花梨ちゃんと色々おしゃべりしたいと思って、
          あたしは一人、紫姫のお邸まで来ていた。
          (今日は、勝真さんはお仕事なんだって)


          遊びに来た、っていう気分でいたあたしだけど……

          花梨ちゃんの話を聞いてから、
          そんなことも言ってられなくなってしまった。





          「深苑が出ていった?」

          「はい……昨日の朝、突然……」


          昨日の朝、か……。

          紫姫と深苑がちょっと言い合いをしたのが一昨日だから……
          きっと、それも原因の一つなのかもしれない。





          「紫姫を守ってくれって私に頼んで、そのまま出ていきました」

          「行き先は?」

          「いえ……それは私も聞いたんですけど、
           教えてくれなくて……」


          まあ、花梨ちゃんの性格からして行き先が解ったら
          紫姫に話しちゃうだろうし……深苑はそれを避けたかったんだろう。





          「深苑くんとしては、紫姫に星の一族の役目を負わせたくない、
           って感じみたいで」

          「なるほどね」


          紫姫だって、“お姫さま”だもんね……

          今のような、誰かの下についているっていうのが、
          深苑は気に入らないのかも。


          ……ただ、紫姫がその役目を進んで果たそうとしているから、
          深苑の行動は少し空回りしているようにも思うけど……。





          「深苑くんは、私を神子とする以外の道を探すそうです」

          「そっか」


          でも、一体どうやって……。














          「それと、さん……
           深苑くんが、もう一つ気になることを言い残していったんです」

          「気になること?」

          「はい……私に、『あまり急ぎすぎるな』って」


          急ぎすぎるな……?





          「どういうこと?」

          「さんも何度か聞いたかもしれませんが、
           深苑くんは龍神の神子としてこの世界にやって来た私を見て、
           力がないことに対し、愕然としていたみたいなんです」


          確かに、力が無いからって嫌味ばっか言ってた気がするけど……。





          「でも今は、花梨ちゃんだって力を付けてきたじゃない」

          「はい……
           だけど、それが深苑くんにとっては恐怖みたいなんです」


          力を付けたことが恐ろしい? どうして……





          「私の力が強まるのは速すぎた、と。
           そして、その速さに恐怖を覚えるって……」

          「…………」


          徐々に付けていった力じゃないから、暴走する可能性があるとか
          そんなこと考えたのかな……。














          「とりあえず、深苑が考えていることは、今はまだ解らない。
           深苑本人と会って聞いてみるしかないと思う」

          「そうですね……」

          「で、深苑が出ていったこと、紫姫には言った?」

          「はい、すぐ話しました」


          そっか……





          「やっぱり紫姫も気にしてた?」

          「はい、初めはかなり……。
           でも、きっと深苑くんだって考えがあるんだろう、って言ったら
           紫姫も元気を出してくれました」

          「それなら良かった」


          なんとか大丈夫そうかな。





          「でも……」

          「……?」

          「紫姫が、深苑くんはもう一人の神子のところへ
           行ったんじゃないかって言ってて……」

          「もう一人の神子……」


          平千歳……勝真さんの妹……。

          おそらくは、黒龍の神子である人物…………


          深苑は花梨ちゃんを神子とする以外の道を探すと言った。
          だったら、充分ありえる……

          ……というか、きっとそうだろう。





          「……色々と考えなきゃいけないみたいだね」

          「そうですね……」


          問題山積み、って感じだよ……。
          (きっと、院側と帝側の問題も、簡単なことじゃないだろうし……)













          「ところで花梨ちゃん。紫姫は?」

          「あ……紫姫は昨日、
           深苑くんの代わりに清めの造花を作るって言って。

           今も部屋に籠っているみたいなんです。
           だからちょっと心配なんですけど……」

          「……ちょっと様子を見てこようか」

          「はい、私もその方がいいと思います」










          「おはようございます、神子……
           あ、殿もいらしゃったのですね」

          「おはよう、泉水。どうかしたの?」

          「はい、少し気にかかることがありまして……」


          気にかかること?





          「実は深苑殿が、
           院のもとの神子と一緒に院御所を出たと聞きました。
           あなた方は何かご存知ですか?」

          「えっ……」

          「深苑が千歳と?」


          やっぱり深苑は千歳のところへ行ったんだ……。





          「私は知らなかったです。さんも……ですよね?」

          「うん、初耳だよ」


          もう一人の神子……千歳のもとへ深苑が向かったのかもしれない、
          という紫姫の予想は当たっていた。

          そして花梨ちゃんが深苑から聞いたことと総合して考えると、
          深苑は千歳を神子とすることで別の道を進もうとしているのだろう。











          「千歳や深苑が、何処へ行ったのか気になるよね」

          「はい」

          「『京のため、より強い清めと祈りが必要となったので
           御所を退出した』

           ……というのが、
           深苑殿を連れたもう一人の神子の退出理由だそうです」

          「そっか……」


          院のおそばにいると、やりたいことが出来ないとか……?





          「しかし、何処に祈りに行ったのかは誰も知らないのです」

          「院も?」

          「ええ」

          「そっか……。
           でも、京のために祈るって、いったい……」


          確かに、祈ることが大切だっていうのにはあたしも賛成だよ。
          ただ、この現状を祈りで解決できるとは思えないけれど。









          「神子、あまり気に病まないください。
           私の神子は、あなたお一人ですから」

          「そうそう、花梨ちゃんじゃなかったら、
           あたしも助けたいって思わなかっただろうね」


          前に勝真さんから聞かれたときも、答えたけれど……
          それは、ただ感覚的なものでしかない。

          でも、“この子を助けたい”と、そう思ったんだ。





          「泉水さん、さん……」

          「あなたが京の穢れを取り除いてくださってから、
           怨霊の気配も弱まりました。本当にありがとうございます、神子」

          「そう言われるとやっぱり嬉しい」


          良かった、花梨ちゃんも元気になってくれたね!





          「とにかく、進む道も異なっている現時点では、
           千歳や深苑のことも警戒すべきだと思うよ」

          「ええ、私も殿のご意見に賛成いたします。
           私には、彼女から感じる強い力は神子とは相容れないような
           気がいたしますので……」


          もし二人と戦うことになっても……
          あたしはきっと、戦いを選ぶだろう。





          「もしものときが来ても……
           京を守りたいから、そのために戦います」

          「うん。あたしも同じ考えだよ、花梨ちゃん」

          「お二人とも、ご立派です。
           私も八葉としてお手伝いさせていただきます」















          「失礼いたします」

          「あ、頼忠さん」

          「どうかしたんですか?」


          いつも冷静な頼忠さんが、どこか焦っているように見えた。





          「院に憑いていた怨霊、復活の由にございます」

          「えっ!」

          「怨霊が復活!?」


          頼忠さんの言葉に対し、
          あたしと花梨ちゃんがそれぞれ驚く。


          でも、そうか、“封印”していないから怨霊は復活する……
          今までだって、何度もあったよね。

          だけど、あの強い怨霊まで復活しちゃうんだ……。





          「はい、天の四神の二人がすでにぬえ塚に向かいました」

          「大変じゃないですか! それも二人だけでなんて……
           すぐに行かなくちゃ!」

          「では、急がなければ!」

          「でも待って、花梨ちゃん。
           清めの造花は、今は無いんでしょ?」

          「あっ……!」


          深苑がいなくなって、造花を作る人がいなくなった。
          そして代わりに作ると言った紫姫は、
          今もまだ部屋に籠っている……





          「清めの造花が無いなら、外に出るのは危険じゃないかな」

          「そうですけど、そんなこと言ってる場合でもないと思いますし」

          「いいえ、殿のおっしゃる通りです、神子。
           それは危険すぎます」

          「でも、だからって……」


          花梨ちゃんが無理やりにでも出掛けると
          言わんばかりの雰囲気になったとき……

          急いでいる誰かの足音が聞こえた。










          「お待ちください……
           神子様、これをお持ちくださいませ」


          紫姫が差し出したものを花梨ちゃんが受け取ると、
          それは光を放ってすぐに消えてしまう。





          「今のは清めの造花!? でも、消えてしまった……」

          「なんとか一つ作れましたが、
           神子様を清めるのに力を使い果たしてしまったようです。
           もっと強い造花を作れるようにならなくては………」


          紫姫、造花が作れたんだ!





          「でも、今の造花の力で、
           今日一日くらいは大丈夫なんじゃない?」

          「はい、様。おっしゃる通りですわ。
           今日一日だけでも、神子様のお力が増しているはずです」

          「ありがとう、紫姫!」


          これで何も心配なことは無くなったね。












          「では参りましょう、神子殿、殿」

          「はい!」

          「二人が心配ですから、急ぎましょう!」






そうしてあたしたちは、以前にも怨霊と戦った場所……ぬえ塚に向かった。