近ければ電車だけで事足りるが、生憎そこは駅から離れていて
結局はバスを使うという選択肢に落ち着く。
そしてバスの最終の時間も考えると、そろそろ帰らなければならないわけだ。
……ただ、まだ日が少し傾いてきた程度の時間なので、
遊びたいざかりの高校生には物足りないかもしれないんだけれど。
「もっと駅から近ければ、言うことねーんだけどなー……」
確かに、終電まではまだまだ余裕がある。
だけどバスの本数は少ない。
……あの公園のイルミネーションは、確かに綺麗で見に行く価値はある。
ただアクセスが悪いということがあってか、混み合う、とまではいかないようだ。
まあ、だからこそゆっくり見れたんだと思うんだけれど。
「ま、しょーがないか。
とりあえずバス停まで行こーぜ」
「うん」
そうしてあたちたちは、公園を出てバス停に向かった。
「……なんだ、まだ割と余裕あったなー」
イルミネーションのあった公園とバス停は、少し離れている。
だからバスに乗り遅れないよう、早めに公園を出てきたはいーけど、
ケータイで時間を見てみると、まだバスが来る時間までは余裕があった。
「最終まであと3本もあんじゃん。失敗したなー……」
「うん……もうちょっとゆっくりしても、良かったかもね」
でも、あたしは和成くんが居ればそれでいいや。
隣でバスの時刻表を見ながら、ふいにちゃんがそんなことを言った。
……つーか、そんななんでもない風に言うの、ずるくね?
「あ……でも、あんまり待たずに済みそうだね」
自分のケータイに表示された時間とバスの時刻表を見合わせながら、確認している。
さっきの言葉もあってか、そんな姿すらすごく可愛く見えて、愛おしく思った。
「……ちゃん、オレ、」
「ん?」
「やっぱ君が好きだわー」
オレがそう言うと一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑顔になった。
照れているのか、はにかむようにして笑っている。
――こんな間延びしたような愛の言葉で、喜んでくれる。
それが嬉しくて、また愛おしく思えて、コート姿の彼女を抱き寄せた。
「え、か、和成くん……!?」
そんなオレの行動に、彼女は慌てている。
男に慣れていないらしく、ちょっとしたことですぐに照れてしまうのだ。
初めて会ったときから、そうだった。
少し距離を詰めただけで、すげー慌てていたことを思い出す。
「……まだバス来ねーな。
じっと待ってても暇だし、なんか話でもすっか」
「あ、……うん」
腕を放してやると、ほっとしたような顔をして少し離れた。
それはそれでちょっと傷つくけれど、ま、困らせるのも嫌だから今は我慢だ。
「ちゃん、なんか雪に合うような話とか知らねー?」
「雪に合う話?」
うーん、と唸りながら、雪が降りそうな空を見上げて考え出す。
オレだって雪に関する話の一つや二つ知ってたけど、
たまには彼女の話をゆっくり聴いてみたかったから、黙っておいた。
「ちょっと長くなるけど、いいかな?」
何か話を思いついたらしい彼女が、そんなことを聞いてくる。
「もちろんいーよ」
だって、家に帰るまではずっと君と一緒なんだから。
時間はまだあるんだから、長いくらいがちょうどいーよ。
そう言うと、またちょっと照れて顔を赤くした。
「え、えっと、じゃあ……」
なんとか気を取り直したらしい彼女は、雪に合うという話をし始めた。
けど、あんま時間が経たないうちに、バスがやって来る。
「あ、……バス、来たね」
そう言って立ち上がろうとした彼女の腕を、無言でとった。
何も言わなかったけど、どうしたの、と言いたげな瞳でオレを見上げてくる。
「なあ……もうちょっと、ここで話してようぜ」
まだバスはあるから、平気っしょ?
へらっと笑顔を作ってそう言うと、「しょうがないなぁ」と彼女も座りなおした。
「じゃあ、……続き話すね」
そうしてオレたちは、やって来たあのバスを見送った。
『――でさー、オレが絶対ちげーっつったんだけどー……
……って、真ちゃん?』
部活が終わり帰り支度をした後、真ちゃんとしゃべりながら校門へ向かって歩く。
すると、隣に居た真ちゃんが急に足を止めた。
『……高尾』
真ちゃんは、ただ一言オレを呼んで、その先にある校門を目で指した。
それに従ってオレも校門を見やると、予想していなかった人の姿があったのだ。
『ちゃん……!』
寒そうに手をこすりながら、校門に寄りかかるようにしていたのは、ちゃんだった。
放課後に会う約束なんてしていなかったから、驚きながらオレは彼女に駆け寄る。
すると、オレに気づいた彼女は、笑顔で手を振ってきた。
『部活お疲れさま、ふたりとも』
駆け寄ってきたオレと、後ろからついてくる形になっていた真ちゃんに、そう言った。
『突然どーしたんだよ、ちゃん』
会えるとは思っていなかったので、もちろん来てくれたことはすげー嬉しい。
だけど、こんな風に連絡もなしにやって来るのは珍しいから、
正直なんかあったんじゃないかと不安になるのが先だった。
『えーと、特に用事は、無かったんだけど……』
なんとなく、和成くんに会いたくなって。
そう言って照れたように笑う。
それがなんかもう、マジで好きだなーと思って……
いつの間にか、彼女を抱きしめていた。
『か、和成くん……!』
緑間くんが見てる、と慌てる彼女だけど、オレは知らんぷり。
横から真ちゃんのため息が聞こえてきたが、それでも腕を放さなかった。
『……オレは用があるから、別の道から帰るのだよ』
それだけ言って、真ちゃんはさっさと行ってしまった。
『あ、あの……』
彼女が困っているのが解ったので、名残惜しかったけれど腕を放すことにした。
『……ちゃん、寒くねー?』
『うーん、……ちょっと』
けっこう厚着してきたつもりだったんだけど、と、苦笑する。
さっき手をこすっていたから、手袋は持ってきていないらしい。
オレは自分の手袋を外して、無言で彼女に押し付けた。
『貸してやるから、ちゃんがして』
戸惑いながらオレを見る彼女に、そう言うと。
彼女は黙ったまま首を横に振った。
『それじゃ和成くんが寒いから、だめ』
『オレは部活終わったばっかで体あったまってるから平気だっつの』
『それでもだめ』
彼女は、一歩も譲らなかった。
それからしばらく押し問答を続けたけれど、結局オレが折れた。
『んじゃー、手袋しない代わりに手ぇ貸して』
『?』
不思議そうにしながらも、オレに言われた通り手を出してきたので
その手をとってぎゅっと握った。
『これで寒くないっしょ?』
『う、うん……』
手袋借りるより、こっちのほうがいい。
また照れ笑いを浮かべて、言った。
――直接本人の口から聞いたことはないけれど、きっと彼女は、
ただ大切に飾られ守られるような愛し方は望んでいないんだ。
だから、なんつったらいーのか……
優しくしすぎると、それを少し嫌がるふしがある。
オレとしては大切な彼女を守ってやりたい一心なのだが、
そう簡単にはいかないのが、彼女――ちゃんだ。
けど、そんな彼女だから好きになったんだろう。
何かあるたびに、それを実感する。
『…………敵わねーな』
でも、解っていても、やっぱなんか悔しい。
彼女はオレより年上で、オレに比べればだいぶ落ち着いた「大人」だ。
相手が、こんな「子ども」のオレで良かったんだろうか。
……そんなマイナスなことを考え始めたとき、繋いでいた手がぎゅっと握り返された。
驚いて彼女を見ると、優しい顔でオレを見上げている。
『大丈夫だよ、和成くん』
『……!』
なんだよ、もう……
オレの考えは、全部お見通しなのか?
――やっぱ、敵わねーわ。
「大丈夫」って他でもねー君が言うんだから、大丈夫なんだよな。
『帰ろう、和成くん』
そう言って笑いかけてくれた彼女に、オレも笑い返した。