西の札のある祠への道が開く日まで、
あたしたちは引き続き五行の力を高めていった。
そして、ついに……西の札を手にする日がやってきた。
……勝真さんもたまたまお仕事が休みだったんだけど、
一緒には行かないって言った。
今回は西の札だから、白虎の二人が行くのが正解だろうって……。
……確かに、勝真さんの言うことは正しい気がする。
だから、あたしは花梨ちゃんと幸鷹さん、
翡翠さんの四人で神護寺へ向かった。
「誰かの妨害があろうがなかろうが、
用心するにこしたことはないよね」
「はい、さん」
白虎組は、ここに来る前にまた一騒動あったんだよね……。
(まったく、これ以上花梨ちゃんを困らせないでくださいよ!)
「この神護寺から、祠への道が開けるんでしたよね?」
「そのはずだがねぇ」
……!
「あ、鈴の音が……」
どうしたものか、と思っていたときに、
ときどき聞こえるあの鈴の音がした。
「ああ、神子殿、殿。
鈴の音に導かれ、祠への道が開きましたよ」
「えっ!? 私にはなんの変化もなく見えますよ!?」
「あたしにもです」
「私たち八葉にしか見えないのかもしれませんね。
神子殿や殿を祠まで導くのは、八葉の役目ということなのでしょう」
なるほど……。
「何が八葉の役目だ。馬鹿馬鹿しい」
素直に感心していたあたしの耳に、
なんだかあまり聞きたくないようなそんな声が入ってきた。
「宮様! どうしてここに……。
まさか、私たちの行く手を遮るおつもりなのでしょうか」
突然の和仁親王の登場に、幸鷹さんが身構える。
「そう身構えるな、別当殿。今日は、その海賊に用があるのだ」
え? 翡翠さんに……?
「私はアクラムから以前より大きな力を手に入れた。
お前なら、今、誰につくのが有利かわかるだろう?
私には手駒が必要だ」
「ご冗談を。あなたのために身を粉にするなど、私にはできませんね。
あなたのために闇に落ちる……
楽しそうな話ではありますが、ご免こうむりますよ」
和仁親王の申し出を、翡翠さんは迷いもせず断った。
この決断力は、さすがって感じだなぁ……。
「何を申す。下賤の者が、口のきき方を知らぬと見えるな。
東宮にならんとする私に、弓引くつもりか。
私は今であっても親王なのだぞ!?」
って、東宮は彰紋くんであって、和仁親王がなるわけじゃないよ!
「ははは、そのような些細なことは、心配するほどでもないですよ。
さもなくば、海賊などやっておりません」
「馬鹿にするな!」
「翡翠殿!
そのような不敬を見過ごすわけにはいかない!」
「忘れているようだから教えてあげよう、幸鷹殿。
そこの親王様は、京を呪詛し、穢した張本人だ。
それとも、もう忘れてしまったかな。君は職務熱心だからね」
「…………」
もう、何度やったら気が済むの、この二人は!
「花梨ちゃん、二人が険悪になりきる前に本題に入っちゃおう!」
「は、はい!」
あたしが小声で言うと、花梨ちゃんも賛成してくれた。
「和仁さん、あなたは……
私たちが札を手に入れるのを邪魔するの?」
そして花梨ちゃんが質問をした、
その直後に禍々しい鈴の音が聞こえた。
「……っ!? なに、今……」
「嫌な感じがしたんだけど……」
何だったの……?
「神子の力が通ったな。力を受けた白拍子が祠へ向かうぞ。
お前たちなど、わざわざ私が手を下す必要もなかろう。
白拍子ふぜいがちょうどいいさ」
「シリンが、祠へ向かったの!? 千歳の力で……?」
シリン本人は違うと言ったらしいけれど、
やっぱり彼女は千歳に従う形になっているんだ……。
「シリンは、アクラムに従ってたんじゃないの?」
花梨ちゃんも同じく疑問に思ったのか、そんなことを口にした。
「アクラムが力を貸しているのは、この私だけだ。
あんな下賤な女と私を一緒にするな、不愉快だ。
フフフ、今や私には力がある。必ず、東宮になる。
そして帝位を我が物にするんだ!」
「宮様。いかな親王とは言え、それは罪です。
おやめください」
だけど、幸鷹さんの言葉に答えることなく和仁親王は姿を消した。
「宮様……。
帝に、そして院に弓引くのはあなたではないですか……」
和仁親王は、本当に、
どうしてあそこまで東宮にこだわるのかな……。
……それにしても、やっぱりアクラムが何か怪しい気がする。
シリンも利用してる感じだし、千歳や和仁親王とも関わってるって、
絶対に何かある……。
「………しかし、京の秩序を守るのは私の仕事。
見過ごすわけにはいきません。
行きましょう、神子殿、殿。札を手に入れなければ」
あたしが考え込もうとしたのとほぼ同じくらいに、幸鷹さんが言った。
……そうだ、今は考え込んでる場合じゃない。
西の札を、手に入れなければ。
「はい、行きましょう」
あたしたちは、西の祠に向かった。
「ここが西の祠……? なんだか荒れてませんか」
「荒れているのは、この地の力を怨霊が奪っているからでしょう」
「シリンが待っていると宮様は言っていたが、見当たらないね」
確かに、見当たらない……
だけど、絶対どこかにいるはずなんだ。
「和仁親王の言葉からして、シリンが来ているのは間違いないです。
油断はせずに、用心した方がいいんじゃないですか?」
「そうですね、私も殿に賛成です」
そう言ったあたしの意見に、幸鷹さんが賛成してくれた。
「じゃあ、ちょっと慎重にいきましょうか」
「うん」
「その方がいいでしょう。
一枚目のお札ですし、用心は無駄にはなりません」
初めが肝心だよね!
「でも、もしシリンが何かしてるとして、
どうやって確かめたらいいのかな」
「近寄ってみたら解るんじゃないかな」
「そうですね。あの祠まで、どうやって行けばいいのかな。
ちょっとだけ近づいてみよう」
「待って、花梨ちゃ……」
用心していこうって言ったそばから、無闇に祠に近づくなんて危ない!
そう思って、花梨ちゃんを止めようとしたとき……
何かの気配を感じ、次の瞬間には身体が動いていた。
ゴオオォォ
「神子殿!」
ザァッ……!
「な、なに!?」
「……花梨ちゃん、怪我はない?」
「は、はいっ!」
何かに突き動かされたように走り出したあたしは、
花梨ちゃんを狙って放たれた攻撃を、扇で返していた。
「今のが、殿の力……?」
「おやおや、も頑張るね。
――シリン、失敗したよ。
隠れていても、もう無駄だ。姿を見せたまえ」
「守られてばっかりで、けっこうなご身分だねぇ。
ああ、うらやましいこと」
「シリン!」
攻撃が放たれた辺りから、シリンが姿を現した。
やっぱり、あたしたちを攻撃する機会を窺ってたんだ……。
「失礼な物言いはおやめなさい。
言葉の穢れは、自身を穢しますよ」
「こんな時まで、相手の心配をしなくてもいいと思うのだがねぇ」
幸鷹さんの言葉に半ば呆れながらそう言った翡翠さんは、
花梨ちゃんのもとを離れて、何故かシリンの方に歩み寄った。
「しかし残念だったね、シリン。
神子殿に祠を開けさせ、札を奪い取ろうとした作戦……
失敗してしまったようだ」
「翡翠殿……?」
「翡翠さん、どうしてシリンのそばになんか……。
(不安だけど、今は黙っていよう……)」
「…………」
翡翠さんが何を考えているのか、正直解らない……。
だけど、花梨ちゃんが翡翠さんを信じて黙っているのならば、
あたしもそれに従おうと思う。
そう思い、あたしは事のなりゆきを見守ることにした。