「ほう……猿神はかなわなかったか。
なかなか頑張ったな、神子、姫」
「「アクラム!」」
アクラムがそう言った直後、
あたしと和仁親王の声が重なった。
「お前のくれた怨霊は役に立たなかったぞ!
もっと……もっと強い力を私に与えろ!!」
やっぱり、和仁親王に力を与えた鬼っていうのは
アクラムだったんじゃない!
「……アイツが黒幕って訳か」
「……はい、そうみたいです」
勝真さんも、直感的にそれが解ったようだった。
「宮、よいでしょう。しかし、そのためには犠牲が必要です。
たとえば、あなたの隣にいるその男のような」
「……!」
「いいだろう、こいつの命などくれてやる。よいな、時朝」
「……宮様の仰せのとおりに」
強い力を得るために、時朝さんを犠牲にする……?
「ちょ、ちょっと待ってよ、何を言ってるの!?
本気なの!?」
あたしが言う前に花梨ちゃんが叫んだ。
……どうやら、同じことを考えていたようだ。
「わかりました。宮の願い、叶えましょう。
その前にここから去るほうが先のようですな」
和仁親王や時朝さんを連れて、
アクラムは今朝のように姿を消した。
「き、消えた……?
あの仮面の男が、兄上と時朝殿を消したのでしょうか」
「そうだろうね。
アイツのあの力は……鬼の力だと思う」
「鬼、だと?」
「そうです」
鬼の一族は百年前に滅んだとされている。
本当なら、誰もアイツが鬼だなんて信じない。
半信半疑がいいところ……
……だけど、あたしはアイツが鬼だということを知っていて、
そして、それが実際にこの世界にいるから。
「あれが鬼の一族ですか……」
「……本当にいたんだな」
「……はい」
彰紋くん……今回のこと、どう思ったのかな……。
「彰紋くん……帝を呪詛から救えてよかったね」
「そうですね……怨霊を退治すること、それが今日の目的でした。
あなたやさんのおかげで、帝をお守りすることができました」
良かった、花梨ちゃんの言葉で少し元気になったみたい。
「さすが花梨ちゃんだなぁ」
「……そうだな。だが、お前だって負けてないぜ?」
「そう……ですか?」
「あぁ」
そうなのかな……。
「怖気づくことなく怨霊に向かっていくところだって、
俺はすごいと思う」
「は、はぁ」
な、なんか改めて褒められると照れるかも……。
「さあ、花梨さん。館へ帰りましょう。紫姫たちもお待ちでしょう」
「そうだね……
さん、勝真さん! そろそろ帰りましょう!」
少し離れた場所で、花梨ちゃんがあたしたちの名を呼んだ。
「うん、そうだね!
……行きましょう、勝真さん」
「……あぁ、そうだな」
自然と勝真さんの手をひいてあたしは歩き出していたけど、
勝真さんはその手を振り払わずにいてくれた。
その後、紫姫の館に戻り……
彰紋くんはというと、どうやら花梨ちゃんのことを
龍神の神子だって信じてくれたみたいだった。
「僕、後で帝のところに行って、あなたの活躍をお伝えします。
きっと帝も認めてくれますよ」
帝が認めてくれたら、行動しやすくなるかも!
「神子様、様、お帰りなさいませ。
応天門の怨霊を退治できたのですね。おめでとうございます」
「ありがとう、紫姫」
「紫姫もご苦労様」
「いえ……もったいないお言葉ですわ」
あたしの労いの言葉に対し、紫姫は少し照れながらそう言った。
「あなたを龍神の神子と仰ぎ、
これからお役に立てるよう頑張りますね。
それでは僕はこれで失礼します。お休みなさい」
「またね、彰紋くん」
「気をつけて帰れよ」
「はい、それでは」
彰紋くん、やっと元気になってきたみたい……。
「俺たちもそろそろ帰るか」
「そうですね。またね、花梨ちゃん、紫姫」
「今日はありがとうございました、二人とも」
「お礼なんていらないよ、好きでやってるんだし」
あたしがこうしたい、と思ってやってることだから……ね。
「お気をつけてくださいまし」
「うん、またね!」
「はぁー……やっと帝にかけられた呪詛も祓えましたね」
「そうだな……帝の容態も、これで回復してくるのか?」
「はい、おそらくは」
まあ、すぐに全快って訳にもいかないだろうけど……
元は絶ったし、少しずつ回復してくるよね。
『宮、よいでしょう。しかし、そのためには犠牲が必要です。
たとえば、あなたの隣にいるその男のような』
アクラム…………
アイツ、時朝さんを犠牲にして和仁親王に力を与えるって言ってた。
だったら、これからまた何か仕掛けてくるのかな……
……でも、和仁親王には大きな力は備わってないみたいだよね。
ということは、時朝さん自身に何か力を与える気なのか……
「なぁ、……
…………ん?」
「うーん……」
どうなんだろう……?
「…………はぁ。(何か考え込んでるみたいだな……)
仕方ない、か」
でも、“犠牲”っていうくらいなんだから時朝さんにも危害が及ぶの?
だったら阻止したいけど……
ぐいっ
「えっ!?」
なっ、何!?
「なに慌ててるんだよ」
「あ、か、勝真さん……」
勝真さんに腕を引っ張られたのか……
(ちょっとびっくりした……)
「何か考え込んでいたのか?」
「あ、え、えーと……」
「(解りやすい奴だな……)帝を呪っていた怨霊も祓えたんだ。
今日くらいは、邸に帰ってゆっくり休んでもいいだろ」
「勝真さん…………」
勝真さんは、あたしが何について考え込んでいたのか、
きっと解っているのだろう。
それでも聞かないでいてくれるのは……この人の優しさだと思う。
「……そうですね、あたし、おなかすいちゃいましたし」
「邸に着く頃に、ちょうど飯の支度も出来てるだろうな」
「わっ、ほんとですか? やった!」
楽しみだな〜!
「じゃあ、帰るか」
「はい!」
そうして差し出された手を、あたしはまた自然にとっていた。