院や帝に憑いていた怨霊を、封印することに成功した。
花梨ちゃんが封印の力を得たことも、
あたしが牡丹の姫としての大きな力を得たことも、良かったと思う。
そして、今日から四方の札を探すということだったので、
あたしはまた紫姫の館に来ていた。
「変な夢?」
「はい、そうなんです」
館に着いて紫姫と花梨ちゃんのもとへ向かうと、
少し顔色の悪い彼女がいた。
話を聞いてみると、何か変な夢を見たとかで……。
それで、少しなら夢解きが出来るという紫姫にお願いして、
どういう意味を持った夢なのか見てもらうことになった。
「神子様のお話ですと、龍が見えたのでしたね?」
「そう、龍が見えたんだよ。白い龍と黒い龍がいたよ」
白い龍と黒い龍? それって、まさか……
「白龍と黒龍のこと?」
「ええ、様のおっしゃる通りかもしれませんわ。
それがどういう意味を持つのかは、
解らないのですけれど……」
白龍の神子である花梨ちゃん、
黒龍の神子である千歳が対立している……
だから、白龍と黒龍の力が対立しているってことかも。
「それで、壁ができたのでしたね」
「壁?」
「壁っていうので正しいのかはよく解らないんですが……。
京の町に根を生やしていました」
「それは……
京の五行の気を吸っているのかもしれませんね」
そっか、なるほど!
根っていうのは、本当にあるんじゃなくてイメージなんだろうな。
すごく解りやすいかも……。
「だけど、五行の気が吸われてるって、大丈夫なの?」
「いいえ、大変なことだと思いますわ。
今の京は気の均衡がとれておりませんから、
そんな状態で気が奪われては、
京の気はいつまでたっても安定しません」
それから、最後に花梨ちゃんは人が見えた、と言った。
紫姫によるとその人物が関わっているのではないか、ということだ。
花梨ちゃんは、その人をおぼろげにしか見ていないのだろうけど……
おそらくそれは、黒龍の神子である平千歳だと思う。
その夢が、白龍と黒龍が相対することも伝えているのならば、
必然的に関わりがあると言えば千歳になるだろう。
……まぁ、何にしても、そんな夢まで見てるんだものね。
花梨ちゃんの力は、確実に増してるはず。
「神子様のお力が強くなったため、私の力も少し強くなりました。
神子様、手を出していただけますか?」
「こう?」
花梨ちゃんが手を差し出すと、紫姫が清めの造花を手渡した。
「いかがですか?
やっと上手に清めの造花が作れるようになりました。
毎日、神子様を穢れからお守りいたします」
「すごいよ、紫姫。どうもありがとう」
「これで花梨ちゃんもいろんなところに出掛けられるね」
もともと紫姫に備わっていたのは、見通す力だから……
清めの造花を作ることって、
あたしたちが思っている以上に大変なんだと思う。
だけど、今日はそれほど具合も悪くないみたいだし、
力が増したというのは本当なんだろうな。
「その造花は、今までと変わりないものです。
星の一族として、役目を果たすことができるのは嬉しいことですわ」
「だけど紫姫、ちゃんと休むことも忘れないでね?」
「はい、様」
花梨ちゃんもそうなんだけど……
紫姫も無茶するところがあるからね。
一応女の子たちの中では年長者なんだから、
その辺も釘刺しとかないと!
「神子様、様。
今日は何やら京の気が激しく乱れているように感じられるのです。
造花の清めも、神子様の身にたまっておりませんから、
今日の外出は危のうございます」
「じゃあ、花梨ちゃんは館で過ごした方がいいの?」
「はい、そうして頂きたいですわ」
そっか……
じゃあ、今日はまだ大人しくしてた方がいいんだね。
「わかったよ、紫姫。出かけなければいいんだよね」
「はい。そのかわり明日からは、
今までよりももっと遠いところへ行けますわ」
「どういうこと?」
「院や帝に憑いていた怨霊を封印したことと、関係あるの?」
あたしがそう問いかけると、紫姫はにっこり笑って頷いてくれた。
「神子様が院と帝に憑いていた霊を祓われたから、
遠方の穢れが弱まったのです」
紫姫の説明によれば、怨霊を封印しただけでなく、
花梨ちゃん自身も力を増しているから、
遠くまで出かけられるようになったんだって。
「そうか……。
じゃあ、今まで行ったことのない場所に行けるんだね」
「四方の札を探すのにも、いいかもね」
「はい。それに、音に聞く山々の紅葉もお楽しみいただけますわ。
きっと美しゅうございますわね。
でも、本当ならもう紅葉も終わっているのに……どうしたのでしょうね」
「そうだよねぇ。いつまでも秋って感じがするよね」
確かに、なんだかずっと秋って感じかもしれない。
だんだん寒くなってきてもいいはずなのに、
なんていうか、秋の涼しい気候のまま止まっているっていうか……。
あたしたちが不思議に思っていたところに、幸鷹さんが現れた。
「おはようございます、皆様。昨日はお疲れ様でした」
「あ、おはようございます、幸鷹さん」
「お疲れ様です、幸鷹さん」
その後、幸鷹さんから院の様子について説明してもらった。
なんでも、院は花梨ちゃんを龍神の神子と認めたのだという。
院は、龍神の神子は一人しかいないって考えてたみたいなんだけど、
花梨ちゃんの熱心な働きを見て、考えを改めたんだって。
「よかったですわね、神子様。素晴らしいですわ!」
「これもみんなのおかげだよ」
一度怨霊が復活したけれど、院自身も元気でいるらしい。
怨霊を封印したことが、大きかったんだろうね。
「何か変わったことは起きたりしてませんか?」
「実は……千歳殿を院のもとへお連れした白拍子の裏切りが、
ここにきて露見したのです」
……まぁ、あたしから言わせてもらえば、
シリンはあれだけ派手に動いてたし、
バレるのも時間の問題だったけどね。
それで、幸鷹さんはシリンが院や帝に取り入り、
呪詛をしかけていたことを見過ごすことは出来ないと言って、
検非違使と源氏の武士団とで組織を編成して捜索させているらしい。
「検非違使たちも優秀ですが、相手は妖しの術を使う者。
追いきれるかどうか……」
「そうなんですか……」
「しかし、あなたが心配をなさることはありません。
必ず白拍子を捕らえましょう」
シリンっていつも神子に倒されてるイメージだけど、
それでも鬼には変わりないもんね。
そんなに簡単に、捕まえられるものなのかなぁ……。
「しかし、そう上手くいくものかねぇ」
あたしが少し不安に思っていると、
それを代弁するかのようなセリフが聞こえた。
「翡翠殿……それはどういうことですか?」
「いや、なに。言葉のとおりだよ。気にさわったかい?」
「それなりには」
声の主は翡翠さんだった。
……ってか、なんか、この雰囲気はまずいんじゃ……。
「あの……
お二人とも、好んで争いを招くのはよくないことかと……」
「泉水も来てたんだ! おはよう」
「おはようございます、殿」
あたしが嫌な空気を吹き飛ばすように明るい声で挨拶すると、
泉水は笑顔で返してくれた。
「泉水殿、どうされましたか?
神子殿から連絡を受けていらしたのですか?」
「いえ、別のことだったのですが、
翡翠殿が彰紋様とお話されていたところに行きあって……。
それならば、とご一緒することになったのですよ」
「そうなのだよ。 京の散策していたら、彰紋様とでくわしてね」
「そうなんですか……でも、彰紋くんは来てませんよね」
話の流れからすると、いないのはおかしい気がするんだけど。
「彰紋様はこちらに来るつもりだったらしいのだよ、」
「あ、そうなんですか」
「しかし、そうはできなくなったのでね。
私が伝言を承ってきたよ」
そっか、彰紋くんは来れなくなっちゃったんだ。
「おめでとう、神子殿。帝が君を龍神の神子とお認めになったそうだよ。
彰紋様はご自分でこちらにご報告にいらしたかったけれど、
大臣にとめられたようでね」
あ、用事で来れなくなったわけじゃなかったのね……。
(でも、確かに気軽に外出できる身分でもないしなぁ。)
「院側にいる君が龍神の神子だと、
なかなか認められない者もいるようだよ。
まあ、私にはあまり関係のないことだがね」
「あの……私も翡翠殿にお会いする前に、大内裏に参ったのですが……。
大内裏が明るい感じになっておりまして、とてもよろしいことだと感じました」
「そっか、それなら良かった!」
その後、翡翠さんが帝の様子を教えてくれたり、
泉水が和仁親王や時朝さんの最近の動向を知らせてくれた。
帝は院と同じように、
怨霊が封印されたおかげですっかり元気になったみたい。
和仁親王はと言うと、泉水のお母さん……
女六条宮という人を、しきりに訪ねているのだとか。
時朝さんは、院御所に出仕しているらしい。
「そういえば、京に来てから、泉水殿の母君の話は何度か聞いたよ。
宮様にこだわるのは親戚筋で東宮を狙えるから、という噂じゃないか。
貴族は何かと大変なものだねぇ」
「え、ええ……」
「そのような不躾な言い方は感心しませんね」
「ははは、そうだね。雅な方々には失礼だったかな。
なにせ、海賊なものでね」
ようやく雰囲気も落ち着いてきたと思いきや、
またもや一触即発のような空気になってきていた。
「(こういう言い合いってよくないよねぇ?)」
花梨ちゃんも困ってるし……。
「ひーすーいーさーんー?」
「おやおや、
姫君たちには私たちの話し合いはお気に召さなかったかな」
「今の、話し合いだったんですか!」
「って、何言ってるんですか翡翠さん!」
花梨ちゃんが信じちゃってるでしょう!
「あの……よろしいでしょうか。
私がこちらに参ったのは、内裏の話のためだけではなく……
京の気が、まだ乱れていることをご相談するためなのです」
その場がグダグダになりかけたところで、
泉水がおずおずと話し出した。
「京の気が? 泉水殿、お話していただけますか」
「はい」
院や帝を呪っていた怨霊を封印したというのに、
京の気はいっこうに正されない。
ならば、物語はこれからまた新しい段階に移っていくのだと思う。
…………おそらく、泉水がこれから話すことがキーになるんだ。
あたしは密かにそう思いながら、その話に耳を傾けた。