十二月一日、南の祠までの道が開かれる日がやって来た。

          白虎組と一緒で、朱雀組もまた
          祠に行く前にちょっと嫌な雰囲気になってしまって。

          あたしと花梨ちゃんでその嫌な雰囲気を何とか取り払い、
          気を取り直して宇治橋へ向かった。










          「宇治橋から通じる祠への道って言っても、
           やっぱり私には見えないなぁ……」

          「あたしにも全く見えないよ」


          あたしたちがそんなことを言っていると、
          例の鈴の音が聞こえてきた。





          「花梨、。道が通じてる……ほら、橋の向こう」

          「え? どこ?」

          「全然見えないよ?」

          「あんなところから道が続くんですね……。
           明王の力とは不思議ですね」


          四人でそんな会話をしていたとき、突然目の前に人が現れた。










          「失礼する。祠へのこの道を、今、
           お通しするわけにはいかない」


          現れたのは、時朝さんだった。





          「何だと!? 
           ふざけたこと言うな、止めたきゃ力ずくで来やがれ!」


          イサトくんが時朝さんにそう言っている一方、
          彰紋くんが何かに気付いたようだった。





          「花梨さん、さん、兄上の姿がありません。
           どうしたんでしょうか……」

          「そういえば、見当たらないよね」

          「時朝さんが止めてくれたんだろうか、それとも……」


          …………いや、時朝さんは和仁親王の命令には逆らえない。
          たとえ、それが良くないことだったとしても。

          ならば…………。





          「きっと、和仁親王もこの近くにいるんじゃないかな」

          「……はい、そうかもしれません」


          そう答えた花梨ちゃんは、時朝さんの方へ一歩近づいた。





          「時朝さん、和仁さんはどこにいるの?」

          「…………」

          「兄上が諦めることは、ないということですね」


          時朝さんが黙っていることは、そういうことだった。





          「…………。この祠へいたる道は、宮様の道。

           我が力で、道に言葉の呪をかけた。
           他の者が通ることは一切叶わない」

          「道は見えてる、通れねぇわけないだろ!
           馬鹿にしやがって!」


          イサトくんはそう言って、祠への道がある(と思われる)
          ところまで走っていった。

          だけど、その意に反してイサトくんは道を進むことが出来なかった。
          何かに思い切りぶつかったかのように、弾き返されてしまったのだ。





          「あっ、だ、大丈夫ですか? どこか怪我は……」

          「ちょ、イサトくん、痛くない!?」

          「いや、このくらい平気だって!
           それより、何だよ……透明な壁があるみたいになってるぞ」

          「壁って、一体……
           ……!」


          そのとき、何か妙なものを感じた。





          「この気配は……」

          「宮様を、祠へお送りした。あの方が札を得られるために」


          あたしのつぶやきに対し、時朝さんが答えた。











          「それが、呪なの? こんなことが出来るの?」


          時朝さんの力を不思議に思ったらしい花梨ちゃんも、思わずつぶやいたようだ。





          「そのために力を与えられたから。私には、それが出来るのだ。
           アクラムという異形の者から宮様が得た力……。

           だから宮様のために使わねばならない。
           それが穢れによる力だと解っていても、私は拒めないのだ」


          どうして……。





          「穢れによる力は、あなた自身にも危害を加えるんですよ、時朝さん。
           それでも、その力を使い続けるんですか?」

          「…………そうだ」


          時朝さんは、どうしてこんなにも和仁親王に従うんだろう……。

          理由が知りたいと思ったけれど、
          それを問う前に時朝さんが彰紋くんに話し掛けていた。





          「……彰紋様。
           私は宮様のため、あなたに東宮位を退いて頂かなければならない」

          「それは、出来ません」


          凛とした声で、彰紋くんが答える。





          「怨霊を京に放つと申し上げてもか」

          「な……何を言ってるんだ!? 怨霊を京に放つだと?」

          「それって、ただの脅しじゃない!」


          そんなことするのって、おかしいよ!










          「…………。
           時朝殿、僕が――私が東宮位を退けば、京に害なすのをやめるか?」

          「御意にございます」

          「兄上は東宮に、そして帝になって……。京の民を守ってくださるか?
           私の望みは、京の幸せ。それさえ守ってもらえれば、東宮位を――」

          「彰紋くん!」


          彰紋くんが言い切る前に、
          花梨ちゃんは慌てて彰紋くんの名前を呼んだ。

          どうやら、思わず遮ってしまったようだ。

          …………だけど、もし花梨ちゃんが言ってなかったら、
          あたしが言っていただろうと思う。





          「怨霊が放たれれば人が死ぬ、
           だが東宮が交代したって京が悪くなるのは解ってる!

           こいつ一人に、背負わすって言うのか!?」

          「――それが、僕の義務ですから」


          京の平和は、彰紋くんただ一人にかかっているっていうの?
          本当に……?





          「東宮とは、その覚悟を背負って生きていくもの。
           決断が重いのも当然だ。

           さあ、選ばれよ、彰紋様。
           死の京にて東宮と在り続けるか、東宮位を譲られるか。ご決断を」

          「僕は……」


          彰紋くん…………。











          「お返事は祠にて承ります。
           宮様も、彰紋様のお答えを聞きたいでしょうから。

           祠へいたる道を開放し、皆さまをお待ちしております。
           よい返事を」


          言いよどむ彰紋くんに対し、時朝さんはそう言って姿を消した。













          「…………」

          「…………」

          「……彰紋くん」


          イサトくんも彰紋くんも、何も言わずに黙ったままだ。

          花梨ちゃんも何を言えばいいのか解らないみたいで、
          ただ彰紋くんの名前を口にした。





          「さん……
           京を守るってことは、決断を迫られることなんですね……」

          「…………そうかも、しれないね」

          「私も、こんな決断を迫られる日が来るんでしょうか……」


          花梨ちゃんが決断を迫られると言ったら、おそらく……
          龍神を呼ぶか、どうかじゃないかな。





          「もしかしたら、そういう日も来るかもしれない。
           そのときどうするかは、やっぱり花梨ちゃん自身が決めることだから」

          「……そうですね」


          もし、花梨ちゃんが龍神を呼ぶと決めたなら。
          あたしにも、何か出来るんだろうか。

          何か、力になれるんだろうか…………。













          「……ここでこうしてても、始まらねぇだろ。
           行こうぜ、花梨、

          「え、でも……」

          「呪とか何とかなんて、ぶち壊して進む。それしかねぇだろ」

          「でも、彰紋くんが……」


          イサトくんはさっさと祠に行きたいと言うけれど、
          花梨ちゃんはやはり彰紋くんのことが気がかりなようだ。





          「あ、ああ……。――彰紋……どうすんだ、お前」

          「僕は……」

          「俺は京を守る。そのために、和仁をぶっ飛ばす。
           それだけだ」

          「でも、僕が東宮位を退いて兄上に譲れば、
           兄上は京に怨霊なんか……」


          確かに、彰紋くんが東宮を退けば解決、みたいにも聞こえる。
          でも、本当にそんな簡単にいくのかな……。






          「本気でそんなこと信じてるのか?

           あいつなら、譲ろうが譲るまいが、やるぜ。
           気に食わないって理由でな」

          「…………」


          イサトくんもあたしと同じことを考えたようで、そんなことを言った。
          彰紋くんはというと、また黙り込んでしまっている。












          「……行きたくないんだな?」

          「……できることなら、戦いたくないんです」

          「お前、帰れ。もういい。俺がやる。京を守る」

          「イサトくん!」

          「……帰りません」

          「彰紋くん……」


          イサトくんは、意地悪で言っているわけじゃないはずだ。
          だって、すごく優しい人だから。

          でも、それが彰紋くんにうまく伝わっていない気がする……。





          「兄弟だからこそ、僕が兄上を止めなければならない。
           僕たちの問題は、家族の問題として曖昧にすることは許されない。

           行きましょう。京を守らなくちゃ」

          「…………。京を守るのは、京に住んでいる俺だ。
           お前はここで待ってろ」
 
          「どうしてですか、行かなくちゃいけないんです。
           僕は、京を守らなくちゃ……」


          彰紋くんが必死になってそう言うと、イサトくんもまた言葉を返す。





          「お前ばっかりに責任を負わせたいなんて思ってない!
           俺だって京を守りたいんだよ! 自分の信じる力で!」

          「でも、これは家族の問題でもありますから、
           あなたにご迷惑は……」




          「(すれ違ってる……
           二人とも、相手を気遣ってるのに…………)」




          イサトくんだって彰紋くんだって、お互いを気遣っているんだ。
          花梨ちゃんだって、それを理解している。

          だけど、どうしたらそれが二人に伝わるのかが解らないんだよね……。












          「ねぇ、とにかくみんなで一緒に行かない?
           どっちかとか、そういうことじゃなくてさ。

           花梨ちゃんやあたしだっているんだよ。忘れないで」

          「そ、そうだよ、二人とも! さんの言う通りだよ。
           京を守りたい気持ちが同じなら、なおさら一緒に行くべきだと思う」


          あたしと花梨ちゃんの言葉を聞いて、少しの沈黙が流れた。
          それを破ったのは、イサトくん。





          「……ちっ。足手まといになるなよ。行くぜ!」


          そう言ってさっさと走り出してしまった。





           「待って、イサトくん!」


          花梨ちゃんもそれに続くように走り出す。





          「龍神よ、どうか僕に勇気を……」


          彰紋くん…………。





          「彰紋くん……

           あたしは……あたしや花梨ちゃん、イサトくんは、
           あなたの決断を見守ることは出来る」


          だけど、





          「だけど、決断するのはあなただから」

          「…………はい、さん」


          あたしの言葉に、彰紋くんはしっかり頷いてくれた。













          「……さ、南の祠に行こっか」

          「はい」








先に行ったイサトくんと花梨ちゃんを、二人で追いかけた。