「勝真さん、ちょっとお願いがあるんです!」


          挨拶も早々に終わらせたあたしはそう言って、
          勝真さんにある場所まで連れていってもらうことにした。



















          「この辺ならいいんじゃないのか?」

          「はい……ここなら広いし、大丈夫そうですね」


          あたしが勝真さんに連れてきてもらったのは、少し広めの空き地。
          船岡山付近ということもあって、木もたくさん生えている。





          「それなりに木も生えてるから、練習台にもなるだろ」

          「はい、そうですね」


          なんだか森林伐採のような気がしないでもないけど……

          でも、あたしはどうしても強くなりたいから。
          力を貸してもらいたいんだ。



          ――そう。
          あたしは扇での戦いに慣れるため、特訓しようとここにやって来ていた。

          南の札を取りに行くときに現れるのは、火属性の怨霊だと言うし、
          早く扇に慣れて充分に戦えるようにしたかったから。










          「とりあえず、まずは敵の攻撃を避けるところからやってみるか」

          「はい!」


          確かに、敵の攻撃を避けられなきゃ自分が攻撃できないしね。
          でも今は敵もいないし、どうやって攻撃を受けるんだろう……?





          「攻撃は、俺がやるからな」


          あたしの考えたことが解ったのか、
          質問する前に勝真さんがそう言った。





          「えっ、勝真さんがですか……?」


          でも、勝真さんが得意なのは弓なんだよね……?





          「あぁ、そうだ。
           …………っと、こんなもんでいいか」


          あたしの質問に答えながら、
          勝真さんはその辺にある木の棒を拾い上げた。

          ……棒って言っても、けっこう長さも太さもあるやつなんだけど。





          「俺だって、刀も一通り使えるさ。
           ただ真剣は危ないから、これを代わりとして使う」


          そっか、刀の代わりの棒だったんだ……。

          だから勝真さんは、
          長さも太さもけっこうあるものを選んだんだね。





          「本気で行くぞ、

          「はい! よろしくお願いします!」


          あたしが元気よく返事をしたのを合図に、
          勝真さんが攻撃をしかけ始めた。













          「敵が怨霊だけとは限らない!
           こういう攻撃にも対応できないと負けるぞ、!」

          「はい!!」


          それから、あたしは勝真さんと一緒に色々な特訓をした。

          怨霊の攻撃に見立てて石を投げてもらって、それを弾くだとか、
          この間お邸に庭でやったように、風を起こして攻撃するだとか……

          思いつく限りの使い方を一通りやってみたのだ。





          「はあ…………」

          「とりあえず、こんなもんだな」

          「は、はい」


          疲れた……。
          でも、前より扇の使い方に慣れた気がする。





          「ありがとうございました、勝真さん!」

          「いや、お前の役に立てたのは俺も嬉しい。
           特訓のかいも、あったみたいだしな」

          「はい、本当にためになりました!」


          なんていうか、こういうシミュレーションをやることによって
          戦術とかも考えつきそうだしね。











          「じゃあ、今日はそろそろ帰るか」

          「あ、あの、勝真さん!
           帰る前に、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」


          歩き始めようとした勝真さんを、あたしは慌てて引き止めた。





          「聞きたいことだって?」

          「はい。お邸だと、ちょっと聞きにくいので……」


          女房さんたちにも、あまり聞かれたくないし……。





          「まぁ、別に構わないが……
           日も傾いてきたから、あまり長話は出来ないぜ」

          「はい、大丈夫です」


          あたしは少し間を空けて、話を切り出した。














          「あの、勝真さん……

           あたしが聞きたいのは、かつて院のおそばにいた神子、
           千歳……さんのことなんです」

          「何だって……?」


          あたしが千歳の名前を出したとたん、
          勝真さんの顔色が変わった。





          「前に応天門でも……千歳さんと対峙したと思います」

          「……あぁ」

          「千歳さんは……勝真さんの妹君なんですよね」

          「…………そうだ」


          さっきまで笑っていた勝真さんは、
          だんだん不機嫌になっているようだった。







          「花梨ちゃんと相対することをしているから、
           一応は敵と見なされています」


          だけど……





          「勝真さんは、そのことをどう思ってるんですか?」


          千歳と敵対することについて、どう考えているんだろう。





          「……俺は紫姫の言う通り、アイツは敵だと思ってる」

          「どうしてですか? 実の妹なのに?」

          「実の妹だからさ」


          勝真さんは、苛立たしげにそう言った。










          「…………、お前には兄弟はいるのか?」

          「はい、あたしは妹が一人……」


          そう考えると、
          妹がいるっていうのは勝真さんと同じ立場なんだな……。





          「じゃあ仮に、お前の妹が罪を犯したとする」

          「……はい」

          「だが、罪を犯したまま妹は逃げ回っている。
           そのとき、お前だったらどうする?」


          もし妹が罪を犯したら、どうするか。





          「あたしは……
           妹に、逃げ回るのはやめるように言うと思います」


          もしそうなったならば、たぶん自首を進めるんじゃないかな。





          「そうだろ? 俺だって、それと同じさ」

          「同じ……?」

          「あぁ。千歳は、京の気の流れを留め、
           五行の気を吸い取り、京を疲弊させている。

           そのせいで、京に混乱を招いている」


          確かに、それらは黒龍の力の働きによってなされていることだ。





          「それが罪でなくて、何だっていうんだ?」

          「それは……」

          「千歳は、大きな罪を犯している。
           だから、身内である俺が決着を付けないといけないんだ」

          「勝真さん……」


          それは、そうかもしれないけれど……。











          「でも、なんていうか……
           よく話もしないで、敵対していいんでしょうか」


          あたしは確かに妹を自首させるだろうとは思ったけれど、
          なんでこんなことをしたのか、とか……

          きっと詳しく聞こうとするんじゃないだろうか。





          「話なら、お前がしようとしたんだろ?」

          「えっと……はい」

          「それでも聞かなかったんだ。
           向こうは、俺たちと敵対関係のままでいるつもりという証拠だ」


          確かに、一緒にいた深苑も聴く耳を持たなかった。
          だけど、それでもう敵だと決めてしまっていいのだろうか……。





          「とにかく、俺はもう千歳を敵だと思ってる。
           それ以上でもそれ以下でもない」


          もう迷いのない様子で、勝真さんはそう言い放った。











          「…………じゃあ、あと一つだけ聞いていいですか?」

          「何だ?」

          「千歳さんは……
           幼い頃から、何か特別な力を持っていたんでしょうか」


          黒龍の神子に選ばれたからには、
          それ相当の力を持っている人間のはずだ。

          だったら、幼い頃から何かその片鱗が見えていても不思議じゃない。





          「……どうだろうな。

           兄弟と言っても、俺は男であいつは女だから、
           一緒に行動することも少なかったしな」


          あまり詳しくは知らない、と勝真さんは続けた。





          「そう、ですか……」


          千歳についての情報は、あんまりないんだね……。













          「……そろそろ邸に戻らないか?」

          「あ、はい……そうしましょう」


          それ以上はあたしも千歳の話はしないことにして、
          お邸までの道のりを辿った。





















          「勝真さん、今日は特訓してくれて本当にありがとうございました」


          その日の夜、あたしは寝る前に、改めて勝真さんにお礼を言った。





          「いや、気にするな。
           それより、今日は悪かったな」

          「え……?」

          「お前、俺と千歳のことを心配してくれたんだろ?
           それなのに、俺はいらついてお前に当たったりしたから」

          「あ……」


          そのことか……。





          「……いいえ、あたしの方こそ
           千歳さんのこと知らないのに、偉そうなこと言ってすみませんでした」

          「そんなことないさ。
           お前は……そういうやつだからな」


          そう言いながら、勝真さんはあたしの頭をぽんぽんたたいてくれた。





          「おやすみ、

          「は、はい、おやすみなさい、勝真さん」


          勝真さん、前より心に余裕を持てているみたいだ。
          前だったら、きっとあんなに冷静に謝ってくれないだろうから……。





          「いい方向に、進んでいるってことだよね」







そんなことを考えながら、あたしは布団にもぐり込んだ。