何度か感じたことのある嫌な気配を今朝も感じ、
          あたしはまた、お邸から少し離れた空き地に来ていた。

          どうやら、以前はお邸か何かが建っていた場所らしい。





          「居るんでしょ? 出てきたら?」


          一見誰も居ないように思える。
          けど……

          ……あいつは必ず居るはず。





          「フフ……お前は本当に鋭いな。
           いや、牡丹の姫だからだ、と言った方がよいか」


          こいつまた馬鹿にしてるし……。




          「で、今度は何? 一体何をしに……
           ……!」


          待って……

          そういえば、こいついつも花梨ちゃんに会ったあと
          (もしくは逆!?)に、あたしのところに来てなかったか!?





          「ちょ、ちょっとアクラム!
           まさか、また花梨ちゃんに会ってきたんじゃないでしょうね!?」


          焦ったあたしの問いかけに対し、
          再び馬鹿にするようにアクラムは笑った。





          「心配いらぬ。
           神子には、これから会いにいくところだ」

          「別に順番が後だからいいって問題じゃないんだからね!?」


          会いに行くこと自体が問題なんだってば!










          「……って、こんな漫才やってる場合じゃなかった」


          アクラムの狙いを探らないと……。





          「それで……結局あんたは何しに来たの?」

          「お前に、忠告に来たのだよ」

          「忠告?」

          「そうだ。
           シリンが、お前たちを倒しに来るぞ」


          「忠告」って言い方をしているってことは……
          やっぱりシリンは、こいつの指示で動いているわけじゃないの?





          「シリンはあんたのためだって言ってるけど、
           やっぱりそれは違うの?」

          「そうだ。
           私がお前や神子を倒したがっていると思われては心外だな」


          アクラムはぬけぬけと言う。





          「そもそも神子も八葉も、そしてお前も不完全だ。
           私を倒す力など持たぬ」

          「そんなのやってみなきゃ解らないよ」

          「フフ、お前ならそう考えるだろうな」


          まるであたしの考えなんかお見通しといった風に、
          アクラムは嫌な笑みを浮かべて言った。





          「お前がどう考えていようとも……

           お前たちにはせいぜい頑張ってあの女と戦ってもらい、
           勝ち残ってもらわねばな」

          「それが……駒としての、あたしたちのすべきことってわけ?」

          「その問いに答える義理はない。

           だが、お前たちは戦わねばならない……
           戦って、己の未来を勝ち取らねばならないだろう」

          「未来を勝ち取る……」


          その「未来を勝ち取る」っていうのが、あたしたちの目的?
          「戦うこと」が、今しなければならないこと?

          ……なんだかそれは、少し違う気がした。











          「気付いておらぬわけではあるまい……
           穢れが京を蝕んでいることを」

          「確かにこれで終わりってわけじゃないことは、解ってるよ」


          西の札と南の札だけじゃ……

          おそらく東の札と北の札も手に入れなければ、
          物語が終末に向かうことはないはず。

          終末に向かわず、現状を保ったままってこと……。





          「冬は来たけど、まだ足りない……」

          「その通り、確かに冬は来たが時は完全に巡っていない。
           京の気はまだ澱んでいる。

           穢れがこごり、年越しの清めも叶わず京は滅びるだろう」


          あたしのつぶやきに対し、アクラムは賛同するようなことを口にし、
          そして、京の現状についての話を続ける。





          「賢いお前なら既に気付いているであろうが、
           要が残る限り結界も消えぬ」

          「要を倒して残りの結界を壊すためにも、
           四方の札は必要不可欠ってことでいいの?」

          「そうも言える。

           要が結界を作るために四方の札が使われている……
           四方の札の力を怨霊が吸い、要に送っているのだ」


          そっか……

          だから西の札と南の札のときも、二つを手に入れたら
          隠れていた要が姿を現したんだ。

          札の力を吸い取ることが出来なくなって、
          姿を隠すことも出来なくなったってことだよね。


          四方の札を集めることの意味を、あたしは改めて理解した。





          「穢れも消えず、昇華もされず、明くる年に持ち越された穢れは、
           清らかな始まりを踏みにじる」


          最終的には、必ず結界を壊さないといけない。











          「で、あんたがあたしたちを戦わせたいのは、
           やっぱり駒としてはそう動いてほしいから?」

          「さあな……そう思うのならば、そう思えばよい」


          話の流れで聞きだせるかともう一度問いかけたけど、
          アクラムに軽くあしらわれてしまった。





          「……じゃあ、別の質問。

           こうやって色々情報をくれるのも、
           やっぱり手駒としてきちんと動いてもらいたいから?」


          それでもあたしが質問し続けると、珍しくもアクラムは顔を歪ませる。





          「お前に質問は許していない。答えろと指図されるのは不快だ。
           お前の指図は受けない」

          「これは指図じゃないよ」

          「うるさい、私は誰の指図も受けない。
           それが神――龍神の言葉だとしても。

           定められた未来、定められた滅びを受け入れる愚か者となるか……
           それに抗う愚か者となるか――どちらかだ」

          「……?」


          アクラムの様子がおかしい。
          今までこんな風に、感情に任せて話すことなんてなかったはずだ。





          「アクラム……?」

          「…………」


          気になったあたしがその名を呼んでも、アクラムは答えない。











          「アクラム……
           …………!」


          もう一度問いかけようとしたとき、ものすごい風が吹いた。
          そして一瞬目を閉じた隙に、アクラムは姿を消していた。





          「何だったんだろう……」


          百年前に、何かあったの?
          それとも……。





          「…………考えてても仕方がないよね。
           見つかる前に、お邸に戻らないと」


          あたしはそう考え直して、お邸までの道のりを走り出した。























          「おはよう、

          「あ……おはようございます、勝真さん」


          良かった、この感じでは
          お邸を出たことを気付かれてはいないみたい。
          (てか、お邸を抜け出すのもうまくなってるな、あたし……)


          あたしがそんなことを考えていると、
          勝真さんが不思議そうに聞いてくる。





          「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

          「あ、いえ、違います!」


          心配かけちゃ駄目だ!
          ちゃんとしなきゃ……。





          「だ、大丈夫です!
           ちょっとお腹がすいてるだけですよ」

          「……そうか、それなら大丈夫そうだな」


          少し間を空けて、勝真さんはそう言ってくれた。





          「けど、何かあったら必ず俺に言えよ?
           お前のためなら、いつでも力になってやるから」

          「勝真さん……」


          ああ、もう……
          こういうことふいに言われると、ほんとに嬉しくなるよね。





          「ありがとうございます、勝真さん!」

          「ああ。
           じゃあ、朝餉を食べにいくぞ」

          「はーい!」



















          「出かけた?」

          「ええ……先ほど頼忠殿がいらしてまして、
           女房の話ではご一緒にお出かけになったということですわ」


          その後、内裏に行かなければならないという勝真さんに送ってもらい、
          あたしは紫姫の館に来ていた。

          でも、どうやら花梨ちゃんは頼忠さんと一緒に出かけたみたいで。





          「そっか……
           でも花梨ちゃんは、今朝も元気だったんだよね?」

          「ええ、それは……お元気なご様子でしたわ」

          「アクラムに会ったとかは?」

          「それは……」


          紫姫のこの様子からすると……
          今朝、花梨ちゃんもアクラムと会ったみたいだ。

          その後、紫姫から詳しいことを教えてもらった。



          どうやら花梨ちゃんは、今朝、
          またアクラムが送ってきた影と話をしたらしい。

          アクラム本人が館に入ってこなかったのは、紫姫の力が強まって
          館に張ってある結界が強くなったからだという。

          で、あたしが今朝あいつとした話と同様のことを、
          花梨ちゃんも話したとか。





          「神子様はアクラムの言葉を信じていいものかとお悩みでしたが、
           あの男の言っていることは、大変筋が通っております」

          「この話については、嘘はないってことだね」

          「はい。このまま新年を迎えることだけは、
           避けなければなりません」


          あんまり時間もないことなのだ、と、あたしは実感した。





          「えっと……確認なんだけど、大晦日はいつだっけ?」

          「十二月二十九日ですわ。あと一月もありません」


          確か、暦が違うんだよね。
          本当にもう時間はないんだ。





          「長い間滞っていた京の気は、例年より多くの穢れを内包しています。
           京の穢れを全て祓うには、おそらく龍神様を呼ぶしかありません」

          「龍神か……」


          龍神を呼ぶって、簡単なことなのかな。
          あかねちゃんのときみたいに、何か代償があるんじゃ……。











          「龍神を呼ぶためには、
           結界を破壊して京の気を整える必要があるでしょう。

           そのためにも、四方の札を全て得なければなりません」

          「うん……

           とにかく、まずは四方の札――
           残りの二枚を目指して頑張らないとね」

          「はい」


          龍神を呼ぶことにまだ疑問は残るけど……
          まずは残りの四方の札を探さないと。

          これ以上、要に力を送ってもらっては困るから。






雪の降る空を見上げながら、そう考えた。