君と出逢ったことに
 
何か意味はあったのだろうか――……












九月六日の出逢い






















「ずいぶん涼しくなってきたなぁ……」


うんざりするような暑さも冷めやり、
夏も終わりを迎えようとしていた。

数日前には学校も始まり、
また変わらぬ日々をは過ごしていた。





「……ふふ」


――もう少ししたら、秋になるのね。

は思った。




春夏秋冬それぞれで良い所はあり、
それぞれの季節を楽しいと思っている

しかし、彼女は秋という季節を特に好んでいた。





「秋になれば、すぐ……10月になるもの」


10月には彼女の誕生日が控えている。

中学生にもなって、という思いもなくはないが……

一年にたった一度の、自分の誕生日。
何かと気分を浮上させるイベントではあった。










「それに、もうすぐコスモスも咲くものね」


彼女が秋を好んでいる理由がもう一つ、コスモスだ。

コスモスが咲くから秋が好きなのか、
秋に咲くからコスモスが好きなのか……

定かではないが、とにもかくにも
彼女は、秋とコスモスが好きで仕方がなかった。





「早く咲かないかな……」











「まだ少し早いと思いますよ」


――独り言だったはずなのに、答えが返ってきた。


学校から家へ帰る道の途中……
自分は一人で帰っていたはずなのに、誰が?

そう疑問に思いつつも、後ろを振り返ってみると。





「あ、骸くん」

「コスモスの話なのでしょう?
 まだ少し、早いと思いますよ」

「うん……そうだね」


彼女の独り言に答えを返したのは、
クラスメイトの六道骸だった。

道端で考え込んでいるを見つけ、
骸は歩み寄ってきたのである。





「千種くんや犬ちゃんと一緒じゃないの?」

「クフフ……
 いつも一緒にいる、というわけではないですから」

「そうなんだ」


千種、犬、というのは、
骸と共に生活している少年たちの名前だ。

やはり彼らも、彼女のクラスメイトであった。










「……でも、懐かしいね」

「懐かしい……?」

「うん」


――去年の今頃、私は骸くんと話したなぁ、って。


骸たちは、もっと前に転入していたのだが……

二人の出逢いは、初めて会話をした日だったのだ。





「ああ、その事でしたか……。
 そうですね、確かに一年前の今頃でした」

「ふふ、間違いないよ。
 だって私、日にちまで覚えてるんだから」

「日にちまで……ですか?」


骸は少し驚いた。


このという少女との出逢いは、
自分にとっても特別なものであったと自覚している。

しかし、まさか……
この少女は、出逢った日まで覚えていたとは。





「絶対に忘れないよ」


他でもない、骸くんと出逢った日だから――……



















「ずいぶん涼しくなってきたなぁ……」


それは、九月六日のことだった。


うんざりするような暑さも冷めやり、
夏も終わりを迎えようとしていた。

数日前には学校も始まり、
また変わらぬ日々をは過ごしていた。





「わあ……気持ちいい風……」


学校から家へ帰る道の途中。

彼女が河川敷を歩いていると、
ふいに一筋の風が駆け抜けた。










「クフフ……本当に、良い風ですね」


――独り言だったはずなのに、答えが返ってきた。


自分は一人で帰っていたはずなのに、誰が?
そう疑問に思いつつも、後ろを振り返ってみると。




「あなたは……」


六道くん、とは続けた。





「こんにちは。確か、あなたは……」


同じクラスのさん、でしたね。





「う、うん……そうだよ」


現れた少年は、先日転入してきた六道骸だった。

彼はと同じクラスに転入し、さらには隣の席になった。










『転校生を紹介します。
 六道骸くんに柿本千種くん、城島犬くんです』



一度に三人の転入生が……
しかも、同じクラスに。

それだけでもインパクトはあったのに。





『クフフ……』


三人の中でも、ひと際オーラがあった六道骸……

彼は、その容姿からすぐに女子の人気を集めたが、
その一方で黒曜の不良を全て制圧したという噂が立った。










『転入してきた六道くん、
 不良の頂点に立ったとか言われてるけど……』

『本当かなぁ? 信じられないよね』

『ねー』



だからといって、骸たちが悪い意味で孤立することはなく
相変わらず女子からの人気も高いまま。

彼が暴力をふるうところを見た者が居なかったから、
ただの噂だと誰も信じていなかったのだろう。





『……やべっ、六道が来た!』

『チッ……行くぞ!』



だが、辺りで威張り散らしていた不良たちは、
彼をとても恐れているようだった。

やはり不良を全て制圧したというのは、本当なのかもしれない。
そんな話も、何度か耳にしたことはある。










『とりあえず、関わらないほうがいいな……』

『ああ……』





『六道くん、今日もかっこいいね!』

『ほんと!』



そんな骸に恐怖を抱いている男子も、見とれている女子も。
必要以上に、彼に近づくことはなかった。


骸自身に、他人を寄せ付けないオーラがある。

周りが彼に距離を取る一番の理由は、
おそらくそこにあったのだろう。










『六道骸くん、か……』


は、転入初日から骸のことが気になっていた。

その理由は、他の女子たちとは全く別で、
ただ、なんとなく……

進んで周りと関わろうとしない骸を、
不思議に思っていたのだった。















は、本人を目の前に、
彼が転入してきた日から見聞きしたこと、
自分が感じたことなどをふいに思い出していた。


――とにかく、今が六道くんと仲良くなれるチャンスだ。


せっかく同じクラスの、隣の席になったんだから。
もっと仲良くなれないかなって思ってたんだよね……。

色々と考えていたはずだったが、
最終的には、そんな考えが彼女の頭に浮かんでいた。





「あ、あの、六道くん」

「何ですか?」


の問いかけに対し、骸は笑みを浮かべたまま答える。
しかし、彼女は気づいた。

――その笑みが、本物ではないことに。










「六道くんは……」

「はい」

「どうして周りと関わろうとしないの?」

「……」

「その笑顔も、なんだか作り物みたい」


骸の顔から笑みが消えた。
彼女の言葉が、予想外に的を射たものだったのだろう。





「……クフフ。
 あなたには、そんな風に見えますか?」

「見えるよ」


骸の笑みが、次第に冷たいものへと変わる。
だが、はそれに臆することなく答えた。


――今の僕に対して、恐怖を感じないのか。

変わった少女だ……
骸は思った。










「人と距離を置くって、なんだか悲しいと思うの」


まだ少し、みんなの中に入りづらいのかもしれないけれど……





「もっとみんなと話してみたら、きっと楽しいよ」


は、彼女なりに「人と関わる」ことについて述べていく。





「それに、心から笑うことって、時には必要だよ。
 そんな作り物のような笑顔じゃなくて……」


彼女には、どうしても……
骸の笑みが本物だとは思えない。










「僕には、そのような馴れ合いは不要です」


それに、あなたには作り物のように見えるかもしれませんが、
僕は今も、心から笑っていますよ。


――嘘だ。

は思った。



何かそこまで、彼を孤独にするのだろうか?


気になったは、一つの疑問を彼にぶつける。





「あなたは……人が嫌いなの……?」


誰かがその場に居合わせていたら……
きっと彼女のことを、変に思っただろう。





「…………」


なぜならば、骸自身も人間だからだ。
彼女は何を言い出すのだと、思うことだろう。





「ええ、その通りです」


しかし骸は、何でもないふうに答えた。





「…………そっか」


彼は、自分が転校生だからとか、
そんな理由で周りと距離を取っていたのではない。

元々関わるつもりなど無かったのだと、は理解した。










「僕は、人間が憎いんですよ」


――慣れ合う必要など一切ない。とても醜い存在なのです。
信じられる要素も、一つもありませんからね。

全てを拒絶するような物言いだった。


だが、も簡単に引き下がるつもりはない。





「じゃあ……柿本くんと、城島くんは?
 あの二人のことも、信じられない?」


あの二人は、たいてい骸と一緒にいる。
だから、きっと、あの二人だけでも信じているのだろうと……





「そうですよ。
 僕が信じるものは……僕自身だけ」


信じているのだろうという、彼女の期待は裏切られた。


目の前にいる少年は心の底から人を嫌い、憎み、
本当に誰も信じてはいない。

信じているのは、己だけ……










「そんな……
 そんなの悲しすぎるよ……」


苦しそうにそう言った彼女の瞳には、涙が溜まっていた。





「……!」


普段は、涙など見ても何も感じなかった。

この世界には、泣けば許されると思っている者がたくさんいる。
そんな人間を、骸は嫌というほど見てきた。


――だけど、どうしてだろう。

この少女の涙には、なぜか惹きつけられる。
どうして、と聞かれても、答えることは出来ないが……





「…………」


だが、間違いなく彼に何らかの影響を与えた。










「なぜ……」


この少女はどうして……





「なぜ……あなたは泣くのです……?」


彼にとっての最大の疑問だ。






「だって……
 誰も信じないなんて、……悲しい、じゃない……」

「…………」

「そ、れに……
 ずっと独りでいるなんて、寂しい、よ…………」


骸の様子に先ほどまでと違う何かを感じ取ったは、
その疑問に素直に答えた。





「…………」


――そうだ。

今まで会った者たちは、自分が助かるため、
命乞いをして涙を流していた。


しかしこの少女は違う。
何かの間違いかと思った。だが、この少女は……

僕のために……
泣いているというのか……?










「……まさか、」


の行動は、骸の理解の範囲を超えていた。
一見冷静に見えるが、心中は穏やかではない。

骸自身も戸惑うほどに、心が波立っている。










「……さん」

「……?」

「これを」

「えっ……」


彼が差し出したのは、一枚のハンカチだった。





「僕は用事を思い出したので、これで失礼します」

「あ、あの、」

「……そのハンカチは差し上げますよ。
 涙を拭いて、さっさと帰ることですね」


彼女が答える暇も与えずに、骸はその場を後にした。










「六道くん……」


人が嫌いで、憎んでいて……
そして、信じられる要素もないと言い放った彼。

だけど……





「本当、なのかな……」


の頭には、一つの考えが浮かんでいた。





「もしかすると……」


彼は人間を信じられないのではなく、

どうやって信じればいいのか、解らないのかもしれない――……























「クフフ……今日の僕は、どうかしていますね」


先ほどまで話していた、という少女。

転入先で偶然にもクラスメイト、さらに隣の席になった。
ただ、それだけだった、


……はずなのに。





『あなたは……人が嫌いなの……?』


彼女は、骸を怖れることなく話しかけてきた。




『そんな……
 そんなの悲しすぎるよ……』



そして、命乞いのためではなく、他人の……
骸のために涙を流したのだ。





『……!』


その涙を見たとき、何か強い衝撃を受けた気がした。

今思うと、自分はあの涙を止めたいと思ったのだろうか。
だから最後に、ハンカチなど渡したのだろうか……。





「なぜ……」


いつもなら、あんな少女など放っておくというのに。

どうして、彼女は……
のことは、放っておけなかったのだ。

そんな疑問が、骸を支配した。










「……彼女は、変わっていますね」


人と慣れ合うことを避ける僕に、関わろうとする。





「そう、例えるならば……」


鍵を掛けたはずの扉を、外からこじ開けられる心地。

開けてくれなんて頼んでいないのに、
それでも開けようとする人。


それが、――……





















九月六日の出逢い


(その出逢いがもたらす変化を そのときの僕はまだ知らない)