この気配は……
「また来たってこと……?」
長岡天満宮へ行く日の朝、
あたしはまたもや妙な気配を感じ取った。
この気配は、前にも何度か感じ取ったことがある……
「あいつ……アクラムだ…………」
前に会ったときは、確か、
あいつ堂々とこのお邸の近くに現れたよね……。
「でも、それだと勝真さんと鉢合わせするかもしれない」
御霊を封じる日に、余計ないざこざは起こしたくないし……
「……あたしが行くしかないか」
この時間ならば、まだ勝真さんも部屋までは来ないだろうから。
すぐ戻れば、きっと大丈夫だ。
そういう考えに至ったあたしは、
妙な気配がする方へ自ら歩みを進めた。
「フフ……やはり、お前はすぐに気付くか」
「アクラム……」
あたしが自分から動くことも、予想してたって感じだ。
「今日は何しに来たの? また手駒の話?」
あまり邸を長くあけると、勝真さんが部屋に来てしまうかもしれない。
だから早々に話を終わらせようと、あたしはそんなことを言った。
「そう急がずともよかろう」
「生憎ですけど、あたしはあんたと違って忙しいの」
こいつ、またあたしのこと馬鹿にしてる……。
「まあ、よい……
今しがた神子に会ってきたところだ」
「えっ、また!?」
こないだもそんなこと言ってなかった!?
朝早いと八葉のみんなも居ないから危ないってのに……
…………いや、だからこそ朝早くを狙ってるの?
「花梨ちゃんには、何もしてないでしょうね?」
「案ずるな、手駒としてまだ動いてもらわねばならぬ。
今朝も危害を加えてはいない」
良かった……。
「神子とお前の力、強くなっているようだな」
「……何故、解る?」
「星の姫の作る館の結界も、強くなっている。
おかげで私は、神子に影を送ることしな出来なくなってしまったようだ」
「紫姫の結界が……」
そっか、じゃあこいつも直接花梨ちゃんに会ったってわけじゃなくて
影を送って、それを通して話をしたんだ。
……でも、だからってこいつと会うのが危険じゃないってことには
ならないんだろうけれど。
「お前たちは西の札と南の札を手に入れた。
その力があれば、長岡天満宮の御霊とも充分に戦えよう」
「そうだろうね。
で? あんたはあたしたちに勝ってほしいの?
それとも負けてほしいの?」
「手駒」と言うくらいなんだから、
こいつにとって都合のいい方があるはずだよね。
「それを答える義理はない」
「なっ……」
「私の都合を考えるよりも、
お前たちにはやらねばならぬことがあるだろう。
御霊を倒し結界を破壊せねば、
京の気は交わらずいつまでも冬は巡ってこないぞ」
冬が巡ってこない?
「冬が来なければ……どうなるの?」
「冬の理は沈黙だ。
冬が来てやがて年が巡れば、この一年の穢れも祓えよう」
だったら……
「だったら、冬が来なければ穢れは留まったままってこと?」
「その通りだ。さすが、思慮深き牡丹の姫だな」
御霊を隠していたものを取り払っただけじゃ、駄目なんだ。
御霊を封じて、それで結界を壊し……
時が巡るようにしないと意味がない。
「……それなら、絶対に負けるわけにはいかない」
「フッ、その調子で私の期待に応えるがよい」
って、何様のつもりだよこいつ!
「とにかく、あたしは御霊を倒して結界を壊す。
それだけだよ」
そろそろ、お邸に戻らないと。
そう思ったあたしは、アクラムに背を向けた。
「口にするのは簡単だが、な。
お前たちだけが力を付けているとは、思わない方が良いだろう」
え……?
「それって、どういう……
…………!」
どういう意味だ、と聞こうとして振り返ると。
そこには、既にアクラムの姿は無かった。
「……相手も、さらに強い力を得ているってことか」
用心しないといけないね。
「……とにかく、今はお邸に戻らないと」
その後あたしは、仕事だという勝真さんに、
紫姫の館まで送ってもらった。
そして、部屋に集まっていたイサトくんや幸鷹さんと合流する。
「和仁親王が?」
「はい……
どうやら和仁さんは、
さらなる力をよこせってアクラムに言ったみたいなんです」
そっか……
そうなると、やっぱりさっきアクラムが言ってたのは、
相手――和仁親王もまた、力を付けてるってことだ。
「でもシリンのことを聞いたら、知らないって言ったんです。
彼女は、自分の主から力をもらうだろうって」
「それじゃあシリンは、やっぱり千歳に従ってるってこと?」
「そうなるんでしょうか……」
どうやら、花梨ちゃんなりにアクラムに色々と探りを入れたみたいだけど、
最低限のことしか教えてくれなかったらしい。
あたしも、あんまり有力な情報は得られなかったし……
「今までどおり、アクラムには要注意って感じか……」
よく考えたいことではあるけれど、
今やるべきことはそれじゃないし。
「ぐだぐだ考えててもしょうがねぇじゃん。
さっき花梨にも言ったけど……
何か良くないことが起こらないように守るから安心しろって!」
「うん、ありがとうイサトくん!」
「ありがとう、心強いよ!」
花梨ちゃんとあたしがそう言うと、
イサトくんは照れたように笑った。
「神子殿、殿。
あなた方の助けがあったから、私たち八葉もここまで来れました。
感謝しています」
「そんな……」
「幸鷹さん、あたしは何もしてないですって!」
あたしが焦ってそう言うと、イサトくんが負けじと声を大にして言う。
「何言ってんだよ、お前の助けだってでかかっただろ!
俺と彰紋が言ったこと、忘れたのか?」
「え……?」
『花梨さんの存在、そしてさんの存在……
お二人の存在があってこその、絆だと思うんです』
『たぶん、片方だけじゃ駄目なんだろうな』
確か、あのとき……
二人はそう言ってくれたっけ。
「うん……ちゃんと覚えてる」
「だったら、もう変なこと言うなよ?」
「うん! ありがとう、イサトくん!」
牡丹の姫としてどうすることが正しいのか、正直解らない。
でも、みんなの力になっているなら、それが一番なのかもしれないね。
「御霊を祓い、結界を崩すことが出来れば、
京の気を清浄にする一歩となりましょう。
頑張りましょうね、神子様、様」
「うん!」
「そうだね!」
これで全部解決ってわけでもないけど、重要なところだもんね。
本当に、気を引き締めていかないと。
「今までに西の札、南の札を手に入れ、
白虎、朱雀のお力が増しました」
「あ、そうだよね……
じゃあ、今日は白虎か朱雀の八葉と一緒の方がいいのかな?」
「はい、様。おっしゃる通りでございますわ」
花梨ちゃんの選択により、
今日はイサトくんに朱雀の力を貸してもらうことになった。
そして、もう一人の同行者は地の朱雀・彰紋くん。
花梨ちゃんはおそらく、この二人の絆を信じてるんじゃないかな……
御霊にだって、勝てるはずだと。
…………なんて、あたしはこっそり考えていた。
「じゃあ、行きましょう!」
そうしてあたしたちは、御霊の待つ長岡天満宮へと向かった。