あの後、あたしたちは猪霊を追い払うことに成功した。
          そして、シリンは……。




          「そ、そんな……あたしはどうしたら…………。
           もう、おしまいなの?」





          「(すごくうろたえている……少しかわいそうかも)」

          「当然の報いだよ、花梨ちゃん」

          「で、でも、さん……」

          「お互いが信頼し合っていないのなら、
           それはただの同情に過ぎない。
           時に同情が残酷だということ、覚えておいてね」

          「…………」


          信頼し合っていて、本当に相手を心配しているのなら、
          それはとても素敵なこと。

          でも、違うなら……そうじゃないのなら、残酷な場合もある。

          ……特に、こういう人にとっては、ね。





          「お館様……どうか見捨てないでください。
           次こそはうまくやりますから!」







          「(やっぱりかわいそうかな……でも、許されないことだし)」


          花梨ちゃん、それでも心配してる……
          まぁ、優しい子だから仕方ないか…………。









          「――っ! なんだ、その同情の目は! 何様のつもりだい!!
           龍神の神子様だって、主張したいのかい?

           お前は慈悲深いって!? そんなのは偽善だ、ただのペテンだ!
           あたしがこうなったのも、お前のせいじゃないか!!」


          真面目なシーンで申し訳ないけど
          なんで“ペテン”とか知ってんの!?
          (ってか花梨ちゃんに責任転嫁するなよ!!)





          「私のせい?」

          「そうだよ! 全部、龍神の神子のせいなんだ。
           一族を滅ぼして、あたしから全てを奪って……。

           お前の慈悲なんかまっぴらだ!! 恵まれたいとは思わないね!
           お館様の悲願を達成すること――それだけがあたしの望みなんだよ!!」

          「そんなにアクラムのことを……?」


          アクラムにそんなに魅力があるのか!?
          あたしには解らないよ……!
          (ってか、ほんとキモイ……早く帰ってほしい……)





          「私は京の支配などどうでもよい。

           シリン、捨てられたくなくば力を欲するのだ。強大な力をな。
           己を滅ぼすほどの力があれば、私の役にも立てるだろう、フフフ……」

          「はい! その力、必ず手にいれてみせます。アクラム様のために!!
           次は、次こそは容赦しないよ!」


          そう言い放って、シリンはその場から去った。














          「次に会う時が楽しみだな、神子……そして牡丹の姫」

          「…………」

          「フフ……百年前の牡丹の姫と、同じ瞳をしている。
           やはり戦向きのようだ」

          「え……?」


          百年前って……あかねちゃんの時代のこと、だよね?
          そのときの牡丹の姫に、コイツは会ってるんだ……。






          「シリンの敗因の一つは、お前の力を考えていなかったことだ。
           牡丹の姫よ、せいぜい足掻くことだな」


          そう言ったアクラムは、シリンと同じようにその場を去っていった。





          「…………」

          「このあたりを少し探してみます。
           花梨殿は泉水殿と館へお戻りください」

          「わかりました。私が花梨殿を館までお送りいたします」

          「さんはどうします?」

          「え、あたし?」


          そうだなぁ……





          「あたしも花梨ちゃんと泉水と一緒に行っていい?
           紫姫にも会いたいし」

          「はい、一緒に行きましょう!」

          「それじゃ、頼忠さん。また後で」

          「はい、失礼致します」



















          「お帰りなさいませ、神子様、様。
           ぬえ塚の怨霊を、見事お祓いになられたのですね」

          「うん! これも、みんなのおかげだよ。本当にありがとう」

          「みんなで力を合わせたからじゃないかな」

          「本日のみなさまのご活躍に、星の一族である私からも、
           お礼を申し上げさせてくださいませ」


          紫姫がそう言った直後、部屋に深苑が飛び込んできた。





          「紫、少し来てくれ。お主の力を借りたい」

          「深苑くん?」

          「どうなさったのです、兄様?」

          「これから説明する。急ぐのだ」

          「はい、では神子様、様。少し御前を失礼いたします」





          「一体どうしたのかな?
           たいしたことでなければいいんだけど……」

          「ぬえ塚の怨霊を祓った以上、
           懸念することはさほどないと思いますよ」

          「そうだよ、花梨ちゃん!」

          「はい! いろんなことがありましたけど、
           怨霊を退散させることができてよかったですね」


          けど、退散させただけで
          封印してないっていう事が少し気になるね……。






          「ぬえ塚の怨霊を退散させてくださったこと、
           改めてお礼申し上げます。
           本当に、ありがとうございました」
 
          「みんなで頑張ったんです。お礼なんていいですよ」


          あ、もしかしてあたしは席を外した方がいいかな?
          そーっと、そーっと……。





          「いいえ、この感謝の気持ちを私はあなたに、
           お伝えしないわけにはまいりません。
           その身をかえりみず、院を助けてくださったこと、ご立派だと思います。
 
           それに……私のような者にもできることがあると、教えてくださいました」








          ちょっと、お庭を歩いてこよっと!



          「うわ〜、綺麗な花〜!」





















          「ところで、これからのことですが……」

          「うーん、いろいろ気になることはあるんですよね」





          「シリンのことはどうしましょう?」

          「シリンが院に呪詛をかけることはもはや、できないでしょう。
           深追いの必要はないかと……」

          「そうですね……」

          「あの、それで、殿はどちらに……?」
 
          「あ、あれ? さっきまで一緒だったのに……」





          「ごめんごめん、花梨ちゃん」

          「あ、さん!」

          「通りすがった紫姫と深苑に捕まって、戻ってきたよ」

          「どこに行ってたんですか?」

          「ん、ちょっと散歩」


          空気を読めるのは、あたしのいいところよ!!
          ……たぶん。

          っと、問題はそこじゃないんだよね……。





          「神子様……」

          「どうしたの、紫姫!?
           院に取り憑いた怨霊を祓って、
京の危険はなくなったんでしょ?」

          「浮かれるのは早いぞ、神子」

          「どういうこと? 深苑くん」


          この部屋に来るまでに、あたしも事情を聞かせてもらったけど、
          また厄介な事になってるって感じかな……。




          その後……花梨ちゃんと泉水も、
          紫姫と深苑から今の状況について説明してもらった。

          二人の話によれば、帝も院と同じように呪詛されているらしく……

          その話を聞いた花梨ちゃんは、
          まだ怨霊に呪われている人がいるなら助けたいと言った。


          けど、泉水は……院の信頼が篤い時朝という人を疑うこと、
          そして院への疑いを助長する事は出来ない、と悩んでいた末、
          時間がほしいと言って館を後にした。









          「神子、泉水殿に龍神の神子と認められたのではなかったのか?」

          「うん。私を龍神の神子だと信じるって言ってくれたよ」

          「では、泉水殿を信じましょう。きっと、解ってくださいます」

          「紫姫の言う通りだよ、花梨ちゃん」

          「はい! 私も泉水さんを信じよう」


          そのとき、何か外から話し声が聞こえてきた。





          「……何やら騒がしいな。客人のようだ。見てこよう」


          何かあったのかな……?






          「こんな夕刻にどなたでしょうか?」

          「急ぎの用なのかな?」

          「ええ、そうですわね」

          「あ、深苑くんが戻ってきましたよ」









「神子に客が来た」