「軍荼利明王は随心院に行けとしか言わなかったけど……
           ここでの課題は、いったい何だろう?」


          しかも、軍荼利明王はあえて課題を伏せるって言ってたしね。





          「イサトはもう明王の課題を無事終えたことですし、
           僕も頑張ります」


          彰紋くんがそう言った後、陰陽師の格好をした人が現れた。





          「ここは……寺になっているのか?
           あの方はいずこに?」

          「えっ……? あの方って?」


          ちょっと待って、この人、なんか変な感じが……





          「おい、こいつ……」

          「何かに取り憑かれてる?」


          言いかけたイサトくんにあたしがそう聞くと、
          イサトくんが頷いてくれた。











          「あなたは、いったい誰なんですか?」

          「私は深草少将……
           今は魂だけの存在になり、この陰陽師の体を借りている」

          「深草少将の霊? そう言われても……」


          陰陽師……いや、深草少将の霊に花梨ちゃんは戸惑っている。
          でも、とにかく、霊がこの世に留まっているということは……





          「少将は、何か心残りが……?」

          「魂だけになっても、こうしてやって来るんだ。
           そういうこったろうな」


          あたしの言葉に、イサトくんは再び同意してくれる。
          そして、深草少将は詳細を話し始めた。












          「ここは以前、和歌の道に優れた美しい方の屋敷であった。

           私はあの方に恋焦がれ……それを知ったあの方は、
           百夜通ってくれば私の心を受け入れると約束された」


          …………あれ?
          なんかこの話、どこかで聞いたことがあるような……





          「そこで私は、毎晩ここにあったあの方の屋敷を訪れた。
           しかし九十九夜目の晩……」

          「その方のもとへ向かう途中、あなたは、
           命を落とされたのでしたね」


          あーーーっ!

          百夜通い! 小町のやつだよね……知ってる知ってる!
          (だてに大学で日本文学を勉強してないよ!)











          「……すまないが、私を中まで案内してもらえないだろうか」

          「いいですよ。さあ、こちらへ」


          そのまま深草少将(の霊)を彰紋くんが案内しようとすると、
          イサトくんが待ったをかけた。





          「おい、ちょっと待て! そいつは亡霊だろ」

          「そうですね」

          「言いたかないが、亡霊ってのはやばいんだよ……恨みとか持ってること多いし。
           親切にしてやると、どんどん次を要求するし。念仏でも唱えてやれよ」


          まぁ、イサトくんの言ってることは、最もだけど……





          「でも、願いを叶えてさしあげた方が、心残りがなくなるでしょう?」


          彰紋くんの言うことも解るしなぁ……。





          「心配してくれてありがとう。
           すぐ戻ってきますから、待っていてください。

           では、参りましょうか」

          「ありがとう。これで私も、思い残すことはない」


          イサトくんの忠告をちゃんと聞きはしたけれど、
          結局彰紋くんは、深草少将と一緒に行ってしまった。












          「東宮だってのに、なんだってそんなにいちいち親身になるんだ?
           身がもたねぇぞ」


          確かに、イサトくんにしてみれば、
          身分の高い人って冷酷なイメージがあるのかもしれない。

          実際に、そういう身分の差を痛感してきただろうし……

          でも……。





          「彰紋くんにとって、
           困ってる人を助けるのに身分は関係ないんじゃないかな?」


          たぶん、身分とかそんなの一切考えてなくて、
          純粋に相手のことを思っているんだろう。





          「彰紋くんのこと、よく理解できるいい機会かもしれないよ。
           だから、あたしたちはここで待ってよう!」

          「…………そう、だな」


          イサトくんは、しぶしぶながら返事をしてくれて、
          少しした後、彰紋くんも戻ってきた。














          「深草少将の霊を、随心院の中までお連れしてきました。
           あの方は、とても懐かしそうにしておいででしたよ」

          「そっか……良かったね!」

          「その少将とやらの霊も、これで満足しただろうな」


          きっと、そうだよね。





          「ええ、あの方は相手の方を決して恨んでなどいませんでした。
           魂となってここへ来たのは……

           通うことができたら相手はきっと応えてくれたと、
           信じていたからだと思います」

          「それに、霊となってしまったけれど、
           ちゃんと“百夜”通いたかったんじゃないかな」

          「はい……そうですね」


          彼にとって、今日が、その百夜目だったのかもしれない。





          「心残りがなくなったのは、いいことだよね。
           きっと……本当に相手の女の人を好きだったんだね」

          「……! そうですね。僕もそう思います。
           たった一つのことを真剣に思う純粋な心を、真心、というのですよね。

           あの方のたった一つの望みを叶えるお手伝いができて、
           本当によかった」


          彰紋くんがそう言った直後、また鈴の音が聞こえた。
          おそらく、これは……軍荼利明王の現れるサインだ。











          「地の朱雀よ、あなたの真心をしかと見せてもらいました。
           真心とは、そのもののために親身になって尽くす心。

           それは言うはたやすく、行うは難しいことなのです」

          「そうか、真心を示すことが彰紋の課題だったのか!」

          「じゃあ、これで彰紋くんは課題をなし遂げたんですね!」


          てか、あたしは何もしてないけど、
          大丈夫だったのかな……!?





          「あなた方の心の絆を一つ確かめさせてもらいました。

           どうかそれを忘れないで。
           その『真心』が札の力を引き出すことを」

          「あなた方が、僕に気づかせてくださったんです。
           感謝します、花梨さん……そして、さん」

          「えっ、あたしも?」

          「はい」


          彰紋くんは笑顔でそう言ってくれたんだけど、
          あたしは自分が何かした覚えなんてなかった。
          (何か、いいこと言ったっけ……?)





          「俺も、彰紋が持つ真心、しかと見せてもらったぜ。
           やるじゃん、お前」


          と、とにかく、イサトくんも少しは彰紋くんを見直してくれたみたい。
          良かった!












          「あなた方が南の札を手にするにふさわしいこと、これでよく解りました。
           あなた方四人のため、十二月一日に南の祠への道を開きましょう。

           十二月一日に、もう一度宇治橋へおいでなさい」

          「ありがとうございます」

          「やったぜ、花梨! !」

          「ここまで頑張ってきたおかげですね」


          ごめん、あたしはほんとに
          何も出来てない気がするんだけど……!





          「牡丹の姫、あなたは自身が知らずうちに
           八葉に助言を与えていたのですよ」


          ええっ、本当ですか!?





          「見守ることも大切ですが、時には助言が必要なこともあります。
           そのとき、あなたがそれを成せるか否か……

           それが、此度のあなたに与えられた課題でした」


          そ、そうなんだ……

          自分じゃ全然解らなかったけれど、
          軍荼利明王は認めてくださったんですよね。





          「ええ……これからも、
           八葉と神子と、力を合わせていってください」


          解りました!

          あたしはまた、口には出さずに軍荼利明王とお話することが出来た。












          「じゃあ、十二月一日に宇治橋へ行きます」

          「そのとき、またお会いしましょう」

          「待っていますよ、龍神の神子、牡丹の姫……」


          そう言い残し、軍荼利明王は去っていった。






          「こうした僕たちの一歩一歩が直接、
           京を救うことに繋がってるんですね」

          「これから何が起きたって、俺たちだったら大丈夫さ。
           一緒に頑張ろうな!」

          「あたしもいるから、忘れないでね!」

          「もちろんですよ、さん!」


          この四方の札探し……

          課題を与えられるのは、神子と八葉だけじゃないみたいだ。
          あたし……牡丹の姫にも、課題は与えられている。



          西の札のときは、白虎の二人を心から信じること。
          南の札のときは、見守ること、時には助言することの大切さを知る。

          単純なことのようであって、どちらも実は深いことだった。


          …………だけど、このことは、あたしにしか知らされていない。
          それが何を意味するのか解らないけど……



          とにかく、あたしも気を引き締めてかからなきゃいけない。





そう思いながら、あたしはお邸への帰り道を歩いていた。