「神子様、おはようございます。彰紋様がお見えですわ」
「おはよう、紫姫、彰紋くん」
「おはようございます。お約束どおり泰継殿をお連れしました」
「失礼する。花梨、お前は今日何をするか解っているか?」
「今日は、玄武を取り戻すんですよね」
「そうだ。京に不慣れな身でよく玄武が縛られている場所を見つけたな。
花梨、今日は穢れに気をつけろ。朱雀門の方向から強い邪気を感じる」
「邪気!?」
「だが、案ずるな。我らから離れなければ何も心配はいらぬ」
「花梨さん、大丈夫ですよ。僕たち、精一杯あなたをお守りしますから。
それでは、朱雀門へ参りましょう」
「あーもうっ! 信じられない!!」
今あたしはぶつぶつ文句を言いながらも、
京の町をハイスピードで走り抜けていた。
「今日は玄武を解放する日だってのに……!」
寝坊とかあり得ないんだけど!!
「どうして起こしてくれなかったんです、勝真さん!」
「だから、何度も起こしたって言ってるだろ。
お前が起きないのが悪い」
「うわーん、解ってますよーもうっ!」
普段はそんなんじゃないんだけど、
疲れてると妙に眠りが深いんだよね、あたしって……。
昨日、妙に緊張して気疲れしちゃったんだ、たぶん……
(あー、なんて馬鹿なの、あたし!!)
「とにかく、文句を言っていても仕方ないだろ。朱雀門に急ぐぞ」
「了解です!」
早く花梨ちゃんに追いつかなくちゃ!
「ここに玄武が縛られているんだよね……あれ?
門のところに誰かいる」
「……! 時朝殿!!」
「あ……彰紋様!?」
「あなたは、神泉苑で会った……」
確か、和仁さんの後見人の……。
「神泉苑だけでは飽きたらず、
朱雀門にまで邪気を撒き散らしにきたようだな」
「泰継殿。それはどういうことです?」
「今に解る」
どういうことだろう……?
「二人とも下がれ。時朝から強い邪気を感じる。
これ以上近づくと時朝から穢れを受けるぞ」
「穢れ!? じゃあ、時朝さんが呪詛にかかわってるの?」
「これは……心外なことを。
一介の陰陽師の言葉で、私を疑うと言うのですか」
「時朝さんを信じるか、泰継さんを信じるか……」
…………。
「私は泰継さんを信じるよ。
泰継さんは嘘をついて人を貶めたりなんかしない」
「そのとーり!」
「この声は……」
「こっちだよ、彰紋くん!」
「……! さん!」
「悪いな、少し遅れた」
「勝真さんも!」
、遅ればせながら参上です!!
「あたしは、みんなと知り合ってからの期間は花梨ちゃんよりも短い。
だけど、それなりにみんなのこと解ってるつもりだよ」
「さん……」
「少なくとも、泰継さんは人を陥れるような人ではないと思う」
「どなたか存じないが……
あくまで私を呪詛の犯人にしたてあげると?」
したてあげようとしている訳じゃない。
「……そう、だな。
時朝さん、あたしはあなたという人についてまだ何も知りません。
まだ知らないというのに、色々と偉そうなこと言うのって変かもしれない」
「…………」
「だけど、今、自分の中にあるものを使って出した答えだから。
だから、あたしは、自分の答えを間違いだとは思いません」
「さん……」
たとえ、周りから見たら大きな間違いだとしても。
あたしは自分で見出した答えに誇りを持っているよ。
「花梨、……。私を信頼してくれるのだな」
「だってあたしは牡丹の姫ですからね!
花梨ちゃんが信じれば、あたしだって信じる。
すべては、龍神の神子により成り立つの」
「よい心構えだ。だが、このままでは時朝は真相を話さぬ。
呪詛と時朝を結びつける事柄に心当たりはないか」
「心当たりですか……。あの、花梨さん、
先日ご一緒した船岡山でのことを覚えていらっしゃいますか?」
「船岡山でのこと?」
船岡山?
それってもしかして、花梨ちゃんの文に書いてあった……
「和仁さんと会ったこと?」
……やっぱり。
「さすがは花梨さんですね。覚えていらっしゃいましたか」
「花梨の文からあった、
和仁親王が呪詛に関わっている可能性がある
っていうあの話のことだな」
「はい。そして、時朝殿は、兄上の信任が篤い後見者です。
それゆえ、兄上の命を受けて呪詛にかかわっていてもおかしくはありません」
「彰紋様まで何をおっしゃるのです」
あくまでシラをきるつもりか……。
「時朝さん……
そう言うのなら、彰紋くんの問いに答えてあげてください」
「はい。そして僕の疑いを打ち消してください!
ここ朱雀門には玄武が縛られています。
あなたはそれを知っていたのですか?」
「……。玄武のことまでご存知でしたか」
「そんな……」
「じゃあ、やっぱりあんたも……」
「あの……そちらにいらっしゃるのは神子に殿ですか?
これは……皆さんもおそろいでどうしたのです?」
「えっ! 泉水!?」
「泉水さん! どうしてここへ?」
玄武解放のことは、伝えてはいないんだよね……?
「朱雀門から邪な感じがするので気になって参ったのです。
どうなさったのですか?」
「やはりお前の力は本物だな。泉水、あの男を見ろ」
「あなたは時朝殿……!」
「お前も、神泉苑でこの男が放っていた邪気に気づいただろう。
この男は朱雀門でも同じことをするつもりらしい」
神泉宛でも、この人は何か呪詛に関係あることをしてたの……?
(ああ、もっと花梨ちゃんに詳しいこと聞いとけば良かった……!)
「安倍の陰陽師よ、雑言もたいがいにしたまえ」
「そういう時朝さんも、いい加減に説明してください。
どうしてそんなにも強い邪気を、その身にまとっているのか」
「そして、それこそがお前が呪詛を行っていた証拠。
玄武を操り呪詛に使っているのだな。何が目的だ。答えよ」
「君らのような一介の陰陽師や町娘には関係のないことだ。
……失礼する」
ちょ、ちょっと、今あたしのこと“町娘”とか言ったよね!?
失礼すぎるんだけど!
「、なんとなく言いたいことが解るが抑えてくれ」
「か、勝真さんっ」
「文句なら後で聞いてやるから」
「……はい」
勝真さん、本当にあたしの扱いが上手いなぁ、もう……。
「待て。話は終わっていない」
「あ、あの……泰継殿。彼をとめないでください」
「ちょっと泉水、どういうこと!?」
「行かせてあげてください。
この場にとどまらせてはいけません……。
時朝殿はこの場に立ち込めている邪気に苦しんでいます。
泰継殿のおっしゃるとおりなら、
おそらく呪詛が術者に返ってきているのでしょう……」
呪詛をしかけると、それ相応のものが返ってくるということ……?
「泉水さん……時朝さんを逃がせと言うんですか?
だけど、」
「泉水の話が本当なら、なおさら行かせることは出来ない!」
「その通りです!」
私の勢いに続き、花梨ちゃんも言葉を発した。
「同感です。
時朝殿とは言え、呪詛にかかわる者を見逃すわけにはいきません」
「そうだね、なんとかしなきゃ」
「だけど、どうする? 花梨ちゃん」
「とりあえずもっとよく話を聞いてみましょう!」
「あっ、花梨ちゃん!?」
時朝さんは邪気をまとってるから、そんなに近付いたら……!
「ねぇ、時朝さん……
(あれ……何?)」
「よせ、花梨! その男に近づくな!」
「えっ、どうして……」
嫌な感じがする……
「(あ……あれ?急に体が重くなって……)」
「神子!」
「どうしたんだ、顔が真っ青だぞ」
まさか……。
「泰継さん、これってもしかして……」
「ああ、その男から穢れを受けたのだ。花梨、後ろへ下がれ」
「そんな……花梨さんが時朝殿から穢れを……」
彰紋くんは、和仁親王と時朝さんを疑いきれてないんだ。
なんだか、つらそう……。
「時朝殿、一刻も早くお去りください。
花梨さんにこれ以上穢れを移さぬうちに早く……お去りください」
「…………」
彰紋くんの言葉を受け、時朝さんはそのまま朱雀門から立ち去っていった。