「っ……!」


          この気配は……!


          ――朝起きて支度をしたのち。

         、何度か感じたことのある嫌な気配を感じ、
          あたしはお邸を出てそう離れていない空地に向かった。










          「やはり気づくのが早いな、牡丹の姫」

          「アクラム…………」


          やっぱり居たよ、コイツ……。





          「和仁親王に四神を与えて、
           呪詛の手助けをしているのはアンタだね」

          「ほう……なぜそう思う?」

          「和仁親王が、鬼に力をもらったって言ってたから」

          「その鬼が私であるという根拠は?」


          根拠だって?





          「そんなの無いよ。でも、アンタ以外に考えられない」


          そう……考えられない……。





          「百年前のアンタがそうであったように、
           この京を陥れるのが目的なんじゃないの?」


          花梨ちゃんからしたら敵か味方か曖昧な存在のようだけれど、
          コイツが味方になる訳がない。






          「人の性格ってのは、そうそう変わるものじゃないからね……
           百年経っていようが、それは同じこと」

          「なるほどな……お前は思慮深いようだ」


          今さら気づいたの?










          「おそらく、平千歳も
           あんたの口車に乗せられているんでしょう」

          「さてな……確かに私は助言をしたが、
           それを実行するかしないかはあの者次第だ」

          「…………自分は何もしていないとでも?」

          「そう聞こえなかったか?」


          ちょ、なんなのコイツ、ムカつくんだけど!





          「アクラム……アンタがこの間言っていた“手駒”っての、
           はっきり言ってよく解らない」


          コイツの考えていることだって、全く解らない。





          「けど、やっぱりあたしは、そんなものになったつもりは無いし、
           これからなるつもりも無い」

          「フッ……無駄なことだ」

          「それはやってみないと解らないでしょ?」


          そうやって勝手に決めつけてほしくない。












          「…………まあ、よい。お前にも解るときがいずれ来る」

          「待ちなさい、アクラム!
           まさか花梨ちゃんのところに行こうとしているんじゃないの!?」

          「案ずるな、神子に危害を加えはしない……今はな」


          今はって……こないだもそんなことを……





          「力を示せ、牡丹の姫よ」


          そう言い残し、前と同じようにアクラムは姿を消した。





          「…………」


          力を示せって、何なの……
          それにあたしの言ったこと、アクラムは否定しなかった……





          「やっぱり、この一連のこと、元凶はアイツ……」


          アクラムだ…………




















          それからあたしと勝真さんは紫姫のお邸に向かい、
          花梨ちゃんと、彰紋くんを合わせた四人で応天門に向かった。






          「ここが、応天門……」

          「応天門は朱雀門を抜けた正面に位置する門です。
           やはり内裏のそばに怨霊をひそませていたのですね……」

          「すごく嫌な気がするんだけど……」

          「…………どうやら、お見えになったみたいだぜ」

          「……!」


          和仁親王と、時朝さん……。





          「彰紋……やはり私の邪魔をしに来たな。
           今度こそお前たちを排除してやる」

          「…………」

          「(時朝さんなら話を聞いてくれるかな。
           それとも……敵なのかな)」


          花梨ちゃん、ちょっと戸惑ってるみたいだな……。





          「時朝さん……戦うしかないんですか?」

          「あなた方が宮様の障害であるなら、私は戦いも辞さない」

          「ここまで来たら疑いようも無いよ」

          「はい……できれば、呪詛などは存在しないと信じたかった。
           兄上を信じたかった……」


          彰紋く、やっぱり最後の最後まで信じていたんだね……
          (だけど、そう言っていても解決出来ないこと、
          彰紋くんはよく解っているはずだ……)










          「はっ、私を信じたかっただと?
           そんな綺麗事は口先だけにしておけ、信じてもいなかったくせに。

           できもしないだろうことを口にするのは愚か者だ。
           人を信じるなんてことそのものが、愚かなことなのさ」


          この人は……誰も、何も信じていないっていうの……?
          ……いや、信じることが出来ないでいる、っていうのが正しいか。





          「いいえ、愚かなことなどではありません。
           人を信じることは、強い力を生み出します。

           現に、僕たちは花梨さんを…… 
           お互いを信じることができたからここまで来ることができた」

          「俺も彰紋に賛成だ。信じるって、大切なことだと思う……
           にも、散々説教されたしな」

          「ちょっと、勝真さん……!」


          説教だなんて、人聞きの悪い!










          「とっ、とにかく! 
           人を信じるってことは、本当に大切なことなの。
           それを愚かなことだなんて、そんな言い方しないで!」


          あたしは花梨ちゃんを信じた、
          花梨ちゃんはあたしを信じてくれた、だから一緒に闘えるの。





          「ふん……どこまでも甘い奴らだな。何が人を信じるだ?
           何もできない力弱い者が寄り集まっているだけだろう」

          「それなら、鬼から力をもらわないと行動できないあなたも、
           力弱い者なんじゃないの?」

          「っ……! 無礼だぞ! 
           下賤な娘が、私にそのような口をきいていいと思っているのか!」

          「は下賤な娘なんかじゃない……
          侮辱するのはやめてもらうぜ」


          か、勝真さん…………












          「うるさい、黙れ! 
          時朝、怨霊をけしかけてこやつらの力を奪え!!」

          「しかし宮様。万一、怨霊が敗れるようなことがあれば……」

          「時朝! 私の命令が聞けぬと言うのかっ!?」

          「申し訳ございません。それでは仰せのままに……」


          
ゴオオォォ















          「…………来るよ」

          「はい……帝の呪いを解くためにも逃げられません。
           頑張りましょう、花梨さん、勝真殿、さん」

          「うん!」



























          そしてあたしたちは、
          時朝さんの操る怨霊に危なげなく勝つことが出来た。




          「なぜだ……なぜ私の怨霊が敗れるのだ……
           絶対に負けぬ怨霊だとあやつは言っていたのに……」

          「あなたが負けたのは、“人を信じる”ということを侮ったからだよ」

          「……和仁さん、私もさんの言う通りだと思います」


          “信じる”って、目には見えないもので、不確かなものかもしれない。
          けれど、確かにそこにあるものだから。それが力になってくれるから。





          「兄上……

           僕は真実から目をそむけるわけには行きませんでした。
           兄上が帝を苦しめるのを、黙って見ているわけにはいかなかった。
           ごめんなさい……」

          「彰紋、思い上がるな! 私を哀れむというのか!?
           いつも帝だ東宮だと偉そうに……
           私のどこがお前や帝に劣ってるというのだ!」

          「“どこが劣っているのか”って考えている時点で、
           たぶんあなたは、帝や彰紋くんには敵わないよ」

          「何だと!?」


          本当にすごくて尊敬に値する人ってさ、
          自分のことを完璧だとか、誰よりも優秀だとか、
          そういうことは考えないと思うんだよね。





          「先ほどから何なんだ、お前は! 下賤な娘の分際で何を言う!
           彰紋さえいなければ次兄である私が東宮になるはずだったんだぞ!?」

          「和仁さん……そこまでしてでも東宮の地位が欲しいの?」

          「お前に私の何がわかるというのだ!」

          「…………」


          もしかして、和仁親王は東宮になれなかったことで
          周りから邪険にされたりしたの……?
          (みんながみんなそうだとは思っていないけど、
           位の高い人にはそういう考えの人もいるらしいからね……)














          「兄上……僕の存在そのものがあなたを傷つけるのですね。
           でも許しを願うことはできない。
           一度決まった天意を、覆すことはできません」

          「ふざけるな! そのような天意、認めるものか!」

          「宮様、ここはひとまず退くのが肝要かと存じます」

          「何を言う、時朝っ!
           お前が不甲斐ないから怨霊が敗れたのだっ!」


          負けたのが時朝さんのせい……?





          「和仁親王、それは違う!
           時朝さんはあなたの命に従っただけじゃない!」

          「そうです、兄上、おやめください。
           今ならまだ穏便に済ませられますから……」

          「てことは、彰紋くん……
           京のために今回のことを隠すつもりなの?」

          「はい……本当はこんなこといけないのはわかっています……
           でも…………」


          彰紋くんも京のために必死なんだよね……
          (でも、和仁親王のやったことを、
           うやむやにしてしまっていいのだろうか……?)





          「お前は私に同情しているのか?
           ふざけるな、同情などいらぬ!」

          「事を大きくすることは、京に新たな動乱の火種を作ることになります。
           だから、どうしても穏便に済ませなくては……」

          「あなたなら、そうおっしゃると思っていました。
           この陰謀が明るみに出れば、今の均衡すら崩れる。
           あなたにはそれはできない」


          時朝さんも、それを知った上で動いてたのか……
          だから無茶が出来たんだね……。





          「宮様、ここは私が食いとめます。その隙にお逃げください。
           ひとまずこの場を離れれば、彰紋様にはまだ何もできません」

          「待てよ。やっぱり俺は、
           ここであんたたちを見逃すわけにはいかないと思うぜ。
           観念してもらおうか」

          「くっ……」





          「……!」








今朝感じたものと同じ気配…………!?