今日は一緒におしゃべりとしようとしたあたしが
          花梨ちゃんの部屋にお邪魔していると。

          そこにイサトくんが勢いよく入ってきた。





          「おいっ、花梨!
           今……あ、も……って、紫姫もいたのか!」

          「はい、おりました」


          何やら微妙に混乱しているイサトくんに話を聞くと、
          なんと野宮で深苑を見かけたとかで。

          気になった花梨ちゃんとあたしは、
          イサトくんと三人ですぐに野宮へ向かった。






















          「やめてください!」


          野宮についたのち、
          どこからかそんな切羽詰ったような声が聞こえたきた。

          てか、今の声って……












          「おい、聞いたか、今の」

          「彰紋くんの声だったよ」

          「どうかしたんでしょうか……?」


          声だけじゃ全然解らないけど……。





          「とにかく、行ってみよっか」

          「そうですね」


          あたしの提案により三人で声のした方へ歩いていくと、
          そこには彰紋くん……そして、幸鷹さんの姿があった。











          「なんか、声掛けていいか迷うね」

          「はい……
           でもやっぱり気になるし、ここは声をかけてみますね」


          あたしが小声で花梨ちゃんに話しかけると、
          なんとも頼りがいのある答えが返ってくる。





          「彰紋くん、幸鷹さん!」

          「花梨さん……」

          「何やってんだよ、こんなとこで」

          「その……」


          少し話を聞いたところ、
          幸鷹さんは何かの話を聞くためにここまで来たみたい。

          でも、追い返されてしまったんだって。


          で、ちょうど中から出てきた彰紋くんと、
          内裏や院御所について話していたとか。
         (でも、彰紋くんにちょっと違和感があるのは、なんでだろう……。)





          「神子殿や殿にも、ご報告しようと思っていたのです。
           ちょうど良かった」


          そう言った幸鷹さん、そして彰紋くんの話では、
          院と帝が、今度改めて話をすることになったらしい。

          怨霊が祓われてから、二人とも穏やかな気持ちになって
          物事を冷静に見つめることが出来るようになったということだろう。










          「じゃあ、仲直りするんですね」

          「良かったじゃねぇか。
           やっぱ家族ってのはいいもんだよな」

          「そうだね!」


          あたしもイサトくんの意見には賛成だな!





          「でも……他の貴族の方々は、
           まだなかなか歩み寄れないご様子です」


          まぁ、今までそうあったことを急に変えるのも、難しいしね。





          「ちょっとずつ進めば、いいんじゃないかな?」

          「ええ……僕もさんのおっしゃる通りかと思います」


          良かった、彰紋くんもけっこうポジティブな考え方になってきたね。





          「あれだ、京の陰気と陽気がちゃんとよくなったら、
           うまくいくんじゃねぇの?」

          「そうかもしれませんね」

          「それ、あり得るよ……イサトくん、すごい!」

          「お前、なんか俺のこと馬鹿にしてねぇか?」


          別に馬鹿にしてるつもりは、無かったんだけど……。





          「とにかく頑張りましょう」

          「うん!」


          じと目で見てくるイサトくんの視線の流しつつ、
          彰紋くんの言葉にあたしは勢いよく返した。













          「…………では、私はこれで失礼します」

          「あ、幸鷹殿、先ほどのこと……」

          「――ええ、彰紋様のお言葉です、必ず従いましょう。
           では、これで」


          彰紋くんの言葉に対し、
          そんな意味深な言葉を残して幸鷹さんは去っていく。





          「なんだ、今の話。さっきの大声のことと何か関係があるのか?
           悩みがあるなら、相談に乗るぜ」
 
          「それは、その……あの、大したことでは……」


          イサトくんも気になったみたいで心配そうに聞いたけれど、
          彰紋くんは言葉を濁して話そうとしない。












          「と、ところで彰紋くん。深苑くんを見なかった?」


          そんな感じのやり取りから
          朱雀の二人が険悪な雰囲気になってしまったところで……

          花梨ちゃんが上手く話をそらした。





          「いいえ、見てません」


          だけど、彰紋くんからは見てないという答えが返ってきて。

          イサトくんが見たって言ってるんだから、
          深苑がいたのは間違いないだろうけど。

          もしかして、もう帰っちゃったのかな……?










          「……あ、そういえばさ、彰紋くんはここに何しに来たの?」

          「僕は、こちらに霊水を頂きに参りました。

           野宮には、昔から心を清らかにする霊水が湧き出しているんですよ。
           こちらの霊水を院と帝にお届けしようと、頂きに参ったんです」


          霊水か……なんかすごいなぁ。





          「霊水、もらえた?」

          「ええ。斎宮にもお仕えしたというおばあさんが、
           分けてくださいました」

          「良かったね!」

          「はい」


          ようやく和やかな雰囲気に戻ってきたと思ったとき……
          そこに突然、和仁親王が現れた。

          ……こんなこと言いたくはないけれど、
          この人が現れると、十中八九雰囲気が悪くなる気がするんだよね……。





          「……まだこんなところにいたのか、彰紋。
           別当殿は帰ったようだな」


          辺りを見回した後、和仁親王がそう言った。





          「おい、彰紋。
           あのうるさい男に、話すことなどないと言っておけ」


          ってことは、幸鷹さんが話を聞きに来たっていう相手は、和仁親王?





          「お前、院に縁の寺の者だったな」


          あたしが少し考え始めたところで、
          唐突に和仁親王がイサトくんに話し掛けた。

          そのまま彼の話に耳を傾けると、
          どうやら和仁親王は霊水をもらえなかったようで。

          だからイサトくんに、自分のために霊水を得て、
          霊水を管理しているおばあさんを打ちのめしてこいなんて、
          とんでもないことを言い出した。


          和仁親王の言ってることは無茶苦茶だけど、とにかく、
          自分の言葉に従わないおばあさんが気に食わないらしい。





          「…………はあ? 本気で言ってるのか? 馬鹿馬鹿しい。
           俺はそんなくだらないことの片棒をかつぐ気は、さらさらないからな」


          イサトくんも呆れてしまったようで、
          (仮にも)和仁親王相手に素っ気ない返事をする。

          そんなイサトくんの反応に、和仁親王も逆上してきた。











          「兄上、どうぞもうそのような無理はおっしゃらないでください。
           霊水をお求めなら、僕の頂いたものをお分けしますから……」

          「お前は……霊水を得たというのか?
           私には渡せぬと言ったのに……」


          まぁ、呪詛とかやってたのに霊水をもらえたら、
          それはそれで驚きだけど……。

          あたしがそう思っていたとき、また別の人物が現れた。





          「こりゃ、このような神聖な地で騒がしくするでない……
           おや、あんたかい」

          「こんにちは、おばあさん」


          どうやら、このおばあさんが霊水を管理している人らしい。
          花梨ちゃんやイサトくん、そしてあたしまでもが霊水を頂いてしまった。
          (てか、このおばあさん、何処かで会ったんだっけ……?)






          「どうして私には霊水はやれないと言ったのに、こいつらだけ……」


          やっぱりというか、おばあさんのその行為が、
          和仁親王の癪に触ったようだ。

          花梨ちゃんがもらった霊水を無理やり奪おうとする。





          「兄上、花梨さんの霊水は彼女が頂いたものですから……」

          「うるさいうるさい! よこせ!」


          そのとき、ときどき聞こえるあの鈴の音がして。
          直後、和仁親王が苦しみ出した。












          「どうなってるの……?」

          「そりゃ、霊水がそやつの穢れからその娘さんを守ったのさ」


          あ、なるほど……。





          「なんだと……?」
 
          「兄上、おやめください!
           京の民に手をあげてはなりません!」


          おばあさんのその言葉もまた、和仁親王の癪に触ったらしい。
          怒りでおばあさんに手をあげようとするのを、彰紋くんが止めた。

          おばあさんの方はというと、脅えてそそくさとその場を立ち去ってしまった。





          「なぜ止めた。あのような無礼者、思い知らせてやって当然だ。
           何故なんだ、どうしていつも認められるのは私以外の者なんだ!?」

          「そんなに欲しいなら、俺がもらったやつやるから。
           ほら、手を出せよ」


          おそらくイサトくんは親切でそう言って渡そうとしたんだろうけど、
          霊水は、またしても和仁親王を拒む。





          「よくもこんな目にあわせたな……
           お前たちが悪い、必ず後悔させてやる!」


          アクラムから得た力で東宮となり、私を馬鹿にした京を支配してやる!

          そう言い残して、和仁親王もその場を去った。













          「……これが、俺の現実か」

          「え?」

          「権力を振りかざす奴を止めることも出来ない、
           逆らうことも出来ない……これが俺の今だ。

           昔からこうだったし、これからもこうだ。――何も、変わらない」

          「…………」

          「二人とも……」


          あーもう、せっかく朱雀の二人の仲も良くなってきたと思ったのに……。
          (四方の札探しって、問題がつきものなの……?)





          「…………ごめんなさい」


         いたたまれなくなってしまったのか、
         彰紋くんが申し訳なさそうに言った。





          「あいつがああなのは、お前のせいじゃないだろ。

           しかしなんだってあいつ、東宮東宮ってうるせぇんだ?
           お前はなんで黙ってるんだ?」


          まぁ、イサトくんの言うことも解るよね。
          和仁親王は、必要以上に“東宮”にこだわっているし……。





          「……僕が生まれなければ、東宮には兄上が立坊していたはずでしたから。
           帝に子がない場合、同母の弟のほうが、皇位継承権が高いのです」

          「じゃあ、和仁が東宮になることは絶対にないじゃねぇか。
           当人が夢見てるだけか? はた迷惑な……。それがまかり通るのか」

          「兄上と……女六条宮はそう信じておいでです。
           女六条宮は、兄上を東宮に立坊させたいとお考えなのです」


          法的にも、和仁親王が東宮になることは無ってことなんだね。











          「彰紋くん、女六条宮って、確か泉水の……」

          「はい、さん。
           彼女は泉水殿の母君……
           しかし、兄上を大切にし、泉水殿はかえりみられません」

          「なんで泉水の母ちゃんが出てくるんだ?」


          イサトくんが言ったのは、最もなことだった。





          「うーん、皇位継承権とか難しそうな話だよね……。
           せっかくだから、詳しく聞きたい」








花梨ちゃんのその言葉で、彰紋くんの皇位継承権に関する解説が始まることになった。