「長岡天満宮……ここに、結界の要の御霊がいるんだ」


          そう言った花梨ちゃんに続き、あたしたちが歩みを進めると。
          そこに誰かが立ちはだかった。





          「やはり来たのだな、神子に姫」


          そう言ったのは、深苑だった。





          「み、深苑くん!? どうして君がここに?」

          「お主たちは結界の要を祓いに来たのであろう」

          「……そうだよ」

          「ならば、私はそれを防がねばならぬ」


          焦る花梨ちゃんの横から、あたしが答えると。
          深苑も、強い意志を秘めた瞳をしてそう言った。





          「深苑くんが御霊を祓うのを防ぐなんて……
           まさか、深苑くんが戦うの!?」

          「私は、館を出た日にすでに覚悟を決めておる。
           お主の覚悟が定まらぬなら、今すぐ帰るのだな」


          焦るばかりの花梨ちゃんに向かって、深苑は言い放つ。





          「戦いたくないよ、そんなことやめようよ」

          「言うたであろう。もう他にしようはないのだ、引く気はない。
           神子、お主たちのやり方では京を守れぬのだ」


          何か言いたいけど、何を言えばいいのか解らない。
          そんな様子の花梨ちゃんの前に、あたしは立つ。











          「どうしてあたしたちの方法じゃ駄目なの?」


          深苑は「それでは駄目だ」としか言わないけれど、
          そう思う理由だってきっとあるはずだ。

          あたしは疑問に思ったことを、深苑に聞いた。





          「姫……お主たちは急ぎすぎる。それがかえって京に危機を招くのだ。
           お主たち自身がそれをまるで解っておらぬ。その、恐ろしさを」

          「急ぎすぎることが、京に危機を……?」


          どういうことだろう……。

          あたしが……いや、おそらくあたしと花梨ちゃんが不思議に思っていると、
          今まで黙って見守っていたイサトくんが、ずいっと前に出てきた。





          「ふざけたことを言うな! 紫姫はお前のことを心配してんだぞ。
           わけ解んねぇこと言ってないで、早く帰ってやれ」


          イサトくんの言葉に対し、深苑は首を横に振る。





          「……帰れない。

           紫を守るためにはこうするしかないのだ。
           お主たちには説明しても解らぬ」

          「説明する前から、解らねぇもくそもあるか!

           たった一人の妹なんだろ?
           なんでわざわざ別れるんだ、家族を悲しませるな!」


          徐々に声を大きくしていくイサトくん。

          ここは冷静にならなきゃ駄目なのかもしれないけれど、
          あたしも深苑に対する文句はたくさんあった。










          「イサトくんの言う通りだよ。

           深苑が詳しく話してくれれば、
           あたしたちだって理解できるかもしれない」


          理解できれば、こうして戦う理由もなくなるかもしれない。
          何か、別の道を見つけられるかもしれない。





          「大切な妹を放っておいてまでやっていることが、
           京を救う道に繋がってるのかな」


          あたしがそう言うと、深苑も少し苦しそうな表情になった。





          「……解っておる。だが、他に紫を守る方法はない。

           京を守るためにこの結界を崩されるわけにはいかない。
           京のため……紫のために、私はお主たちと戦う」


          深苑に迷いは無いみたいだ。
          でも、周りが全く見えてない……。





          「……戦えないよ。戦いたくないよ。
           それに、どうやって……」


          花梨ちゃんがつぶやいた言葉は、
          深苑にもしっかり聞こえていたらしい。





          「千歳殿から、この長岡天満宮の御霊を借り受けておる。
           この御霊で必ず守ってみせる。容赦はせぬ」


          そう言って、要である御霊をを呼び寄せた。











          「花梨ちゃん……迷ってる場合じゃないみたいだよ」

          「さん……でも……」


          本当に深苑と戦っていいのか、花梨ちゃんは迷っている。

          あたしだって、本当なら紫姫のためにも戦いたくないけど……
          でも、もうやるしかないんだ。





          「戦うしか、ないときもある」

          「……!」


          花梨ちゃんが目を見開いた。
          でも、すぐに真剣な表情になる。





          「……行きましょう、さん」

          「うん!」

          「行こう、イサトくん、彰紋くん!」

          「おう!」

          「はい!」


          花梨ちゃんの掛け声に従い、
          あたしたちは戦闘体制に入った。























          「勝った……」


          あたしがつぶやいた直後、空がピカッと光を放った。
          次いで、ものすごい音も鳴る。





          「……!! 
           今のは……雷?」


          そうしてみんなで空を見上げると、
          はらはらと白いものが舞い降りてきて。





          「これって……雪?」

          「雪が降ってる!」


          雪が降ってるってことは……





          「やったじゃん。冬が来たんだ!」

          「秋が終わって……冬が来たの?」

          「ああ、そういうことだ!」

          「そっか、やったね!」


          あたしとイサトくんがそう言い合っていると。
          少し離れたところで、深苑が空を見上げて言う。











          「京の気が巡り始めた……。
           止まっていた時が……世界が動き始めた……」


          敗れた深苑は、悔しそうに顔を歪ませた。





          「お主たちが結界を崩したせいだ。

           京を守ろうとする千歳殿の試みが水泡に帰した。
           このままでは、京は再び滅びへの歩みを始めてしまう」


          千歳の試み、滅びへの歩み……?
          深苑は、千歳と何をしようとしてるんだろう。





          「深苑くん、何を言ってるの?
           京の気を巡らせないと、冬を呼ばないと、京の穢れを祓えないよ」


          同じく疑問に思ったらしい花梨ちゃんが、深苑にそう言った。
          だが、当の深苑は、キッと花梨ちゃんを睨みつける。





          「何を言ってもお主には……お主たちには解るまい!」

          「解るまい、って……
           全く説明されてないんだから、解るわけないよ」


          あたしがそう返すと、深苑は黙り込む。





          「……いや、結界の全てが崩されたわけではない。
           今からでも千歳殿と共に……」


          そして、もう次の行動について考え出しているらしい。
          何か、もごもごと独り言を言っている。











          「……花梨ちゃん、こんなことを言いたくはないけど」


          でも、もうきっと変えられないから。





          「深苑はこの先もずっと、千歳と一緒に行動するみたいだよ」

          「さん……」

          「どうする? 無理にでも連れ戻す?」


          あたしの問いかけに、花梨ちゃんは少し迷ったようだ。
          でも、すぐに深苑に向かって声を掛ける。





          「深苑くん!
           紫姫も待ってる。戻ってきて」


          だけど、深苑は再び首を横に振った。





          「戻れぬ。紫のことは、お主に託したはずだ。
           約束を果たせ。お主は、紫のそばであれを守ってやってくれ」


          できることなら自分もそばに居てやりたいが、
          自分が千歳のそばに居る方が紫姫のためなのだと、深苑は言う。














          「だから、どうしてそう思うのか教えてほしいって
           あたしたちはさっきから言ってるんだよ」

          「お主や神子、そして紫は変化を望んでおる」

          「変化を望んで何が悪いの?
           変化しなければ……時が巡らなければ、京は救えないんだよ」


          だんだん腹が立ってきてしまい、
          あたしは花梨ちゃんが言葉を挟む間もなく続けた。





          「お主たちは急ぎすぎているのだ。
           私の恐れた通り、その性急さが京を脅かしておる。

           京は絶望の向こうへと進み始めておる……お主らの力で」

          「私たちの力が、京を『絶望の向こう』へと押し進めている?」

          「それって、どういうこと?」

          「ちゃんと教えて、深苑くん!」


          花梨ちゃんも一緒に、あたしたちは二人で深苑を問い詰める。
          だけど、深苑が答える様子は見られない。





          「……迎えだ。行かなければ」


          そして、何かの気配を察したのか、ただ一言そう言う。





          「どうか紫に伝えてくれ。
           兄はどこにいても、お主の幸せを考えていると」


          最後にそう言い残し、深苑は姿を消した。





          「待って、行かないで!」

          「深苑!」


          呼び止めようとしたあたしたちの声も、深苑には届かなかった。












          「深苑くん……
           そんな伝言一つなんて……」


          深苑は一体何を考えているんだろう。

          何をしようとしてるのかあたしたちが知れば、
          話し合えるかもしれないのに。

          考えていることさえも、詳しく話してくれない。
          これじゃ、どうしようもないな……。


          あたしがそんなことを考えていると、
          花梨ちゃんが少し間を空けて言った。










          「……もう、ここにいても仕方がない。帰りましょう」

          「花梨ちゃん……」


          歩き出した花梨ちゃんは、
          未だ動かないあたしたちに向かってもう一度言った。





          「帰りましょう、さん……イサトくん、彰紋くん」







そうしてあたしたちも、ようやく歩き始めた。