花梨ちゃんのところに行かなくなって、今日で五日目だけど……




          「勝真さんも完全に回復したし、あたしもリフレッシュできたし、
           そろそろ四方の札探しに参加したいなぁ……」


          そんなことを考えていたあたしのところへ、
          今日はお休みだと言っていた勝真さんがやって来た。





          「……よう、。起きてるか」

          「おはようございます、勝真さん。
           今日は、お仕事はお休みなんですよね」

          「…………ああ」


          あれ? なんだか勝真さんの様子が……。





          「あの……どうかしましたか?」

          「どうもしてねぇよ」

          「何かあったんじゃないですか?」

          「別に」


          こ、これが取り付く島もないってやつなんだろうか……。










          「…………すまない、
           お前にあたってもしょうがないのにな」


          そう言って、勝真さんは苦笑した。

          でも、本当にどうしたんだろう……
          大丈夫かな……?





          「さっき、イサトに会ったんだ」

          「えっ、イサトくんが来てるんですか?」

          「いいや、あいつは帰った」

          「そうなんですか、何か用事が……?」


          イサトくんは勝真さんを嫌悪しているわけではないし、
          すぐに帰っちゃうのももったいないとゆうか……。





          「…………俺は、あいつに負い目があるんだ」

          「負い目……?」


          どういうことだろう……?

          それに、やっぱり今日の勝真さんは様子が変だ。





          「、お前に聞いてほしいことがある。
           今から出掛けないか……?」


          様子がおかしい勝真さんの申し出に対し、
          断るすべをあたしは持ち合わせているわけがなかった。






















          「えーっと……ここは伏見稲荷ですか?」


          お稲荷様がいらっしゃるし……。





          「…………よく知ってるな」

          「だから、地理は解らないけど知識はあるんですよ。
           あたしは初めから、そうだったでしょう?」


          少しおどけた感じでそう言うと、勝真さんは笑い返してくれた。
          ……だけど、そのまま何も言わずに黙っている。






          「……あの、勝真さん」

          「なんだ?」

          「あたし、ちょっと向こうの方を散策してきます。
           あたしに用があるときは、声をかけてください」




          
「話したければ、俺から話すさ。
           そうじゃないから言わないだけだ」





          ……黙っているということは、相当話しにくいことなんだ。
          だったら、話せるタイミングになるまで待っていればいい。






          「…………」


          そしてその場を離れようとしたとき、
          勝真さんがあたしの手をとった。






          「すまない、気を遣わせたな。
           だが、よかったら今、聞いてくれ」


          再び苦笑に近い笑みを浮かべ、勝真さんはそう言った。





          「口に出すことがないまま、
           ずっと生きていくことはできないと思うから」


          どういうことだろう……。

          あたしは少し気になったが、
          口にはせずに勝真さんの話に耳を傾けた。











          「朝、イサトに会って立ち話をした。

           あいつは花梨を龍神の神子、お前を牡丹の姫だと信じていて、
           そしてお前たちと共に戦えることを誇りに思っていた。

           反面、あいつはお前たちが貴族ではないことを、よく思っているようだった」


          イサトくん、あたしが牡丹の姫だということも信じてくれたんだ……。
          なんだか、嬉しいな。





          「あいつの家族が以前、
           俺の家で働いていたことは言ったよな?」

          「あ、えっと、はい」


          前に、船岡山で少し話してもらったよね……。





          「子どもだった頃の俺たちは、よく一緒に遊んでいたし、
           身分なんか気にしていなかった。

           数年ぶりに互いのことを話したから、俺は浮かれていたんだろう。
           あいつに、以前のように俺の屋敷に戻ってこないかと、切り出した」


          勝真さんにとって、イサトくんとの思い出は大切なものなんだね。
          だったら、戻ってこないかって言うのも解る気がする。





          「それで、イサトくんは何て言ったんですか?」

          「……あいつは、一瞬言葉が出ないようだった」

          「え……?」


          どうして……?





          「そのとき初めて気づいたんだ。
           イサトの貴族嫌いの原因が、俺の家であることに」


          そう言った勝真さんの顔は、いつもより落ち込んでいるようだった。













          「……もう、八年前になるか。
           京に大火事が起こったんだ。左京の下のほうだ。

           貴族の館なんかはなくて、
           庶民が住むその地域が俺たちの遊び場だった。
           その日も俺たちはそこにいて、火事に巻き込まれたんだ」


          この世界の、この時代での火事というものは、
          本当にすごい災害なんだろう。

          あたしたちの世界みたいに、消防車なんでものは無い。
          怪我人を運び込めるような大きな病院も、存在していない。






          「例にないほどの大火事だった。

           火の中を逃げていると……
           俺とイサトは、いつのまにかはぐれちまっていた」

          「……きっと、すごい火事だったんですね。
           それで、イサトくんはどうなったんですか?」

          「イサトは俺と離れた後、火事からうまく逃げ出せた。

           そして、やってきた武士に、
           俺が火事の中にいることを知らせたんだ。

           あいつは俺の家の家人で、
           やってきた武士たちは俺の親類の手の者で……」


          結果的には、イサトくんと勝真さんに
          大事は無かったってことだろうけど……





          「勝真さんを探しに、その人たちは来てくれたんですね」

          「あぁ……親父が親戚の武士たちを差し向けてくれたのは、ありがたいことさ。
           こうして俺は生きてる。それは親父と武士たちのおかげだからな。

           だけど、あいつら、本当に俺しか助けなかったんだ。
           目の前の火事で人が死んでいくってのに、家は燃えてるのに!」


          勝真さん…………





          「俺を倒れた家の影からひっぱりだして、
           それだけでその場から撤退しやがった!」


          勝真さんが、徐々に声を荒げていった。
          だけどあたしは、それが怖いとは思わない。

          だって、なんだか泣いているように思えたから………。













          「あのとき、武士たちが火を消すのを手伝っていたなら……
           俺以外の人も、助けていたなら……。

           助かったはずの人が大勢いた。
           だが、貴族じゃないって理由で無視されたんだ!!」


          勝真さんは、そのままいろんなことを話してくれた。



          その火事の後、たくさんの人が亡くなったのは勝真さんのせいではないと、
          お父さんに言われたらしい。

          だけど、勝真さんはそうは思っていない。
          誰にも理解されなくてもいいから、そう思いたくないのだ、と……。


          そして、少しは人のためになれるような気がして、京職の仕事をしている。
          それが、無駄なことだとは解っていても。



          だけど、京のために、人のためにだなんて、幻想にすぎない。
          自分は、何も出来ていない……。










          「いつしか、俺は諦めた。諦めるしかないと思った。

           この居心地の悪さ、罪悪感を抱えたまま
           生きていくしかないと思い始めたとき……」


          そんなときに現れたのが、花梨ちゃんやあたしだったのだ。



          勝真さんは初め、どうしてあたしたちが京のために動けるのか
          不思議に思い、そして信じることが出来なかった。

          龍神の神子や牡丹の姫として京を守るなんて、嫌にならないのか。
          院や帝の信頼を得られなくて、嫌にならなかったのか……。





          「でも、あたしにもやれることがあるのは、いいことだと思いますしね」


          ずっと黙っていたあたしが口にした言葉を聞いて、
          勝真さんは一瞬目を見開いた。





          「、お前……俺の話を聞いていなかったのか?」

          「いいえ、ちゃんと聞いてましたよ」

          「それなら、なんで……。

           無駄になるって解ってても、お前はそう言うのか?
           どうしてそんなふうに思えるんだ……?」


          あたしは次の言葉を言おうとして、口にする前にそれを飲み込んだ。
          今はまだ、勝真さんの話に耳を傾けているべきだと思ったから。

          この人はまだ何か、話したがっている気がしたから……。














          「……俺はお前を見ていると、諦めたくなかった自分を思い出してしまう。
           そして気づく。自分が言い訳ばかりだということに。

           自分が貴族だから、こういう社会だから……
           そうやって言い訳をしちまう」


          勝真さんが、どうして最初から諦めてしまっているのか。
          そして、どうしてあたしのことを心から信じられないでいたのか。


          それは、この世界の、京の風習が関係しているに違いない。
          もちろん、それだけが原因だというわけではないけれど……

          だけど、この人はそれをただの言い訳でしかないと思っている。



          ――この人は、自分のことを、自分の思っていることを、
          たくさん話してくれた。

          ならば、あたしもそれに答えなければいけない。







次は自分の番だと思いながら、勝真さんに向かってあたしは話し出した。