泉水の説明によると、こうだ。
現時点で、神子、八葉、そして京には足りないものがあるらしい。
神子に足りないのは、五行の気の量。
遠いところまで出掛けられるようになったことを利用し、
色々な土地を巡って、
土地との絆を深めて気を集めることが必要だという。
そして八葉に足りないのは、奥義。
同じ四神の八葉二人が神子と力を合わせる術、
それを使うには同じ四神の八葉同士が、信頼し合わなければならない。
それから京に足りないのは、気の融合。
院や帝に憑いていた怨霊を封印したというのに、未だ気は融合していない。
陰陽の両方が整って初めて正しい状態になるから、
今はあまり良い状況ではないらしい。
「この三つを揃えることが、
京を守るために必要だということなのです」
「そのためにも、四方の札が必要なのではと考えております。
特に八葉の方々の奥義は、
四方の札に宿る力がもたらすと聞きますから」
そういえば、あかねちゃんのときにもお札を探してたっけ……。
「じゃあ、お札があれば何とかなりそうってこと?」
「ええ……
ですが、百年の間に札も手がかりもなくなってしまいまして……」
「全く資料が残ってないのかい?」
「四方の札は百年前の神子が使った後、
それが置かれていた祠に戻されたようなのです。
祠へは普通の方法では行くことができませんし……」
あ、そうなんだ……
あかねちゃんが使った後は、祠に戻されたんだ。
(まぁ、花梨ちゃんたちも自分たちで
お札を見つけなきゃ意味は無いんだろうけれど。)
「じゃあ、どうやって探したらいいんでしょう?」
「兄様がいれば、
札の手がかりを見通すこともできたかもしれませんが……」
だけど、深苑はもうここにはいないし……。
「検非違使たちは、このようなことには
不慣れでお役に立てないでしょうし……。
紫姫、あなたの星の一族の力では、探すことはできませんか?」
「私の、占いの力でですか? 解りました、やってみますわ」
幸鷹さんの提案に対し、紫姫は神妙な面持ちでうなずいた。
「そんなに思いつめなくてもいいんじゃないかな、紫姫。
そうだ! 泉水さん、紫姫を手伝ってあげてくれませんか?」
どうやら花梨ちゃんも紫姫の様子に気づいたらしく、
泉水にそんな提案をした。
「うん……そうだね。
あたしも一人よりいいと思うから、お願いできるかな、泉水」
「私が……ですか? そのようなことができるのか解りませんが……。
あなた方がおっしゃるなら、やってみることにいたしましょう」
「二人の方が心強いよね」
「はい、さん」
あたしの言葉に対し、花梨ちゃんも同意してくれた。
「ありがとうございます、神子様、様。私、頑張りますわ」
「では、紫姫、神子や殿のためにやってみましょう」
「はい。それでは神子様、
今日は外出をせず館でお休みくださいませね。
様、神子様をよろしくお願いします」
「うん、任せて」
そうして紫姫と泉水は部屋から出て行った。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ。
本当は、伝言を渡したら失礼するつもりだったのだよ。
だいぶ長居してしまったね」
「……何を言っているのです。
四方の札を探し、京を守るという役目があるのですよ。
八葉である以上、勝手な行動は慎んでもらいたい」
「君はそれを本気で言っているのかい? この私相手に?
ははははは、これは傑作だ。海賊相手に、勝手にするなと。
のん気な検非違使別当殿だね」
「何を……!!」
全く、紫姫と泉水が頑張ってるときに、この二人は……
「いい加減にしてくださいよ、二人とも!
ここで言い合ってたって、何もいいこと無いじゃないですか」
「そ、そうですよ! 二人とも仲良くしましょうよ」
ほら、花梨ちゃんも焦ってるじゃないの!
「仲良く、と言われましても……」
「幸鷹殿と私は、相容れぬ立場だからね。そうもいくまいよ」
「私は翡翠殿にもっと緊張感を持ってもらいたいのです」
「そうは言われてもね、私は京の人間じゃないし、
神子殿やほど優しくもない。
京がどうなろうと、私には『関係ない』のだよ」
まぁ、確かにそう思うのも仕方ないのかもしれないけど……。
「今まで手伝ってきたわけだし、院や帝に憑いていた怨霊も消えた。
もう十分だろう。私は、面倒は嫌いなのだよ、暑苦しいのもね」
「……何を言っても、無駄ということか」
「そういうことだ」
そしてまた険悪な雰囲気になってきたし……。
「翡翠さんの考えも確かに解りますけど、
やっぱりあなたは地の白虎だから、これからも手伝ってもらわなきゃ。
無理強いをしたいわけじゃないですけど」
「そうは言われてもねぇ、。やはり私には向かないよ」
そう言って翡翠さんはあたしたちに背中を向けて……
「では、これで。楽しかったよ、神子殿、」
そしてそのまま、部屋から出て行ってしまった。
「翡翠さん! 追いかけなきゃ!」
「いけません。
紫姫にも、今日は外出しないように言われておりましたよね?」
慌てて翡翠さんを追いかけようとする花梨ちゃんを、
逆に幸鷹さんが止めた。
「でも……」
やっぱり花梨ちゃんは翡翠さんを止めたいみたいだ。
だけど、それでも部屋から出すわけにはいかないし……
「彼を追ってきます。ここで待っていてください」
あたしが答えを出す前に、そう言った幸鷹さんは走り出していた。
「大丈夫かな……」
「心配だよね……ちょっと、あたしも行ってくるね」
「はい、お願いします、さん」
また言い合いになると、
花梨ちゃんも外に出ちゃいそうだしね……。
「あ、さんも庭で追いついたみたい……。
なんか言い合いになってるみたいに見えるんだけど、
本当に大丈夫かな……」
…………。
「……よし、様子を見に行こう!」
「だから、ちょっと落ち着いてくださいってば、二人とも!」
「は黙っていなさい。
……幸鷹殿、君は伊予に赴任してきた時も仕事熱心だったが
あの時、人がついてこなかったのを覚えていないようだな」
「(あっ、いた!)」
「すべての人間が、君と同じ理想を持っているわけではない。
私とて同じだ」
「しかし、天から与えられた役目を果たさぬ言い訳にはなりませんよ」
「幸鷹さんの言ってることも、翡翠さんの言ってることも正しいです。
でも、ちょっと落ち着いてあたしの話を聞いてくださ……
…………?」
これじゃラチがあかない……と思っていたあたしの耳に、
誰かが近づいてくる音が入ってきた。
「……神子殿」
翡翠さんが、近づいてきたその人の名を呼んだ。
「花梨ちゃん!」
部屋から出たら、危ないんじゃ……!
「(あれ……)」
あたしがそう思った直後、花梨ちゃんはふらついてしまう。
「花梨ちゃん!!」
「神子殿、どうかされましたか!?」
「なんか……気持ち悪い……」
「神子殿、しっかりしたまえ。部屋まで戻れるかい?」
「なんだか気持ち悪くて……」
嫌な感じがする……」
「…………花梨ちゃんを部屋に運んでもらえませんか」
「え、ええ、解りました」
「これは……穢れか何かなのか?」
おそらく、翡翠さんの言うことは正解だろう。
造花の力がまだ花梨ちゃんに馴染みきってないから、
穢れを受けてしまったんだと思う。
「こうやって中に戻ってくると、平気みたい……」
「すまなかったね、神子殿。
まだ花弁の清めの力が、君の身にたまっていなかったのだね」
「もう、具合もよろしいようですね。
私がいたらないばかりに、ご迷惑をかけてしまって……。
申し訳ない」
良かった、白虎組も自分たちの行いに反省はしてくれたみたい。
「あたしも、何もできなくてごめんね、花梨ちゃん」
「いえ、紫姫に出ちゃいけないって言われてたのは私ですから」
あたしが気にしないようにと、花梨ちゃんは笑顔で答えてくれた。
直後、紫姫と泉水が戻ってきて、
紫姫は顔色の悪い花梨ちゃんを見て、もう一度、
彼女が穢れに弱いことを覚えておくようにと、注意を促した。
それから、花梨ちゃんは泉水にも夢解きをしてもらったのだ。
花梨ちゃんが夢で龍を見たのは、
龍神が現れる未来を見たのではないか。
京を斜めに横切っていた壁は、壁状の結界なのではないか。
そしてそれが、陰気と陽気を分けているのではないか……。
それなら、まだ京の気が安定しない理由にもなるのだという。
「気にかかることはたくさんありますが……
ともあれ、今は四方の札を探しましょう」
「そうだね」
それが一番良さそうだしね。
「占いの結果をお知らせしますわ。
京の陰陽の気が分かれ、
占いで見通せるものは少なかったのですが……。
西の札を探すには、
天地の白虎のお二人と神護寺に行く必要があります」
「私も行くのかい? 面倒なことだねぇ……」
紫姫の言葉を聞いて、また翡翠さんがめんどくさそうに言う。
「…………。
先ほど神子殿にご迷惑をかけたばかりでしょう」
「言われるまでもないよ。
なんでも取り仕切ろうとされると気分がよくないねぇ」
「…………」
「二人とも……」
あーもう、ほんとにこの二人は学習しないなぁ!
「二人は天地の白虎なんだから、
協力しないといけないと思うんですけど!」
「ええ、その通りです、殿。そうでなければ、神子は完全な力を
発揮できないままになってしまうでしょう……」
半分キレてるような口調のあたしに、泉水が口添えをしてくれた。
「……お話、理解できました。
四方の札入手のため、最善を尽くします」
「まあ、今日は確かに迷惑をかけたからね。
もうしばらくおつきあいするさ」
「はい、よろしくお願いします。明日から頑張りましょう」
やっと、花梨ちゃんも安心したみたいだね。
(一番理解がありそうに見えて、なかなか大変だなぁ、白虎組……)
「では、私たちは、今日はこれで失礼します。
ゆっくり休んでください」
「では神子様、明日からよろしくお願いしますね。
今日はもう遅いですし、これで失礼いたします」
「あたしも帰るね。 おやすみ、花梨ちゃん」
「はい、お休みなさい」
「明日は神護寺かぁ……」
気を引き締めていかないと!