僕は、一体どうしてしまったというんだ。
自分のしていることが理解できない……
なぜ彼女を突き放せないのか。
なぜ彼女にあんな提案をしたのか……
なぜ……
彼女の本気を知りながら、あんな危険な提案をしたのか……
「……けれど、これだけは分かりました」
僕は、彼女に怪我をさせたかったわけではない。
ただ、僕は…………
十月五日の救い
彼女が大怪我をしたという話を聞いた骸は、
その足で搬送先の病院までやって来ていた。
「……馬鹿な、」
僕は一体何を……。
病院に着いた骸は、そこでやっと冷静になった。
彼女が大怪我をし、病院に運ばれたのは
他でもない自分のせいだ。
そんな自分が、こんな所までやってきて
一体どうするというのだ……
「…………」
それでも、千種から一通りの話を聞いて
居ても立っても居られなくなってここまで走ってきたのだ。
骸はもう、自分が何を考えているのか、
何をしたいのか分からなくなってきていた。
「ここへ来て、僕は何を……」
何をしようとしている……?
「……あなた、黒曜中の生徒さん?」
骸が病院に入らず考え込んでいた、そのとき。
背後から誰かに声を掛けられた。
今日は休日であるが、自分は黒曜の制服を着ている。
だから、自分のことだとすぐに解った。
「……ええ、そうです」
「まあ、やっぱり」
微笑んだその女性の顔に、骸は見覚えがあった。
「…………」
誰かに似ている……
そう、誰かに…………
『おはよう、六道くん』
「……!」
そうだ、この女性は彼女に……に似ている。
自分の勘が正しければ、この女性はおそらく……
「失礼ですが……
あなたは、さんのご家族の方ですか?」
「をご存知なのね」
女性は、先ほどとは違って少し悲しそうに微笑んだ。
「私はの母です」
骸の勘は正しかった。
「……僕は六道骸と言います。
さん……いえ、さんのクラスメイトで」
彼女が大怪我をして、ここに運ばれたと聞きました。
「そう……駆けつけてくれたのね」
大怪我をした原因を、骸は聞かなかった。
彼はそれを、聞かずとも分かっていたからだ。
「お医者様の処置も、一通り終わったの」
まだ目を覚ましてはいないけれど、
よければ会ってあげてくれないかしら?
彼女の母の言葉に、骸はただうなずいた。
案内された部屋へ入ると、真っ白な空間が広がっていた。
とても清潔感のあるその部屋。
「…………」
いかにも病院だ。
このように綺麗すぎる場所は、あまり好きではない……。
骸はそんなことを考えながら、部屋の奥へと歩みを進める。
「…………」
そこにあるベッドにで眠っていたのは、
包帯を巻かれた痛々しい姿のだった。
「どうして……あなたは……」
なぜこんな無茶を……
僕なんかのために、こんな大怪我をしてまで。
の行動は、骸の理解できる範囲をとっくに超えていた。
「……なぜあのとき、僕の提案を断らなかったんだ」
なぜその花を目にし、危険と思ってやめなかった。
そして、なぜ……
僕はそんな彼女の行動を嬉しいと思っている……?
――という人間は、普通ではない。
次から次へと疑問が浮かんできて、尽きることが無い。
「どうしてあなたは……僕なんかのために……」
「だって、誰も信じないなんて悲しいし、
ずっと独りだなんて寂しいでしょ?」
「……!」
自分のつぶやきに対する答えが聞こえた。
この部屋にいるのは、自分と眠っている彼女のみ。
ならば、答えを返したのは彼女ということになる。
いつの間にか俯いていた骸は、
慌てて彼女のほうへと視線を戻した。
「おはよう、六道くん」
そう言って、彼女は微笑む。
――彼女が目を覚ました。
そのことにほっとしている自分がいることを、
骸は自覚していた。
「あなたは、なぜ……
僕のため、そこまでするのですか?」
「六道くんみたいな人、ほっとけないの……
私ってお節介なのかも」
「……『かも』ではなく、あなたは明らかにお節介です」
「ふふ」
骸の嫌味を聞いても、彼女は怒ったりしない。
怒らずに、嬉しそうに笑ったのだ。
「何がおかしいのです?」
「だって、六道くんがここにいるから」
「……?」
意味が分からない、という顔をした骸に、彼女は続ける。
「ここに居るってことは、私が怪我したって聞いて
駆けつけてくれたんだよね?」
「ええ、まあ……」
自分でも自分がよく分からなくなっている骸は、
はっきりと答えることが出来なかった。
その戸惑いを察しながらも、彼女は言葉を続ける。
「駆けつけてくれたということは、
私のこと少しでも心配してくれたってことだもの」
――だから、嬉しい。
「…………」
自分が彼女を心配?
本当にそうなのだろうか……
だが、千種から話を聞いたとたん、
居ても立っても居られなくなって……。
そうしてまた、骸は考え込んでしまった。
「六道くん、これ」
「……これは、」
彼女が差し出したもの、それは……
採ってきてほしいと自分が提案した、あの花だった。
「約束の時間に、あの場所に行けなかったけれど……
花はちゃんと採ってきたの」
どうぞ、彼女が差し出したその花を、
骸は無言で受け取る。
「…………」
渡されたその花をじっと見つめる骸は、
何も言うことができないでいたが……
「私のこと、信じてくれる?」
彼女のその言葉を聞き、やっとのことで口を開いた。
「…………あなたは、馬鹿でしょう」
だが、やっとのことで口にしたのが、それだった。
普通の人間ならば、怪我までしたのに
そんな悪態をつかれたら怒るだろう。
だが、生憎彼女は「普通の人間」ではないのだ。
骸はそれを、嫌というほど分かっている。
「うん、知ってるよ」
骸の悪態に対し、彼女は笑顔でそう言ってのけた。
――完敗だ。
もはや彼女には敵わないのだろう、と骸は思った。
「あなたを、信じましょう」
一呼吸置いて、骸が言う。
そんな彼の言葉に……今度は彼女が驚いた。
「今、なんて……」
「聞こえませんでしたか?
僕は、あなたを信じると言ったんですよ」
聞こえていないわけなどない。
聞こえていたからこそ、彼女は聞き返したのだ。
「あなたの本気、しかと見せてもらいました。
約束通り、僕はあなたのことを信じます」
「六道くん……」
骸の言葉を聞いて、彼女の目から涙がこぼれた。
「これくらいで泣くとは……案外あなたも弱いんですね」
「違うよ……嬉し泣きだもの」
彼女とのこんなやり取りでさえも、
今の骸にとっては心地よかった。
……いや、本当はもっと前からそうだったのだろう。
だけど、それに気づけたのが今日……
今、このときだったのだ。
「…………」
もっと早くに気づいていれば、
怪我をさせずに済んだかもしれない。
一瞬そんなことを考えた骸だが……
そんな謝罪など今は意味をなさないことを、
感覚的に理解していた。
「……いつ頃ここから出られるんですか?」
「退院までは、一ヶ月くらいかかるみたい」
「そうですか……」
ならば必然的に、学校も一ヶ月ほど休むことになる。
「…………また来ます。
ですが、なるべく早く退院してください」
「うん」
「待っていますよ……
『友達』がいなければ、学校もつまらないでしょうからね」
「……!」
骸のその言葉で、彼女はまた驚いてしまう。
そんな彼女の様子に気づきながらも、
骸はそのまま病室から出ていった。
「友達がいないとつまらない、か……」
骸が自分を信じてくれただけで、は嬉しかった。
それなのに、まさか『友達』だと思ってくれるなんて……。
約束の時間、あの場所に行けなかったことは
今でも少し心残りだが……
彼の言葉を聞いて、それでも良かったのだろうとは思った。
「……早く、退院しなくちゃね」
そうつぶやいたは、嬉しそうに微笑んだ。
十月五日の救い
(僕はただ あなたを信じたかったのだろう)