「むにゃ……」 夜遅くまで見回りをしていた体は、まだまだ休息が必要だと訴える。 「うー…」 やたらとオレを呼ぶ声が聞こえて、その音量が段々と大きくなるにつれて、オレの眠りも浅くなっていく。 ああ、もう、もう少し寝かせてくれよ…。 まだ眠いんだよ。 さっきから開けようとはしてみるけれど瞼は頑なに開こうとしないし、体は重くて寝返りも打つ気になれないくらいだし。 っていうか、あー…?何か頭が痛え… …あれ?枕外れてねえ? 「ねえ、起きてったら。みんな広間で待ってるよ?」 「あー、うっせえな……!眠いんだから放っとけって!」 しつこいくらいの声にようやく開こうとしなかった目が片方開く。 それでもまだいつもより狭い視界に映るのは、何だか見覚えのあるぼんやりとした薄紅色。 …あれ…こんな色、誰か身に着けてたっけ…? ああ、総司…か?あれ、でも何かその割りには小さいような… 「そ、そんなわけにもいかないってば……!」 「オレは夜の巡業で疲れてんの。今日くらい寝かせてくれって」 まだ覚めない頭と、眠気で霞がかったような視界の中。 困ったように声を上げる相手に文句を言う。 眠い割に文句を告げる口だけが滑らかなのは、それだけオレが寝たいからだ。 それはもう切実に、なんでもいいから寝ていたい。 「ね、眠いのはわかるけど、もう朝なんだし……」 「…………」 そんな気持ちを必死に伝えてるってのに、困り果てながらも起きろと繰り返す相手をじっと見る。 相当恨みがましい目でもしてたんだろうか、相手が少し身を竦ませて引いた。 それにしても……ん…?なんか、どっかで見たような…。 っていうか…声も男にしては高い…女の子、…みたいな… え…、女の子…? 恐る恐る問いかけた名前への返事は、戸惑ったような頷きだった。 「ここ、オレの部屋だよな。なんでおまえがここにいるんだ?」 驚きに目が丸くなるのが分かる。 え、え?何でお前がここに居んの? ていうかオレ、もしかして部屋間違えた? まさか、そんな、オレもしかして無意識に夜這いじみたこと――!? 「井上さんに頼まれたから、平助君の様子を見に来たの。早く広間に行かないと、永倉さんたちが先に朝ごはん食べ始めちゃうかもよ」 「ふ、ふーん……」 完全に、起きぬけの脳が一瞬動きを止めた。 いや、だって…夜這いじゃなくて安心すればいいのか悔しがればいいのか分からな…じゃなくて!! そ、そうか。 そうだよな。オレがそんな、まさか夜這いなんて、左之さんじゃあるまいし!!! ようやく正常な動きを取り戻した頭に少し安堵しながら体を起こして、辺りを見回す。 床はぐちゃぐちゃで、枕も案の定外れてた。 自分で思っていた以上に疲れていたらしくて、こんな酷い寝方にも関わらず途中で目を覚ました覚えが無い。 「もう朝飯の時間かあ……。さっき寝たばっかって気がする」 「うん。夜の巡察お疲れ様。本当はもう少し寝てた方が身体にいいんだろうけど……」 労わるような声に擽ったい気分になって、さっき相手が誰だか分からないまま口にした文句が何だか申し訳なくなった。 オレを心配そうに見る目に、確か今日の食事当番に入ってたはずだ…と思い当たる。 だとしたら、オレが夜遅くまでの仕事で疲れてるのとは逆に、こいつは朝早くから起きて朝食を作ってくれていたんだろう。 だったらやっぱり食事はしないと。 朝早くから頑張ってくれた、こいつのためにも―― 何より… 「ああ。土方さんたちがうるさく言ってくる前に起きないとな」 「ふふ、平助君ったら」 オレたちを思うが故だとは分かっていても、小うるさくて怖い鬼の副長の顔を思い出せば寝ぼけてなんて居られない。 冗談めかして言ってみると、目の前の心配そうに曇った表情が花が綻んだような笑顔に変わった。 その瞬間、ドクンと鼓動が跳ねて、直接その顔を見ていられなくなった。 「んじゃ、おまえは戻ってろよ。俺も支度終わったらすぐ行くから」 「うんっ!」 明るいその声に、自分で逸らしたくせに、きっとにっこり笑ってるんだろう顔が見たくて堪らなくて 出て行こうとする小さな背中を引き止めて礼を言った。 起こしてくれてありがとう。 その一言を言うのに、何故か柄にもなく緊張してしまって、やっぱりまともに顔が見れなくて 「うん、おはよう平助君。朝食が冷める前に来てね?」 それでも、振り向いてくれたのか、立ち止まった気配と優しい声がオレに向けられたのに反射的に顔を上げる。 少し開かれた障子戸からは確かに朝日が差していて。 もう朝なんだとオレに実感させるよりもまず、その戸の前に立つ姿をくっきりと浮かび上がらせていた。 「ああ、大急ぎで行くって。目が覚めたら腹減ってきたし――新八っつぁんに飯盗られたら生きる気力なくなっちまうしな!」 与えられた部屋以外では殆ど見たことがない姿。 それが光に照らされて、オレの前に立ってる。 そう考えるだけで、さっき一度だけ大きく跳ねた鼓動が段々と早さを増していくのが分かる。 誤魔化すように上げたやけに明るい声が部屋に響いて、オレ何言ってんだろとか頭の隅の冷静な部分でぼんやりと思った。 「ふふっ、そうだね」 オレの言葉に何かを思い出したのか、一層深くなった笑顔を直視してしまって、顔が熱くなる。 そんなオレに気付かずに、今度こそ出て行った小さな後ろ姿を見送って、オレはまた布団に倒れこんだ。 今度は眠るためじゃない。 ってか、眠れるわけない。 こんな…こんな状態で、二度寝なんか出来っこない。 「なん、だ…これ…」 出て行った時の笑顔を、労わるような柔らかな声を、オレだけ見る大きな目を思い出すと顔が沸騰しそうに熱くなる。 身体をきゅうっと丸めてみても、顔の熱は引かなくて。 早くなった鼓動が治まることもない。 そもそも屯所という多くの人が寝食を共にする場所柄といい、大体一緒に行動してる左之さんと新八っつぁんの存在といい、あいつと二人きりで話す機会なんて今まで殆ど無かった。 なのに、こんな不意打ちで 起き抜けに見た笑顔が、上がったばかりの太陽を見た時みたいに目眩がするほど綺麗だったなんて恥ずかしくて言えやしない。 思い出すたび鼓動が跳ねる。 落ち着かなくてそわそわして呼吸も覚束ない。 何だか目眩もぶり返す。 ああ、オレ低血圧でも高血圧でもなかったはずなんだけど 動悸、息切れ、 目眩とくれば オレ、どっか患ったのか!? (いやいや、恋だろ!) (なんて。耐え切れなくなった心臓が悲鳴を上げるのは、もう少し先の話で) |
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友人の伊織から、相互記念として頂いた小説です。
平助が可愛くて悶えました(*´∀`)v
名前だけでも左之が出てきて幸せです(笑)
ほんとに素敵な小説をありがとう!
お返しの方は意味わかんないけど、まぁ、あくまでギャグってことで^^
秋月千夜