綺麗な音色のオルゴール付の懐中時計。
それは、大好きな人からもらった、大切なもの―――――
『『将臣くん、譲くん!!』』
『おー、来たか!』
『望美ちゃん、ちゃん!』
あたしたちは、いつも四人で一緒だった。
幼馴染というその肩書きは、気持ちいいもので。
このまま、ずっと四人で一緒にいられると思ってたんだ……
……あの人の気持ちに気付いてしまう、その時までは。
「せんぱーい! ー!
そろそろ学校に行かないと遅刻しますよー!」
「わかってるよー!」
「ごめん譲くん、今、行くから〜!」
バタバタバタ……
「アイツら、今日も慌しいな」
「何言ってるんだよ、兄さん。
兄さんだって、俺が起こさなきゃ寝坊してただろ?」
「ばーか、俺はあれでも起きてるんだよ」
「嘘ばっかり言って…」
あたし、春日と幼馴染の有川譲は、
望美お姉ちゃんと譲の兄・将臣くんと一緒の高校に上がった。
だから今日も、こうして四人で一緒に登校している。
「いつもありがとね、将臣くん、譲くん」
「いえ、そんな」
「こんなのはガキんときからだったからな…
もう慣れっこっスよ」
「お待たせー!」
「ごめんね、二人とも」
「いってらっしゃい、望美、」
「行ってきまーす!」
「行ってくるね、お母さん」
朝が苦手なあたしたち、さらに準備にももたつくため、
遅刻しないように迎えにくるのが有川兄弟の日課となっていた。
そして、あたしたち春日姉妹は、それを合図に家を出る…って感じ。
「お前ら、いい加減、自分で起きろよ」
「将臣くんに言われたくないよー!」
「譲に起こしてもらってるんでしょ? 知ってるんだからね」
将臣くんの一言に、二人で応戦するあたしとお姉ちゃん。
「譲ー、余計なこと言うんじゃねーよ、ったく〜」
「自分のことを棚に上げないの!」
「将臣くんも、譲なしで起きてみなよ?」
「二人の言う通りだぞ、兄さん」
あたしたちの攻撃に、追撃するかの如く譲の一言が。
「は〜あ、俺には味方はいねーのかよ」
「「うん」」
「即答するこたないだろ?」
「だって〜」
「あはは」
こんな、こんななんでもない…
だけど幸せな日々が、続くんだと思っていたんだ。
でも、そうもいかなかった。
私は、知ってしまったんだ。
あの人の…将臣くんの気持ちを……。
それは、ある日の放課後のことだった。
用事があって2年生の階にいたあたし。
偶然にも、お姉ちゃんと将臣くんの教室の前を通った。
そのとき、声が聞こえた。
『有川は、好きな奴とかいねーのかよ?』
ドキッ
なぜか胸が高鳴った。
“有川”……
ここは、2年生の教室が並ぶ階だ。
だから、譲のことではない…そう、将臣くんのことだった。
『あー?別に、そんな奴いねーよ』
『嘘つけ〜! 春日と仲いいじゃねーか』
『幼馴染とはいえ、仲よすぎだよな〜』
また胸が高鳴った。
いや、高鳴ったというより…痛んだ。
将臣くんの友人と思われる人が言った“春日”とは、
もちろんあたしのことではない。
そう、お姉ちゃんのこと……。
『春日のことが好きなんだろ?』
『ってか、もう付き合ってんじゃねー?』
『なんでそうなんだよ。お前ら、話が飛躍しすぎ』
なんだか苦しくなって、その場から逃げるように去った。
だから、その会話はそこまでしか聴いていない、けど…
「将臣くん…否定、しなかった……」
きっと、お姉ちゃんのことが好きなんだ……
それから、よく分からないけど校内をひたすら走った。
将臣くんのいる場所から離れたくて、
でも誰にも会いたくなくて、ただ、ひたすら。
「…っく…うっ……」
将臣くんはお姉ちゃんのことが好き……
「そんなの…前から分かりきってたこと、じゃない……」
ずっと見ていたんだもの……
嫌でも分かるよ……。
でも…それでもあたしは……
「将臣くんのことが好きなんだ……」
どうして好きになってしまったの……?
苦しい、だけなのに……。
ドンッ
「きゃっ…!」
うつむき加減で走っていたあたしは、ちゃんと前を見ていなかった。
だから、誰かとぶつかってしまったのだ。
「す、すみません、あたし…」
どうしよう、泣いてるなんて、知られたくないっ……
「……?」
「え……?」
譲……?
私がぶつかったのは、譲だった。
「ご、ごめん…そんなに痛かったか?」
「ち、がう…違うよ……」
ぶつかったのが、痛かったわけじゃないの……
「痛いのは…身体じゃない……」
「………」
そう、痛いのは…心……。
「…ちょっと、屋上に行かないか?
ここだと誰か来るかもしれないし」
誰にも会いたくない。
そんな気持ちから、譲の提案を受ける事にした。
「…どうかしたのか?」
「………」
「あ、いやっ…話したくないなら、別にいいんだ」
「…ごめん」
「え…?」
あたしが突然謝ったからだろう。
譲は少し驚いていた。
「さっき…ぶつかっちゃった、から……」
いくら気心の知れた譲だからって…
謝らないなんて、よくない……
「俺は平気だから。気にするなよ」
「うん……」
譲は優しいな…
…将臣くんも優しい、けど……。
「……ねぇ、譲」
「ん?」
「将臣くんって…やっぱりお姉ちゃんのことが好きなのかな?」
「……!」
譲が目を見開いた。
「…は、そう思ったのか?」
「……う、ん…」
「そうか……」
譲は違うと思ってたの…?
それとも……?
「……俺は、先輩は兄さんのことが好きだと思ってる」
「えっ…!」
「ずっと見てたから…分かるんだ……」
実は前にも、譲と一緒にここでおしゃべりしたことがあった。
そのときは、互いの気持ちを明かしたんだっけ。
あたしは将臣くんのことが好き。
譲はお姉ちゃんのことが好き。
けど、将臣くんはお姉ちゃんのことが好きで、
お姉ちゃんも将臣くんのことが好き…?
「それじゃあ……」
「……俺たちは、報われないってことになるよな」
譲は苦笑しながらそう言った。
やっぱり、つらいよ、ね…?
「…………」
「…ごめん、にこんなこと言うべきじゃなかった」
「……ううん、いいんだよ。気にしないで」
あたしだって、本当は分かっていたんだよ。
あの二人の間には、入れないということを。
それでも認めたくなくて、目を逸らしていたのかもしれない……。
「…譲、ありがとう」
「何言ってるんだ、。
俺は別に、何もいいこと言ってないぞ?」
「それでも……」
それでも、頭がぐちゃぐちゃだったあたしは落ち着けたから……
だから、ありがとうを。
「ありが、とうっ……」
「……」
その後、あたしは再び泣き出してしまった。
落ち着いたのはいいが、それは将臣くんの気持ちを
肯定してしまうことに繋がったから。
あたしじゃ…駄目なんだ……
お姉ちゃんじゃなきゃっ…………
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