南の祠までたどり着くと、やはり和仁親王が現れて

          南の札の力を奪うようにとアクラムに言われたから、
          その通りにして京を支配するつもりらしい。




          「私がまだ力を得ていない時、
           叔母上以外は誰も私に振り向きもしなかった。

           アクラムから力を得てから、私を取り巻く世界は一変した」


          和仁親王は、この力さえあれば京の人間も思いのままだと言う。

          イサトくんが反論をしたけれど、和仁親王もまた逆上して
          彰紋くんに東宮を退けるかどうかの選択を迫ってきた。





          「彰紋、返事を今聞こう。東宮位を退け。
           怨霊を京に放たれたくなければな!」

          「…………」


          彰紋くんは黙ったまま……
          そして、次に口を開いたのはイサトくんだった。











          「彰紋……。俺は、京を守る。そのために、お前を信じる。
           俺が一緒に、責任を背負ってやれなくてすまない。

           でも、お前なら……」

          「イサト……。
           …………花梨さん、さん……」

          「彰紋くん……
           彰紋くんを信じる。私も、信じるよ」


          イサトくんに続き、花梨ちゃんがそう言った。





          「もちろんあたしも、彰紋くんを信じてるよ。
           信じてるからこそ、あたしはあなたの決断をここで見守る」


          ―――― そう、見守っているから。

          イサトくんも、今は彰紋くんを心から信じているようだ。
          それに応えるように、彰紋くんも和仁親王に向かうことを決断した。





          「あたしたちは、立ち向かわなくちゃならない」


          本気で京を救いたいから。





          「そうだ……私たちは立ち向かわなくちゃ。
           和仁さん、あなたの勝手にはさせない」

          「あなたを止めるよ、和仁親王」

          「よし、よく言った! やろうぜ、花梨!
           こいつをのさばらせてたまるか」


          そうこなくちゃ!





          「お前たちのような力ない者に構っている暇はない!
           僧兵ごとき下賤の者が、偉そうなことを言うな!」


          和仁親王がそう言うと、すぐに彰紋くんも反論する。





          「おやめください! 京を守るのに、身分なんか関係ない。
           ただ、心だけが必要です。
           互いに力を合わせ、信頼し、京を守りたいと強く願う」


          そう、強く思う心は、時として何物にも勝るから。





          「僕は、三人を信じる!

           龍神の神子を守る八葉として、同じ朱雀のイサトと、
           そして牡丹の姫であるさんと共に、あなたに立ち向かいます!」

          「そうだ、京のためだ。そして、自分が信じるもののため」

          「そして、自分が信じるその道を進むために」

          「……そのために、力を合わせて一緒に立ち向かおう。
           行こう、彰紋くん、イサトくん、さん!」


          花梨ちゃんが叫んだ瞬間、辺り一帯に光が溢れた。
          そして、朱雀の札が姿を現す。













          「力強い……そして優しい力が、僕の、僕たちの中に降り注ぐ……。
           朱雀の力が、より強くなる。花梨さん、あなたを守るために……」

          「……やっと、吹っ切れたような、そんな気がする。
           信じるための力を得たような……」


          きっと、今なら。





          「……出来るんだろうか。
           でも、“相手の立場になって考える”心を持ちたいと思う」


          今なら、出来るよ。





          「俺は、貴族なんて嫌いだ。
           貴族は勝手に俺たちを踏みにじるから。

           そして俺たちはそれを厭いながら、それでもそうして生きていくんだと……
           そんな風に思い込んで、俺自身も踏みにじった。

           ……自分がされたように」


          自分を振り返ったイサトくんは、揺るぎない目をして言葉を続ける。





          「なのに彰紋は……それでも俺を真っすぐに見た。そして、信じた。
           自分はもっと重いものを背負っているのに……」











          「……僕はこれまで、貴族の中でしか生きていなかった。 
           狭い世界しか知らなかった。

           三人が――花梨さんと八葉のみなさん、そしてさんが、
           僕に広い世界を見せてくれた」


          彰紋くんもまた、揺るぎない目をして言葉を続ける。





          「だからこそ、今までよりもっと、京を愛し、守りたいと思います」













          「二人とも、今なら出来るよ。
           自分を信じ、仲間を信じて。それが、きっと力になるから」


          そう、だから。





          「揺るぎない心を持って、立ち向かおう。
           あたしたちの神子と、一緒に!」


          あたしがそう言うと、イサトくんも彰紋くんもしっかり頷いてくれた。





          「三人とも……。頑張りましょう!」


          そのとき、今度は祠から光が溢れ出してきた。

          南の札が現れ、軍荼利明王があたしたちの絆を確認し、
          それにより札に宿る力を解放してくれるという。





          「私からの力を天地の朱雀に託しましょう。
           けれど今は、怨霊を祓うのです。

           南の札の力は……怨霊が奪っている」


          和仁親王がそこで退くわけもなく、怨霊との戦いが始まった。

























          「やった……怨霊を封じることができたんだ」


          時朝さんが呼び寄せた怨霊を、無事封印することが出来た。



          
ピキイィィン





          「あっ、またこの音が……」

          「呪詛が崩れた音?」

          「南の祠の怨霊が祓われたから、
           京の結界の南西の要が見えるようになったんだ」


          そっか……
          これで、ようやく二つの要のうち一つが姿を現したんだ。











          「ああっ、兄上……」


          彰紋くんの心配そうにする声に従って見やると、
          和仁親王は声が出せないようだった。

          どうやら、時朝さんが一人で受け切れなかった呪詛返しを、
          和仁親王も受けてしまったらしい。

          何も言えず悔しがる和仁親王を、時朝さんは先に帰した。





          「どうして和仁さんだけ先に帰したの?」


          花梨ちゃんのその問いに対し、
          聞いてほしいことがあるからだ、と時朝さんは言う。

          あたしも、ひとまずは黙ってその話に耳を傾けることにした。


          それから時朝さんは、和仁親王を止めてほしいと申し出てきた。

          アクラムと接触し出してからの和仁親王は、
          今まで以上に力に執着しているんだって。

          千歳が用意した怨霊を使うのは危険なのに、
          和仁親王はそれでも怨霊を使うように指示を出すのだという。










          「アクラム……力……それに、怨霊と千歳、か……。
           どうしてアクラムはあなたたちに力を与えるの?」


          時朝さんは、解らないと答えた。
          でも、やっぱりアクラムのことは信用していないらしい。

          だけど、和仁親王はアクラムの見せるものに夢中で
          警戒もしていないという。





          「……どうか、宮様を止めてほしい。宮様は、叔母である女六条宮に
           ずっと東宮にふさわしいと言われて育てられた。

           物心ついたときからそう言われ、ご自身も東宮になるおつもりでおられた」


          だけど、実際に東宮になったのは彰紋くん。

          和仁親王は、現実には力ない親王として、
          世にかえりみられない日々を過ごしたらしい。





          「私には、宮様を止めることはできない。
           ……クッ」

          「ど、どうしたんですか?」

          「……いや、呪詛返しが少しこたえているだけだ。
           ……これで失礼する――」


          そうして、時朝さんもその場を後にした。

          落ち込む彰紋くんを慰めつつ、
          あたしたちは紫姫の館に戻ることにした。






















          館に戻ったあたしたちは、いつものように紫姫に迎え入れられた。
          さすが神子様、と言う紫姫に、花梨ちゃんはみんながいたからだよ、と返す。





          「ばっか。どうして俺たちが力を合わせたんだと思ってんだ。
           お前を助けたいって思ったからに決まってんだろ。

           だから、お前のおかげだよ」

          「僕、ずっと迷っていました。
           でもあなたに、これからのことを言われたあの時……。

           あの時、決断の時が来たって思いました。
           あなたが背中を押してくれたんです」


          うん、良かった良かった。さすが花梨ちゃんだよね!

          あたしがそんなことを考えていると、
          イサトくんと彰紋くんがそろってあたしの方を振り返った。






え、何だろう?