「うーん…………」
南の札を護る軍荼利明王に与えられた課題は、全てこなした。
だから花梨ちゃんと相談して、
十二月一日までは、またそれぞれで行動しようということになったのだ。
……とは言っても、あたしが出来るのは具現化くらいなんだけれど。
「でも、回復系のお札がたくさんあるに越したことないしね」
実は、こういう小さな作業こそ、めんどくさかったりするし。
「…………まぁ、具現化はいいとして」
あたしも、今のうちに気になってることを調べておきたいな。
……なんか幸鷹さんみたいだけど。
「と言っても、調べる手段が無いんだよね……」
図書寮にある本で、あたしたちに関係のありそうな本は
大方目を通したけど、どれも似たようなことが書かれていたし。
紫姫のお邸にも……
あまり、明確なことが書かれたものは無いみたいだし。
どうしたものか…………。
「……!」
そんな風に考え込んでいると、
突然ある場所の景色が思い浮かんだ。
「ここは……」
火之御子社だ……。
あたしに花梨ちゃんのような力があるとは到底思えないけれど……
景色が思い浮かんできたってことは、
ここに何かあるってことだよね……。
「…………うん、やっぱり調べた方がいいかも!」
でも、火之御子社ってここからけっこう遠かった気がする。
一人でちゃんと行けるかなぁ……。
…………。
「…………よーし!」
やっぱり、お願いするっきゃない!
「おはようございます、勝真さん!」
「あぁ、おはよう、」
火之御子社に行こうと決めたあたしがその足で向かったのは、
勝真さんの部屋だった。
「あの……
勝真さん、今日は何か予定とかありますか?」
確か昨日の夕ご飯のときに、お休みだとは言っていた気がする。
でも、用があるのかどうかは聞かなかったから……。
「今日は別に何も無いが……どうかしたのか?」
あたしが何かお願いしようとしてることなんて、お見通しのようで。
勝真さんは、そんなことを言った。
「あ、あの……火之御子社まで、連れてってもらえませんか?」
「火之御子社? なんだってそんな所に……」
まぁ、突然そんなことを言っても不思議に思われるのは解っていた。
だから、あたしは説明を加える。
「はっきりと言い切ることは、出来ないんですが……
火之御子社に、何かある気がするんです」
院や帝に憑いていた怨霊を祓う過程で、
花梨ちゃんは呪詛のある場所が一瞬見えた、と言っていた。
おそらくは、それと同じような原理なんだと思う。
科学的な根拠なんて何も無いんだけれど、そこに、何かがある。
感覚的な何かが、そう伝えてるんだ……。
「そこに、行かなきゃいけない気がするんです」
……そういえば、前に嫌な気配を追ってお邸を出たら、
その先にはアクラムがいたよね。
今回も、それと同じようなことなのかもしれない。
「火之御子社だと少し遠くて解りにくいし、
まだ一人では行けないと思って……」
だいたいの場所とかは解るんだけど……。
「…………解った、じゃあ火之御子社に行くか」
「本当ですか!?」
「あぁ、お前がそこまで言うんだ。それを、俺は信じる」
良かった…………。
……場所が解らないからついてきてほしい、だなんて。
これって、本当にただの我が侭なんだと思う。
でも、それでも勝真さんはついてきてくれるんだ。
あたしを、信じてくれてるんだ……。
そのことが嬉しいと思いつつも、
何があるのか気になったあたしは、早足に火之御子社へと向かった。
「火之御子社に着いたが……何か気配を感じるか?」
「えーと……」
もっと敷地の奥に行かなきゃいけないみたい、だけど……。
「……あっ!」
少し歩いた先に、あたしは見覚えのある人物を発見した。
「おい、。あれは……」
どうやら、勝真さんも気づいたようだ。
あれは……
「……シリン」
火之御子社にいたのは、シリンだったのだ。
花梨ちゃんや白虎の二人と西の札を取りに行った日以来、
彼女とは会っていなかった。
「……もしかすると、
お前が感じたここにある“何か”ってのは……」
「はい……シリンのことかもしれません」
この前は、何か嫌な気配に従って向かった先に、アクラム。
今日は、シリンがいる。
鬼に会える、ってわけでもないと思うけれど、会いたいと思っていた人のところに、
あたしの中にある力は、案内してくれているのかもしれない……。
「どうするんだ? 捕まえるか?」
その方がいい、というような顔をしながら、勝真さんが言う。
だけど、あたしは……
あたしは、シリンを捕まえたかったわけじゃない……。
「勝真さん……シリンと、話をさせてください」
「いったい何を話すっていうんだ?」
さっさと捕まえた方がいいんじゃないのか、と勝真さんは続ける。
だけど、あたしは捕まえる気なんてない……少なくとも、今は。
『アクラムは“牡丹の姫”を知ってた。
でもシリンは知らないって言ってた』
『…………アレ?
でも、どうして百年前にいたアクラムとシリンが今もここにいるんだろう』
その疑問に対する答えを、あたしはきっとシリンに求めてる。
だから、ここに彼女がいることを、感じ取ったんだろう……。
「シリンが妙なことをしてきたら、話をするのはそこでやめにします」
彼女のことだから、逆上して攻撃してくるっていうのも、
ありえないことじゃない……
「あたしは、どうしてもシリンに聞きたいことがあるんです。
だから、勝真さん……今は、黙って見ていてくれませんか?」
どうしてシリンは、百年前にもいたはずの牡丹の姫を知らないのか。
百年前にいたはずのアクラムやシリンが、どうしてこの時代にいるのか。
あかねちゃんが京を平和にした後、今に至るまでどうなったのか。
それを、あたしは知らなきゃいけない気がするんだ…………。
「…………解った、ここはお前に任せる」
「いいんですか!?」
「言ったって聞かないだろ」
勝真さんは、苦笑交じりにそう言った。
「俺はここで待ってるから、行ってこい」
「は、はい!」
ありがとうございます、と一言言ってから、
あたしは勝真さんのもとを離れた。
「お前は……牡丹の、姫…………」
シリンの背後から近づいていくと、気配を悟ったのか、
あたしが何か言う前に彼女はあたしに気づいたようだ。
「シリン、あなたに聞きたいことがある」
あたしの言葉に、シリンは少しだけ顔を歪ませた。