……――遙か遠い昔の話である。
          人々は、輝血の大蛇に苦しめられていた。

          その苦しみから逃れるため、
          毎年一人ずつ生贄を差し出してその荒ぶる神を静めようとした。

          大蛇の力はあまりに強大で、当時、
          大蛇を倒そうなどとは誰も考えなかった。


          だが、八人の生贄の少女のうち、最後の一人が立ち上がった。

          彼女は、大蛇に立ち向かい戦うべきだと人々を諭し、
          やがて仲間を率いるようになった。






          しかし、それからしばらく苦しい戦いが続いた。
          もう戦力も完全に失われそうなったとき――龍神が現れた。

          娘の祈りに応え、人々を大蛇から救おうとそこに現れたのである。



          娘の祈りが通じたのか、大蛇は姿を消し、
          平和になった豊葦原に中つ国が作られた。

          その後、中つ国の王が願えば、龍が加護を与えると言われてきた。

          だからこそ、中つ国の王家に連なる者は龍の加護を受けた神の子、
          「神子」と呼ばれている。

          龍神の神子は、龍神を呼ぶことができるとされた。











          ――――その少女が亡くなってから、長らく時空が経った日。
          再び豊葦原に輝血の大蛇が現れた。

          人々は大蛇を恐れ、
          これを鎮めるためには生贄を差し出すしかないと考え始める。



          そんなとき、神気を纏った一人の少女が現れた。
          彼女は祈りを捧げ龍神を呼び、大蛇を鎮め豊葦原の平和を取り戻した。

          その少女こそが、次代の龍神の神子だったのである。

          人々は喜び、その少女を讃えた。
          だが…………





          次代の神子には、龍神を呼んだことが大きな負担として現われ、
          まもなくして還らぬ人となってしまったのであった。

          それを哀しく思った龍神は、そのさらに次代の神子に
          “牡丹の姫”という、神子を援助する者を遣わすことにした。










          牡丹の姫――
          その名の由来は、牡丹の咲く季節にあった。

          牡丹は夏の花。夏の暑さにも負けずに咲く花。
          その牡丹のような強き姫であれ、という意味を込めて付けられたという。



          牡丹の姫に出来ることは、いくつかある。
          特に、戦に関しては群を抜いて活躍して見せた。
          
          その代の神子は、牡丹の姫の助けにより大蛇を倒すことが出来た。
          神子自身も、もちろん牡丹の姫も自らの身を滅ぼすことなく。





          それ以来龍神は、神子に牡丹の姫を遣わした。
          牡丹の姫に選ばれる者は、多種様々な立場に在る者であった。



          龍神の神子と、牡丹の姫。

          神子が己の力に飲み込まれぬよう、牡丹の姫がいる。
          そして、牡丹の姫が充分に力を発揮できるよう、神子がいる。


          二人は、互いに互いを力を引き出す存在となるのであった。























          「……と、あたしが龍神から託された話は、こんな感じ」

          「牡丹の姫様については、
           龍神の神子様以上に残された資料が少ないのです。
           ですから、私たちも御伽話だと思っておりました……」

          「でも……牡丹の姫は実在していた、ってことだよね?」

          「はい……」


          そっか……牡丹の姫って、
          みんなの中では御伽話みたいな位置にあるんだ。

          神話って言ってもいいのかな?つまり『古事記』って感じ?





          「確かに資料は少ないのです。
           ですが、先代の神子様に仕えた星の一族の者が……」

          「どうかしたの?」

          「その者が、日記を付けていたようなのです。
           それによると、百年前にいらした神子様にも、
           牡丹の姫様が遣わされたとのことですわ」


          そうなんだ……!

          じゃあ、あかねちゃんたちのときにも牡丹の姫がいたってこと?
          ゲームには、そんな展開なかったけど……。











          「まぁ、ゲームはゲーム。これはこれ、だよね!」

          「殿……げぇむ、とは一体……?」


          あ、泉水が困惑してる。





          「ううん、何でもないよ!
           ……ってか、ごめんなさい! 敬語とか敬称、忘れてた……!」


          一応失礼が無いように頑張ってたのに……!





          「お気になさらないで下さい、牡丹の姫様。
           私は神子様と同じく、牡丹の姫様にも仕える者でございます。

           そのように丁寧にお話されなくても、大丈夫ですわ」

          「そ、そっか……ありがとう、紫姫」

          「私も気にしておりません。
           どうか、殿のお話しやすいようにしてください」

          「泉水も、ありがとう!」


          良かった!
          あたし、口が悪いからずっと敬語なんて疲れるんだよね……。

          もっと慣れておかないと駄目かな?










          「じゃあ、改めて自己紹介するね! 私は! 二十歳!
           花梨ちゃんには分かるだろうけど、大学生なんだ」

          「わぁ、じゃあ先輩なんですね!」

          「まぁ、そーゆーことになるかな。
           でも気なんか使わなくていいからね!」

          「は、はい!」


          花梨ちゃん、緊張してるっぽい。なんか可愛いな!





          「……さてと。じゃ、あたし今日のところは帰るね」

          「牡丹の姫様、
           あなた様も異世界からいらっしゃったのですよね?」

          「うん、そうだよ」

          「では、身をお寄せになる場所が無いのでは……?」


          あ、そーいえばそうかも。





          「さんも、ここに住めばいいんじゃないですか?
           ねっ、いいよね、紫姫?」

          「はい、私は喜んで牡丹の姫様をお迎え致しますわ」

          「私もお二人の意見に賛成致します。どうでしょう、殿?」

          「うーん……」


          三人はこう言ってくれてるけど……









          「……ごめん。あたし、ちょっとお世話になった人がいるから、
           その人に挨拶してきたいんだ」


          勝真さん……

          さっき慌しく別れちゃったけど、
          泉水に会えたこととか報告したいよね。






          「で、でしたら、そのお方にお会いした後に
          こちらに戻ってきては……?」

          「……やっぱ、やめとく。ごめんね、紫姫」

          「……申し訳ありません、
          私に何か至らぬ点がございましたでしょうか……?」


          やばっ、落ち込んじゃった……!?





          「そんなんじゃないよ! ただ……」

          「ただ?」

          「あたしがお世話になった人って、帝側の人なんだ」

          「え!」


          あ、花梨ちゃんがビックリしてる。
          まぁ、この勢力争い自体うちらにしてみればビックリな事だしね。





          「はっきり言って、あたしには帝側とか院側とか関係ないんだ。
           頑張ってる花梨ちゃんの手伝いがしたいだけ」

          「さん……」

          「でも、院側の泉水が出入りしてる館に、
          帝側っぽいあたしがいたら周りがうるさそうでしょ?」

          「確かにそれもございますが……」


          だから、紫姫の館には住まない方がいいと思うんだよね……。










          「大丈夫だよ、そのお世話になった人にも相談してみるし。
           けっこう優しい人みたいだから」

          「……それなら、大丈夫ですよね」

          「そうだよ! 花梨ちゃんが心配することじゃないよ。
           その人が住んでる場所も分かってるもの。
           とりあえず、そこに行ってみるね」


          (思いがけずも)さっき確認しといて正解だったな!





          「左京八条に行きたいんだ。
           何度も申し訳ないんだけど、泉水、道案内お願いできるかな……?」

          「解りました、お任せください」

          「ありがとう!!」


          さぁ、とりあえず勝真さんに挨拶に行こう!







左京八条へ!!