西の札探しにはあんまり貢献できなかったから……
あたしはかなりやる気満々で、
花梨ちゃんや朱雀の二人と共に宇治橋へ向かった。
そこでは軍荼利明王が待っていて、解らないことを教えてもらった。
例えば、四方の札は星の一族が明王の力を収めたものだとか、
その力は正しく使わないと危険なものでしかなくて
きちんと使えるのは、同じ四神に属する天地の八葉と神子だとか。
そして、大威徳明王のとき同じように、
朱雀の二人に対して課題が出されたのだ。
(てか、大学もこういう課題なら喜んでやるのになぁ……)
天の朱雀であるイサトくんは、優しさの本質を探しに行くこと。
火属性の封印札がある状態で、龍神の神子、
天地の朱雀と牡丹の姫で石原の里へ行くみたい。
地の朱雀である彰紋くんへの課題は、言うは容易く、行うは難しいこと。
土属性の封印札がある状態で、同じくこの四人で随心院に行くんだって。
「二人とも課題をなし遂げたら、
あなた方のため一日だけ祠への道を開きましょう」
「解りました、やってみます」
「待っていますよ……」
そう言って消えるのかと思いきや、
軍荼利明王はあたしにだけ聞こえるように、言った。
「牡丹の姫よ、あなたが八葉と神子に同行する意味も、
もちろんあるのですよ。
それを忘れずに、どうか彼らと共に課題をなし遂げてください」
それは、あの人が言っていたことと、通じるものがあった。
「はい……解りました」
あたしも軍荼利明王にだけ聞こえるように、心の中で返事をした。
あれからすぐに、あたしたちは石原の里へと来ていた。
「軍荼利明王は石原の里に行くよう言ってたけど……
ここでの課題は、一体なんだろう?誰もいないね……わっ!?」
「花梨ちゃん!?」
「大丈夫か、花梨!?」
「お怪我は、ありませんか?」
どうしようか、とあたしが言う前に、
花梨ちゃんが突然転んでしまった。
本当に突然のことだったから、あたしやイサトくん、
彰紋くんも妙に慌ててしまう。
「だ……大丈夫。ごめん……」
「それなら良かった」
とりあえず、一安心だね。
「……うん?何だよ、これ。
道の真ん中に穴があいてんじゃん」
イサトくんのその言葉に従って目を向けると、割と大きな穴があった。
(てか、明らかに危ないだろ、これ……)
「本当だ、地面に穴が開いてる。
危ないから、この穴をみんなで埋めようか」
「そうだな。また誰かが躓くといけないからな」
「あっ……そうですね。では、穴を埋めることにしましょう」
「ああ。じゃあ、早いとこやっちまおうぜ」
と、花梨ちゃんの提案とそれにイサトくんが賛成したことで
いつの間にか穴埋め作業が始まっていた。
はっとしたあたしも、急いでその作業に加わる。
「あんたたち、ここでいったい何をしてるんだい?」
と、そのときに通りすがりのお婆さんに声をかけられた。
「見ての通り、道にあいた穴を埋め戻してんだよ」
「そんなことをして、
一体あんたに何の得があるっていうんだい?」
「なんだと?」
「僕たち、そんなつもりでやってるんじゃないんです。
ただ、危ないから……」
彰紋くんがそう言うも、お婆さんはどこか納得のいかないようだ。
眉間に皴が寄っている状態で話し続ける。
「ふん、善人ぶって。どうせ裏があるんだろ。
この末法の世で、誰が人のことまで気にかけるもんか。
あんたたちが何をしたところで、あたしゃ感謝したりしないよ。
むしろ腹が立つね」
…………本音を言えば、そこで言い返したかったんだけど。
『あなたが八葉と神子に同行する意味も、もちろんあるのですよ』
軍荼利明王のその言葉が引っかかっていたので、
あたしは言おうとしたことを、あえて飲み込んだ。
そして、そのお婆さんの方は、
言うだけ言ってそのまま立ち去っていった。
「そんなつもりじゃないのに。
親切のつもりでも、人を不快にしてしまうんでしょうか」
「まぁ、人それぞれで感じ方って違うしね」
とらえ方も、人の数だけあるんだろうし。
「いいじゃん別に、見てないうちにやっちまえば。
感謝されたいわけじゃねぇし、自分の気は済む。
で、怪我する奴もいなくなるし。
なぁ、花梨。
お前だって、こうすんのが必要だと思うからやってんだろ?」
「うん、そうだね。
やっぱり転んだりすると痛くて、むっとしちゃうと思うし……
そうならないようになるとみんなが幸せだよね」
花梨ちゃんのその言葉に、イサトくんは面食らったようだった。
「へぇ、お前わかってんじゃん」
「そうかな。
今のイサトくんがやってることを考えたら、そう思ったんだよ。
イサトくんの優しさも、大切なことだと思うよ」
「なんだよ、それ。優しいってのは、
誰かを甘やかすことを言うんだろ?」
「みんなが気持ちよく過ごせるようにやろうと、思ったことでしょう?
それは、別け隔てなく優しいからできることなんだと思うよ」
「へえ、こんなのも優しさって言うのか……」
イサトくんがそうつぶやくと辺りが一瞬だけ光に包まれ、
鈴の音が聞こえた。
「天の朱雀よ。
それも優しさの一つの形。あなたの中にある力です」
「じゃあ、これでイサトくんは課題をなし遂げたんですね!」
「あなた方の心の絆を、一つ確かめさせてもらいました。
どうかそれを忘れないで。その『優しさ』が、札の力を引き出すことを」
そっか……札の力を引き出すのは、その人に力があるから……
とかじゃあないんだね。
その人の元々持っているものが、力を引き出すんだ。
「これもお前のおかげだな、花梨!」
「あなたは、知らず知らずの間に八葉に正しい道を示してくれる。
さすがは神子ですね。
僕も、イサトの中の優しさを見い出すことができたと思います。
ご一緒してよかった」
あ、そっか!
天地の八葉が一緒に行動することにも、意味はあるんだね。
(白虎のときは行かなかったから、知らなかった……。)
でも、とにかく、あたしはやっぱり黙っていて正解だったのかもしれない。
花梨ちゃんの言葉が、イサトくんに“優しさ”の一つを教えてくれたから。
あたしが余計なことを言って場を掻き乱したら、ダメだったんだよね。
「牡丹の姫よ。
見守ることの大切さを、理解したようですね」
宇治橋のときと同じように、
軍荼利明王はまたあたしだけに語りかけてきた。
どうやら、あたしも牡丹の姫としてちゃんとやれているようだ。
「何かをこなすことが、何か試練を乗り越えることだけが、
課題ではないってことなんですね」
心の中で、軍荼利明王に語りかけてみる。
「そうですね……あなたの言う通りです。
あなたにはこの先も、
八葉や神子とはまた違った課題が与えられるでしょう」
それ以上のことは、軍荼利明王も教えられないようだ。
あまり詳しくは、語ってくれなかった。
「次は地の朱雀が、札を手にするために課題をなし遂げる番です。
土の封印札を用意して、随心院に向かいなさい。待っていますよ」
そう言った明王様の気配は、そこで消えた気がした。
「次は僕の番ですね。
どんな課題かわかりませんが、精一杯、頑張ります」
「じゃあ、随心院に行こっか!」
そうしてあたしたちは、今度は随心院へ向かった。