「聞きたいことだって?」


          あたしの言葉で、シリンは見るからに不機嫌な顔になった。





          「あたしにゃ、あんたとする話なんてないよ」


          そう言って立ち去ろうとする彼女に、あたしは言った。





          「シリン……
           百年前の神子、元宮あかねを知ってるね?」

          「……!」


          踏み出されるはずだったシリンの足は、あたしの言葉で止まる。





          「あんた、なんで……」


          確かに、百年後の京にいるあたしがあかねちゃんの話をするのは、
          普通に考えればおかしいことだよね。





          「あたし……百年前のこと、だいたい知ってるんだ」


          そう、あたしは知っているから。
          だから、こうやってシリンに問いかけることも出来る。





          「なんで……どうしてお前が、百年前のことを……。
           ……まさか、あんた百年前にもあの場にいたのかい?」


          あの場にいた、っていうのとは違うと思うけど……





          「あなたたちを遠い場所から見ていた、
           って言った方が正しいかも」


          その方が、しっくりくるよね。











          「何言ってるんだい……わけが解らないよ」


          あたしだって、どうやって説明したら上手く伝わるのか解らないよ。
          だけど、百年前にも牡丹の姫はいたって言うし……


          …………そうだ。

          百年前にいたアクラムやシリンがこの時代にいることも気になるけれど、
          百年前の牡丹の姫を知るアクラムと、知らないシリン……
          どういうことだろう。





          「ねぇ、シリン。
           あたしはこの時代のこの京に、牡丹の姫として召喚されたわけだけど」


          百年前にも、牡丹の姫として召喚された人間はいたはずなのに。





          「百年前にも、牡丹の姫がいたはずなんだよ」


          どうしてシリンは、それを知らないの……?





          「百年前にも……あんたみたいのが、いたって?」

          「うん……だって、アクラムが言っていたことだし」

          「アクラム様が……」


          たぶん、シリンはあたしの言葉だけじゃ信じなかったと思う。

          “アクラムが”と付け加えると、
          先ほどまでこの場を去るそぶりを見せていたシリンも、少し考え始めた。











          「あなたも知っている通り、あたしが戦うときに使うのは扇。
           アクラムが言うには、百年前の牡丹の姫も同じだったって」


          そんな話をしてみても、シリンはピンと来ていない感じだった。
          やっぱり、百年前の牡丹の姫のことを知らない……らしい。





          「星の一族に伝わる文献にも、牡丹の姫のこと、少しだけ残ってるみたい。
           でも、それもすごく曖昧な御伽話のようなものらしくて」


          だから、実際に会っていると言うアクラムと、
          会っているはずのシリンに詳しいことを聞きたいとも思ってる。





          「シリンは……百年前の牡丹の姫について、何か知らない?
           それとも、何も知らない?」


          あたしは一方的に話し続けてしまったけれど、
          シリンは意外にも静かに話を聞いてくれた。

          そして、少し間を置いて彼女が話し出す。












          「あたしは……百年前にいた牡丹の姫なんて、知らない」

          「じゃあ……牡丹の姫は、百年前にはいなかったってこと?」

          「いや……それも、ないだろうね。
           アクラム様が、そんな幼稚な嘘をおっしゃるとも思えない」


          まぁ、嘘をつかないかどうかは別として……
          幼稚な小細工は使わないイメージあるよね、アクラムって。





          「じゃあ……牡丹の姫は本当にいたって言えるのかな」

          「そう言ってもいいはずだよ。
           だが、それならなんであたしは覚えていないんだ……?」


          そう、それが解らない。





          「あかねちゃんや、
           百年前の八葉のことは覚えてるんだよね?」

          「……あぁ」


          百年の間に、牡丹の姫に関する記憶が抜け落ちたとか?
          でも、なんでって感じだし……。





          「それに、どうして百年前にいたあなたやアクラムが、
           この時代にいるの?」

          「それは……」


          そこまで言って、シリンは口をつぐんだ。
          だけど、どうやらわざと答えないでいるわけでは、ないようだ。










          「なんであたしたちは……この時代に…………」


          彼女がうわ言のように、そう口にする。





          「シリン、思い出せる?」


          出来れば、思い出してほしい……
          どんな小さなことでもいい、あたしは情報がほしいから……。

          だけど、そんなあたしの思いとは裏腹に、
          シリンは突然苦しみ出した。





          「くっ……な、なんだい、この痛みは……!」

          「シリン!?」

          「く……あぁ……」


          この感じは、もしかして……
          千歳……?


          千歳の力が、シリンに作用しているのかもしれない。

          シリンの意志ではないはずなのに、
          彼女は千歳に従っているから……。












          「シリン、大丈夫!?」


          痛みに耐えられなくなったのか、とうとうシリンはその場で膝をつく。





          「あたしは、どうしてここに……
           なぜ、牡丹の姫を……知らない…………」

          「シリン!」


          どうしよう……!?


          あたしがシリンのもとへ駆け寄り触れようとすると、
          その手を弾かれた。





          「あたしに触るんじゃないよ!」

          「……!」


          さっきまでと雰囲気が違う……





          「牡丹の姫……あんたは、あたしやアクラム様の敵だ。
           敵であるあんたに、心配なんてされたくないんだよ」


          ついさっきまで話をしていたシリンとは、何かが違う……
          何か強い……千歳の力――黒龍の力に、屈してしまったってこと……?

          それが解ったあたしは、あえて何も言わないでおいた。





          「あたしは、アクラム様のために必ずあんたたちを倒すよ!」


          そう吐き捨てた直後、彼女はその場から去った。













          「千歳の……黒龍の神子の、力…………」


          シリンだって、アクラムのためにという強い心を持っているはずだ。
          でも、そんな彼女でさえ、意のままに操る力を持つ千歳。





          「気を、つけなくちゃ…………」


          気をつけなくちゃ、いけない…………。






















          「おい、!」


          ずっと黙って見守ってくれていた勝真さんが、
          いつの間にかあたしの近くまで来ていたようだ。

          すごく心配しているような感じで名前を呼ばれた。





          「お前……怪我は無いか?
           シリンが消える直前、何かあまりいい雰囲気じゃなかったが……」


          それでも、あたしたちの話が終わるまで待っていてくれたんだ……。





          「……大丈夫ですよ。
           それより、黙って見守っててくれて、ありがとうございました!」


          結局謎は解決できなかったけれど、シリンとゆっくり話が出来たし。
          勝真さんには、感謝だね。





          「とにかく、この後も四方の札を集めていかなきゃいけませんね」


          それが、京を救うのにやっぱり必要だと解ったから。
          やることさえ解っていれば、あたしには充分だ。





          「……あぁ」

          「頑張りましょう、勝真さん!」


          牡丹の姫のこと、シリンのこと、アクラムのこと、千歳のこと……
          問題はたくさんあるけれど、一つずつしっかり解決していこう。

          それに……






          「じゃあ、帰りましょうか」

          「そうだな」


         千歳のこと、勝真さんには聞きづらいと言って避けるだけじゃいけないこと、
         あたしは気づいていた。






あとで、話をしなくちゃ…………。