「じゃあ、行ってきまーす!」
「おー、気をつけて行ってきなさいよォ〜〜」
「知らないオッさんについていくんじゃないヨ、!!」
神楽ちゃん…さすがにそれはないよ……。
そう思ったんだけれど、純粋に心配してくれているのが解ったので
「うん、気を付けるね」と二人に返してあたしは万事屋を出た。
「……よし!」
今日の依頼もがんばろう!!
僕らが過ごす日々――第九話 神速の剣の使い手
「えーと、確かこの辺のはず……」
今日の依頼は、依頼主の部屋の掃除を一緒にやってほしい……
とのことだった。
なんでも、一人暮らしを終えて実家に帰るために
引っ越し作業をするからなんだって。
『あの……万事屋銀ちゃん、ってこちらで合ってますか?』
で、その人は最初、銀さんのところに依頼に来てたんだけど……
その依頼主が若い女の子だったので、
銀さんがあたしをすすめてくれたのだ。
そういうわけで今、あたしが代わりに依頼を受けて
彼女の部屋に向かっているところだったりする。
「メモしてもらった地図によると、
確かに近くまで来てるはずなんだけどなぁ……」
万事屋からすごく離れているわけではないので、
今回あたしはひとりで行ってみることにした。
地理を覚えるためにも、少し歩き回ってみたかったから……
というのもあるし。
「この十字路を右……だよね」
正直なところ「この道で合ってる!」とは言い切れないんだけど、
たぶん、こっちだと思う……。
……だけど、右に曲がってその道を進むこと数分。
あたしは、道を間違ってしまったことに気づいた。
「……これは、おかしいよね。さすがに」
なんて言うか……
ものすごく治安の悪いところに来てしまった気がする。
廃れた建物がたくさんあるし、
ガラの悪そうな人がちらほら見えるし……。
「……彼女が、こんなところに住んでるわけないよね」
――道を引き返そう。
そう思って振り返った先に、妙な集団が立ちはだかった。
「……何ですか?」
関わらないほうがいいと思い、
そのまま横を通り過ぎようとしたけれど。
集団の中の何人かが、
あたしの行く先を阻むように身を乗り出してきた。
「よォ、姉ちゃん。聞こえたぜ?
『こんなところ』とは、ずいぶんご挨拶じゃねェか」
身を乗り出してきた数人の後ろから、派手な格好の男が現れた。
……どうやら、この人がこの集団のリーダーらしい。
「……あたしの言葉が気に障ったのなら、謝ります。
だから、道を開けてもらえないでしょうか」
依頼主が待っているんだから、
こんなところでもたもたしてられない。
そう思って努めて冷静に、
そして穏便に言ったつもりだったんだけど……
「フッ…オレたちに目ェ付けられて、謝っただけで帰れると思うなよ」
「…………」
後ろに居る子分みたいな人たちが、
「お頭、この女ァどーしやしょう!?」
なんて問いかけている声が耳に入ってくる。
けどあたしは、そのリーダーらしき人から目をそらさなかった。
「その目……
オレたちの言うことは、どうやったって聞かねェって目だな」
「解っているのなら、そこを通してください」
もう一度どいてもらうように言ったけれど、
誰ひとりとして動こうとしない。
つまり……あたしと一緒で、
どうやったって通すつもりはないのだろう。
「お頭、こんなナマイキな女、やっちゃいましょうぜェ!?」
「そーだそーだ、やっちまえェェ!!」
周りの子分たちは、完全にやる気になっている。
けど、リーダーらしき人も止めようとする素振りを見せない。
ってことは……
「…………」
あたしは、隠し持っていたフォークに手を掛けようとした……
「ぐはっ!!」
……手を掛けようとした直後、
立ちはだかっていた集団が一斉に宙を舞った。
偉そうにしていたリーダーも、それに漏れず……
その場で苦しそうに横たわっている。
「どうして……」
今の一瞬で、いったい何が……?
そう思って目線を少し横にずらしてみると、
今しがた剣を振るったらしき人がただひとり、そこに立っていた。
「…………」
けど、本当に……
この人がこの集団を全員、倒してしまったのだろうか。
ぶしつけかとも思ったけれど、あたしはその人をじっと見てしまう。
――髪をひとつにまとめ、左目に眼帯をしている。
状況からしてかなりの腕の持ち主だろうことは解るけれど、
でもとても小柄な人だ……。
「ここは、おなごが一人で歩くような場所ではないぞ」
「えっ、あっ……」
それは、あたしもさっきから感じてましたけど……。
「あの、その……道に迷ってしまって。
引き返そうとしていたところを、
この人たちにつかまってしまったんです」
助けて頂いて、ありがとうございます。
そう言うと、その人はくるっと背中を向ける。
「あなたが行くはずだったのは、この道の先ではないだろうか」
「え……」
その人が示した先は、紛れもなくあたしが歩いてきた方向だった。
――やっぱり、さっき曲がる方向を間違ったんだ。
そんなことを考えながら、その人の後ろ姿を見つめる。
「早くここから離れたほうがいい。
また似たようなゴロツキに絡まれる可能性があるからな」
「あ、はい……」
ありがとうございました、と、あたしはもう一度お礼を言った。
「……行くぞ、東城」
「はい、若」
どこから現れたのか、
従者らしき人に声を掛けその人は立ち去っていった。
「…………」
今の人……なんてゆうか、綺麗な声だったなぁ。
身なりや剣の腕前からすると男の人、なんだろうけれど……
「何か、おかしい……」
風の流れが、空気が、……ちょっと違う気がした。
「…………そうだ、早く依頼主の家に行かないと!」
あの、神速の剣の使い手……
少し気になったけれど、
あたしは頭を切り替えて先ほど示してもらった道――
自分がもと歩いてきた道を、引き返した。
「ただいま〜」
色々あったけれど、なんとか無事に依頼を終えたあたしは
日が沈んだ後に万事屋に戻ってきていた。
「おー、おかえりィ〜。
なんだ、すいぶん遅かったじゃねーか」
依頼主との打ち合わせでは、
お昼過ぎにはだいたいの作業を終えよう…ということになっていて。
そこから細かい作業を少しやったとしても、夕方には帰ってこれる予定だった。
だから銀さんは、そんなことを言ったんだと思う。
「うん、ちょっと……途中で道に迷っちゃって」
「え、マジで?
やっぱ一緒に行けば良かったかオイ」
いつものように「送っていく」と、銀さんは言ってくれてたんだけど……
「地理を覚えたいからひとりで行かせてほしい」という申し出を、
少し迷いながらも承諾してくれていたのだった。
「ううん……大丈夫。
道を間違えたことには、すぐ気づけたから」
――遅くなった直接の原因は、それじゃなくて。
そう言うと、銀さんは不思議そうな顔をしてあたしの言葉を待つ。
「道を引き返そうとしたら、変なゴロツキに絡まれちゃって」
「え!?
ちょっ……オイちゃん、何お前大丈夫だったワケ!?」
「うん、大丈夫だよ。怪我もしてないし…
通りすがりの剣豪みたいな人が、助けてくれたから」
「(通りすがりの剣豪ってなんなの!?)」
銀さんがおもしろい顔をしているのも気になったけれど……
あたしはやっぱりあの人――
神速の剣の使い手のことが、気になっていた。
――風の流れが、周りの空気が、少し変だった。
あの人には、何か…何かある……。
「……あっ、! 帰ってきてたアルか!!」
未だ玄関先に居たあたしを見つけ、神楽ちゃんが駆け寄ってきた。
「ただいま、神楽ちゃん」
「お帰りヨ!」
声を掛けると、嬉しそうに返してくれる。
なんだかそれで、だいぶ癒された気がした。
「ちょうど新八が夕飯を作り終わったところアル。
向こうで一緒に食べるヨロシ!」
「うん!」
先に行ってるアル! と言った神楽ちゃんが、
来たときと同じように駆けていった。
――そうだよね、よく解らないことをずっと考えてても仕方がないし。
そう思いつつあたしも神楽ちゃんの後を追おうとすると。
「…………銀さん?」
そばに居た銀さんに、無言で腕をつかまれた。
「あー……その、なんだ、」
「うん?」
銀さんの言葉は、どこか煮え切らない。
でも何か言いたいみたいなので、あたしは黙ってその続きを待った。
「お前が無事で、……良かったよ」
「……!」
――本当に、心の底からほっとした。
そうして珍しく苦笑した銀さんが、頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「銀さん……ありがとう」
あたしをこんなに心配してくれる人が、今ここに居る。
それが、こんなにも嬉しいことだなんて……。
そんなことを実感しつつ、
あたしは銀さんと一緒に神楽ちゃんの後を追いかけた。
To Be Continued...「第拾話 君の笑顔は僕が守るから」