「発端は、院が帝の御位に即位なさった頃のことだそうです。

           院には、母君の違う弟妹がおりました。
           女六条宮と、その兄君二人です。

           そのうち上の兄君が、帝であられた今の院の東宮に立たれたのです。
           当時、院には子がおらず、同じ母を持つ弟もおりませんでしたから」

          「今の彰紋くんと同じなのね」


          花梨ちゃんがそう言うと、彰紋くんは困ったように笑って頷いた。





          「その後、院に二人の子が誕生しました。
           二人目が、今の帝、兄です」

          「一人目はどうしたんだ?」

          「幼いうちに罷られたそうです。僕も生まれていませんでした」

          「あ……悪かった。
           貴族はそんなこと、無いんだと思ってたから……」

          「いいえ、天が早くに上の兄君を呼ばれたのでしょう」


          なかなか悩みを打ち明けてくれない彰紋くんに怒ったりするのに、
          イサトくんはこうやって思いやる心を持ってる。

          やっぱり、イサトくんの中に優しさがあるってことなんだよね……。





          「通常であれば当時の東宮、つまり女六条宮の兄が帝に立たれ、
           今の帝が次の東宮となるはずでした。
           ところが、当時の東宮は突然病を得て、はかなくなられてしまいました」


          亡くなった、ってことだよね……。





          「でも、さっきの説明からすると、
           女六条宮と同腹のお兄さんはもう一人いたよね?」


          あたしの言葉に、彰紋くんは頷く。





          「さんがお察しの通り、次の東宮はその親王だと言われていました。
           ですが、院は……父は、兄を東宮に立坊させたのです」

          「それの、どこがまずいんだ?」

          「兄が幼すぎたのです。
           二歳になったばかりでは、いざという時に困りますし。
           その後僕が生まれ、僕が二歳になると父は帝を退き帝が四歳で即位しました」

          「四歳!?」


          そんな幼い帝が政治のことをやりくりするのは、
          どう考えたって無理だよ。

          だったら、おそらく……





          「院政、だね」

          「その通りです」


          院側、帝側、って言ってるくらいだから、
          院政が絡んでるだろうとは予想してたんだけど。





          「さん、詳しいんですね……」

          「あたし、一応大学で日本文学を勉強してるからね。

           日本史とも絡んでくる分野ではあるんだ。
           それに、もともと日本史は好きだし」

          「な、なるほど……」


          花梨ちゃんが小声で問いかけてきたから、
          あたしもこっそりそう答えた。













          「当時の兄には、政を行うことはできません。

           そして、父が院政を始められたのです。
           この時には、叔父は出家されていました」

          「なんか、すごい世界なんだけど……」

          「女六条宮は、叔父の出家を父の差し金だと思われているようです」


          そんな、出家が差し金だなんて……





          「本当のことなの?」

          「実際のところは解りません。
           僕が生まれた頃に出家され、お会いしたこともありませんので」

          「そっか……」

          「ただ、僕が生まれた後まで、
           叔父を東宮に推そうとする貴族も多くいたのです」


          あたしたちにとっては、和仁親王と彰紋くんの問題って感じだったけど、
          実はもっと多くの人が絡んでることなんだね……。





          「で、その泉水の母ちゃんは、
           自分の兄貴が東宮になれなかったから悔しいのか」

          「おそらく。だからせめて、兄上を東宮にされたいのでしょう」

          「だからって泉水の母ちゃんなんだろ?
           和仁なんて関係ないじゃん」


          そう、確かにイサトくんの言う通りなんだけど、
          何か引っかかるんだよね……

          何か……あたしは、何か知っているような……





          「遙か2を借りる前、友達に言われたような…………」


          何だっけ…………?


















          「二人とも、やめて!」



          「……!」


          あたしは、また重要な場面で考え込んでしまったらしい。
          いつの間にか、イサトくんと彰紋くんが言い争いになっていた。





          「私のこと、信じられない?」


          そう言った花梨ちゃんの目は、真剣だ。





          「いえ、あの……ごめんなさい、僕がうまく説明できずに……。
           こんな子どものようなことではいけないのは……解っているんです」


          彰紋くん…………。





          「…………。
           ごめんなさい、僕、戻ります。今日はすみませんでした」


          少し間を置いてそう言い、彰紋くんは足早に去っていった。





          「あっ、彰紋くん…………」


          大丈夫かなぁ……。












          「俺たちも帰ろうぜ。深苑は見つからねぇし、散々だったな」

          「…………」


          哀しそうな顔をする花梨ちゃんを見て、
          イサトくんは少し罰が悪いように続ける。





          「言っとくけどな、隠し事があるのは俺じゃない、あっちだぜ。
           あいつが俺たちを拒絶したんだ。

           秘密がある奴のことを、どうやって信頼しろって言うんだ?」

          「それもそうだけど、あたしたちが彰紋くんのこと、
           もっと知ろうとしなきゃいけないんじゃないかな」

          「そうは言うけどな、
           歩み寄ってるのに、それを拒んでるのは向こうだ」


          イサトくんはイサトくんなりに、彰紋くんを理解しようとしてるんだよね。
          そのことだって、あたしは解ってるつもりなんだけど……

          なかなか難しいなぁ…………。





          「――でも、まあ、京を呪詛から守るには、あいつの力がいるんだ。
           そのくらいは……大人になるさ。帰ろうぜ」


          雰囲気が重苦しくて、あたしも花梨ちゃんも
          それ以上この話題については話せなかった。






















          「お帰りなさいませ、神子様、様」

          「ただいま、紫姫」

          「紫姫、ただいま!」


          それから、紫姫に深苑捜索についての結果を報告した。
          (元々は、深苑を探しに行ったんだものね……。)


          深苑は見つからなかったけど、彰紋くんや和仁親王に会ったこと。
          和仁親王がアクラムから力を得たとか、妙な言葉を口にしていたこと。

          そんなことを、あたしたちは紫姫に話していく。





          「そのアクラムという男、
           先日兄様と千歳殿を不思議な力で逃がしたのでしたわね?

           いったい何が目的なのでしょうか……」

          「目的が解らないから余計怪しいんだよね、あいつ」

          「ええ」


          でも、絶対ロクなこと考えてないよ!

          根拠なんて何も無いけど……
          人は、本質的なところではそうそう変われないから。

          ……だから、変わろうとして頑張ってる人もいるんだけれど。









          「何でもいいさ。そいつが敵ってことは、はっきりしてるじゃん。
           和仁に力を与えて、何か悪さをしようとしてるってことだろ」


          あたしも、たぶんそんなことだろうと思う……。





          「ぶちのめしてやらねぇとな。
           花梨、、お前らも注意しろよ」

          「心配してくれてありがとう」

          「イサトくんこそ気をつけてね」

          「俺は大丈夫だって」


          あたしの言葉に対し、イサトくんは苦笑しながらそう言った。





          「とりあえず今は、札を手に入れることに全力を尽くしましょう」

          「うん、そうだね」

          「何はともあれ、まずはお札を探し、
           力をつけなければなりませんわ。

           すでに明王様の課題も終えられ、
           十二月一日に宇治橋へ行くだけです」


          そう考えると、ほんと花梨ちゃんって優秀だよね……
          …………なんか変な言い方だけどさ。





          「皆様を信じております、どうぞ南の札を手に入れてくださいませ」


          その後、南の祠についても、紫姫が詳しい説明をしてくれた。

          その祠に巣くっている怨霊も、やっぱり強い力を持つものらしい。
          化鳥と言って、火属性の怨霊なんだって。





          「火属性っていうと、イサトくんとあたしは同属性だね」

          「そうだな……。
           ちぇっ、長引く戦いになるかもしれねぇから、きっちりやらねぇと」

          「だね!」


          あたしの攻撃は、あんまり効かないかもしれない。

          ……けど、それまでに少しでも、
          効果的な戦いが出来るようにしておきたいな。






          「十二月一日が来るまでの間に京をまわり、
           五行の力をためるとよいと思います。

           怨霊と戦うには、五行の力と皆様の強いお心が必要なのです」

          「十二月一日だな、解ったぜ」


          十二月一日、あたしとイサトくんは再びここに集まることを約束して、
          その日はそれで解散となった。











          「火属性の怨霊、か…………」


          …………よし!








「特訓あるのみ、だ!」