「おーい、ちゃーん!」

          「高尾くん!」


          メールにあった集合場所に着くと、既に高尾くんの姿があった。
          こないだと同じように、あたしを呼んで手招きしてくれる。







          「高尾くんって、いつも早いね」


          遅れてしまったのかと少し焦ったけれど、
          手にしていたケータイの時計を見るとまだ時間前だった。







          「だって、女の子待たせるわけにいかないっしょ?」


          たぶん、あたしが申し訳なく思わないように、わざとおどけて言ってくれたんだと思う。
          それが解ったから、あたしも素直に笑えた。















          「それで、行きたいところってどこ?」


          確か高尾くんは、電話でそう言っていたはずだ。







          「あーうん……
           ちょっと買い物したくってさ」


          なるほど、だからここだったんだ。

          集合場所にと指定されたのは、割と近場にあるショッピングモール。

          服飾関係はもちろん、雑貨屋とか本屋とかスーパーも隣接していて、
          「一気に買い物できて便利」という言葉が合っている場所だ。













          「じゃ、行きますかー」

          「うん!」


          高尾くんの声にならい、あたしも歩き出した。































         ――あれから一緒に服を見たり雑貨を見たり、本屋に寄って物色したり。
         高尾くんの買い物に付き合うはずだったのに、何故かあたしの服を見たりとか……
         まあ、いろんなお店を回っていった。







         「ちゃん、そろそろ腹減ってこねー?」

         「うん、まあ……お腹すいてきたかな」


         じゃあなんか食うかーと言いながら、お店を出ようとする高尾くん。







         「え、あの……結局何も買ってないけど、いいの?」


         買い物したいって言ってたはずなのに、このまま帰ってしまっていいのだろうか。













         「あー……うん、いーのいーの。
         『これだ!』ってのが無かったしさ」

         「そっか……」


         それならいいのかな。
         気に入らないものを無理に買ってもアレだし……。







         「ちゃん、何が食いたい?」

         「え、あたし?」


         今日の主役はあたしじゃないんだから、さすがに選べないよ。
         あたしがそう言うと、高尾くんは少し考えてから言う。













          「じゃあ、オレんち来ねー?」

          「えっ?」


          高尾くんの家?
          なんで突然……







          「今日オレんち、誰もいねーんだわ」


          どういうことかと聞いてみたところ、
          なんでも、ご両親が泊りがけの旅行に出かけているのだという。







          「息子の誕生日に旅行とか、マジねーけどな」


          そんなことを言っているが、さほど気にしてはいないようだ。









          「キョーダイたちも鬼の……いや、親の居ぬ間にとかなんとかって、
           友達んとこ泊まりに行くって言ってさ」


          結局明日の夜までは、家には高尾くんひとりだということらしい。















          「だから、オレんちでなんか食おーぜ」

          「う、うん……ご迷惑でなければ、あたしはそれでいいけど」

          「迷惑なわけねーって!」


          誰も居ないから心配ないと、高尾くんは笑った。







          「けど、ウチで食うっつっても何にするか……
           なんか買ってく?それとも出前みたいなやつ?」

          「うーん……」


          せっかくの誕生日に出来合いのものってのも、ちょっと気が引ける。
          だからと言って、あたしはそんな料理の腕もよくないし……














          「……あ、そうだ。
           家でお鍋するってのは、どうかな」


          それならばあたしでも出来るはず。
          ここのところ夜の冷え込みもひどいし、あったまれるからいいと思うんだけど……。







          「それいーじゃん!」


          実は夕飯代もらってあるからさっそく材料買ってこーぜ、と言いながら、
          高尾くんは隣接しているスーパーに向かう。







          「あ、ちょっと待って!」


          どんどん歩いていく高尾くんを、慌てて追いかけた。
































          「はー、おいしかったね!」


          あれからスーパーで買い物をし、高尾くんの家にやって来て。
          そしてお鍋を開始し、最後にケーキも食べて一息つこうというところだった。







          「やっぱキムチ鍋は最高だったね」

          「だよなー!
           オレもそー思う」


          いろんな鍋の素があったにも関わらず、高尾くんは迷わずキムチ鍋に手を伸ばした。
          後で聞いたら、好きな食べ物がキムチだということだ。
          (なるほどと納得してしまった)







          「緑間くんも来れればよかったのに」

          「真ちゃん?」


          あたしは、当初緑間くんとふたりでサプライズしようとしたこと、
          でも緑間くんは用があって参加できなかったことなどを一通り説明する。







          「ふーん……
           真ちゃん、用があったんだ」

          「うん、そう言ってたけれど」


          高尾くんは何か思うことがあったのか、
          それ以上その話題については何も言わなかった。




















          「いや、でも……今日は楽しかったなー」

          「ほんと?」

          「マジで楽しかったよ。
           ちゃんとデートも出来たし?」

          「……え!?」


          で、でーと!?







          「あれ、何?
           もしかしてそんなんじゃないと思ってた?」


          にやにやしながら、高尾くんが言う。

          ……基本的には優しい人だが、やっぱりどこか意地悪だ。
          出会ったときのことを思い出しながら、あたしはそう思った。














          「あ、あたし、片付けしてくる!」


          食器とか、洗ってくるから!

          恥ずかしくてこの場に居られないと思い、半ば叫びながら高尾くんに背を向ける。







          「あ、待って、ちゃん!」


          そんなあたしのもとに、慌てて高尾くんが駆け寄ってきた。







          「あのさ……冗談抜きで、今日はすげー楽しかったよ。
           ちゃんに祝ってもらえて嬉しかった」


          ありがとう、と、真剣な声音で言われた。













          『少し肩の力を抜く必要があるだろう。
           お前が、それをしてやってくれ』




          ――電話で緑間くんに言われた言葉が、思い出される。














          「……高尾くん」

          「ん?」

 
          ゆっくり振り返って名前を呼ぶと、あたしが話しやすいように、と思ったのか、
          少し屈んで目線を合わせてくれた。
          そんな彼の瞳をしっかり見て、あたしは言う。







          「肩の力は……抜けた?」

          「……!」


          あたしの言葉に一瞬目を見開いた高尾くんは、珍しく苦笑いして「ああ」と答えてくれた。


































          『とにかく片付けしてくるけど、高尾くんはゆっくりしててね』


          そう言われたオレは、現在リビングのソファに寝転がっている。
          彼女はというと、自身の言葉通りキッチンで後片付けをしていた。










          「なんかいーよな、こーゆーの」


          新婚さんみたいじゃね?
          後で真ちゃんに自慢するか。







          「そーいや、真ちゃんって言やあ……」


          ちゃんによると、真ちゃんは「用があるから一緒に出掛けられない」と言ったそうだ。















          『別に用などない。
           ただ自主練をするだけだ』















          「オレにはそう言ってたくせにな」


          たぶん、真ちゃんのことだから……
          ちゃんに言ったほうが、嘘だろう。

          マイペースなエース様だな、と言ったりはしているが、基本的にはいい奴だと思う。
          なんだかんだで思いやりもあるし。







          「今回ばかりは、素直に真ちゃんに感謝だわー」


          ありがとな。

          そして、彼女にも。
          オレの誕生日を一生懸命祝ってくれて、










          「ありがとな…………」


          今この時間を幸せだと感じながら、オレは目を閉じた。
































          「そういえば、高尾くん……
           ……あれ?」


          後片付けを終えたあたしは、そういえばプレゼントを渡していなかったことに気づいた。
          さっそくその話を、リビングでくつろいでいるであろう高尾くんにしようとしたんだけれど。










          「……寝ちゃってる」


          ソファに体を預けたまま、ぐっすり眠っていたのだ。










          
『肩の力は……抜けた?』


          あたしのその問いに、高尾くんは一瞬目を見開きすごく驚いていた。
          問われたことが、予想外だったんだと思う。

          でも、その後に頷いてくれた顔は、どこかほっとしたようなもので。
          もう大丈夫かな、と、感じたのだ。















          「大丈夫、高尾くんはいつもがんばってるよ」


          でも、いつもがんばってばかりじゃ疲れちゃうから、
          たまには肩の力を抜かないとね。







          「おやすみなさい……和成くん…………」


          今は、ゆっくり休んでね――……







































優しく名前を呼ぶ声が聞こえた気がした



(とても優しく、とても温かい彼女の呼ぶ声が。)






















































          +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

            というわけで(?)和成くんの バースディ夢でした!いかがでしたか?
            個人的には、自信作です。(何
            いや、あたしはもともと文才ないんですが、(ゼロとゆーか、むしろマイナスなんですが)
            今回のはけっこう自信作ですね。
            あたしにしては、構成とか割と良かったのではないかと思います。(自画自賛

            前回よりかは頻繁に視点を変えましたので、忙しかったかもですが、
            どうしてもやりたかったことなので満足。
            あと、和成くんとやりたかったこと(一緒にお買いものと、家にお邪魔すること)が出来たので
            もうそれで幸せでございます。(自己満足

            とにかく、最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
            蛇足でしかないおまけがありますので、お時間あればどうぞ!
             ↓





















































          すっかり眠りこけてしまったオレは、翌朝自身のケータイの音で起こされた。
          誰かから電話が掛かってきているらしく、それを取ろうと手を伸ばすと……

          テーブルを挟んだ反対側のソファに、すやすやと眠るちゃんの姿があった。






         「え、ちょっ……マジで?」


         
          どうやら、オレが眠りこけたあとに彼女もつられて眠ってしまったらしい。
          初めは寝ぼけていた彼女だったが、状況を理解するとオレと同じように慌て始めた。

          そんな中、彼女を宥めながらとりあえずケータイに出ると、相手は真ちゃんで。
          「このままでは朝練に遅れるから、さっさとリアカーを用意しろ」とのことだった。







          「どうしよう……!
           朝練、間に合う……!?」

          「ギリギリ危ねーけど、行くしかないっしょ」


          とりあえず制服に着替えてくるからと伝え、オレはいったん自分の部屋に戻る。

          超高速で着替えを済ませリビングに戻ると、気を利かせてくれたちゃんが
          オレの鞄とか諸々を用意しておいてくれた。







          「適当に準備しちゃったんだけど、これで大丈夫かな……」

          「おー、バッチリだって。
           ありがとな、ちゃん」


          そう言いながら、ちゃんから鞄を受け取る。
          ……あ、なんかこれ、マジで新婚さんみたいじゃね?

          そんなことを考えてると、ちゃんが「玄関に出てて」と言い残し
          キッチンの奥に消えていった。


          ちょっと気にはなったが、とりあえず言われた通り玄関に向かう。













          「おー、真ちゃん。マジ悪りぃ、寝坊したわ」

          「全く……腑抜けるにもほどがあるのだよ」


          とりあえずちゃんが来るまでリアカーの準備でもしてるか……













          「高尾くん、お待たせ!
           やっぱり何も食べないんじゃもたないから、食パン1枚だけでも……」


          そう言いながらウチんちから出てきたちゃんを見て、真ちゃんが固まった。
          でも、直後には怒りの形相を浮かべ鋭い視線をオレに向けてくる。







          「確かに楽しんでこいとは言ったが……
           一夜共にするなんてことは許してないのだよ!!」

          「ちょ、真ちゃん、違う!これには事情があって……!!」

          「言い訳など聞きたくないのだよ!!」

          「ぎゃああああ……!!!!!」


          結局朝練は、真ちゃんと二人して遅刻しました。


          ……終わり。