「ところで様、昨日から雪が降っておりますでしょう?」

          「うん」

          「位階をお持ちの方は、
           皆さま内裏に参内していらっしゃいます。

           そういう慣わしですの。初雪見参というんです」

          「じゃあ、勝真さんが内裏に行かないと……
           って言ってたのも?」

          「ええ、そのためだと思いますわ」


          そっか、そんな行事があったんだ。





          「紫姫は、今日は何してたの?」

          「これから、札のありかなど占ってみようかと思っていましたの」

          「あ、そうだったんだ!
           もしかして邪魔しちゃったかな?」

          「いいえ、とんでもありませんわ。
           様のお訪ねは本当に嬉しいことですので」


          そう言って、紫姫はふわっと笑ってくれた。





          「そういうわけですので、
           私はそろそろ御前を失礼いたしますね」

          「うん、解った!
           紫姫もあんまり無理しちゃ駄目だよ?」

          「はい、ありがとうございます」


          そう言って、紫姫は部屋へ戻っていった。





          「さてと……」


          京のためには急がないといけないみたいだけど、
          今日は勝真さんも来れないだろうし。

          考えなければいけないことだって山積みだけど……





          「まずは、花梨ちゃんに会おう」


          影とは言っても、アクラムと会ったんだもの。
          ちょっと心配だよね。

          そう考えたあたしは、紫姫の館の人に付き添ってもらって、
          花梨ちゃんと頼忠さんのもとへ向かうことにした。




















          ……とは言いつつも、二人の行き先を知らなかったあたしは、
          目撃情報を頼りになんとか朱雀門までやって来た。

          館から付き添ってくれた人とは別れ、
          怪しまれない程度に朱雀門付近を探ってみる。





          「ここで花梨ちゃんと頼忠さんらしき人物を見た、
           って聞いたけど……」


          本当に居るのかな?

          あたしが若干不安になりながら歩いていると、
          少し離れたところに見覚えのある後ろ姿を見つけた。





          「花梨ちゃんと頼忠さんだ!」


          やっと見つけた、と思って駆け寄ろうとすると。
          二人が誰かと対峙しているらしいことが解った。










          「おや、二人そろってよもや逢引かい?」


          突然姿を現したその人は、いつものように強気な発言をする。





          「…………」

          「すぐに相手にかみつくのは、しつけのよくない犬のすることだよ。
           もっとも、ご主人様がその娘じゃあ、たかが知れてるけどね」

          「神子殿への侮辱、許さん。
           二度とそのような口を叩けぬよう、捕らえてくれる」


          あれは……





          「シリン!」


          あたしが駆け寄ると、
          シリンはすごく嫌そうな顔をしてこちらを見た。





          「って、何もそんな嫌そうな顔しなくても!」


          思わずつっこむと、シリンも言い返す。





          「嫌な顔にもなるさね、
           あんたはいつもあたしの邪魔をするじゃないか」

          「邪魔って……
           こっちの邪魔をしてるのがそっちじゃん!」


          なんか腹立つな!





          「あの、さん、落ち着いてください!」


          花梨ちゃんが慌ててあたしを止めようとしたとき……












          「いたな、シリン!」


          別の方向から、紫姫の館前で別れて以来の声が聞こえてきた。





          「えっ、勝真さん!?」

          「花梨、頼忠、それにまで……。お前ら、何やってんだ」

          「勝真さんこそ……」


          「いたな」っていうことは……ずっとシリンを追っていたの?
          でも、どうして勝真さんは……。





          「俺はシリンを追ってきたんだ。
           話の続きを聞かせてもらいにな」


          「話の続き」というのも、よく解らない。
          あたしが考え込んでいると、すかさず頼忠さんが口を挟む。





          「こちらの話も終わっていない」

          「おお、恐い恐い。
           犬にかまれたら、あたしのこの美貌が台無しだよ。

           今日のところは、これで帰るさ」


          あたしたちを馬鹿にするように、シリンはそう言い残して姿を消した。










          「待ちやがれ! ……ちくしょう!
           おい、今あの女と何を話してたんだ、頼忠。

           それに、どうして花梨やをお前一人で朱雀門なんかに連れてきたんだ?
           お前は院側の武士、この地で何か起こっても、二人を守れないだろ」

          「すまない」

          「違うんです、勝真さん!
           あたしはさっき、紫姫の館の人と一緒にここに来て……」


          流れから考えるとただの成り行きなのに、
          頼忠さんが注意されてしまうのは心もとない。

          そう思ったあたしは、勝真さんの言葉を遮るように言ったんだけど。





          「だが、結局花梨を一人で
           朱雀門まで連れてきたのには変わりないだろ?」

          「そ、それは……」


          そうなる、のかな……





          「そうじゃないんです、勝真さん!

           私が無理やりここに来ちゃったから、だから……
           …………ごめんなさい」


          しゅんとしたあたしの横で、同じくしゅんとしてしまった花梨ちゃん。

          そんな彼女を見て、勝真さんもこれ以上言わなくてもいいか、
          と思ったみたいで、ため息を一つついた。












          「……しょうがねぇな、次から気をつけろ。

           も、いくら送り迎えが居たとしても、一人でうろついてたら意味がない。
           誰かと一緒に行動するようにしろよ」

          「は、はい!」


          あたしが慌てて返事をすると、
          今度は頼忠さんが勝真さんを睨み付ける。





          「私からも正したいことがある。勝真、あの白拍子と何の話があった。
           あの口ぶりでは、その前にも話したことがあったのではないか?」


          うん、確かにそうなんだよね。
          あたしもそれは、ちょっと気になった。

          そうして、あたしも頼忠さんと同じく勝真さんの答えを待つ。





          「……俺は京職だ。
           京に仇なす奴がいれば、捕らえもするさ」

          「だが、お前は『話の続き』と言ったはず」

          「案外鋭いじゃないか。
           剣の道一直線、ご主人様大好きのお前にしては上出来だぜ」


          ああもう、勝真さんも頼忠さんも、敵意むき出しの口調なんだから!

          あたしのそんな思いなど伝わるはずもなく、
          二人の間にある嫌な雰囲気は消えないまま。






          「だが、それを口にすることは出来ない。俺の仕事と名誉に関わる。
           それとも何か、俺がシリンを逃がしたって言いたいのかよ?」

          「そういえば、さっきシリンとそんな感じの言い合いをしてたけど……」


          花梨ちゃんが、小声であたしに
          「さんはどう思いますか?」と聞いてくる。











          「うーん……

           勝真さんはあれで意外と正義感が強いから、
           シリンを逃がしたわけじゃないと思うけど」

          「はい……」

          「なんか気になるんだけど……
           それよりも先に、どうにかしなくちゃいけないことがあるんだ」


          あたしの言葉にピンと来たらしく、花梨ちゃんは「あ!」と言った。





          「もしかして……二人のこと、ですか?」

          「うん」

          「確かにこのままじゃ良くないですよね……」


          そう言った花梨ちゃんは、
          ちょっと考え込んでから口を開いた。






          「頼忠さんも勝真さんも、どうして仲良くできないの」


          よく言った花梨ちゃん!

          あたしはそう思ったんだけど、二人はちょっと拍子抜けしているようだ。





          「仲良く……ですか。しかし、これは役目のことで……」

          「そうだぜ、花梨。仲のいい悪いじゃないことなんだって」


          二人は困ったようにそう言った。

          ……って、なんか話の流れが変な感じになってきてない?
          そう思ったたあたしは、三人の会話に割り込むようにして。










          「と、とにかく、今はシリンの行動が一番疑問じゃないですか?
           どうして彼女は、朱雀門に姿を現したのか、とか」

          「確かに……何かここに用があったんでしょうか?」

          「それは……」


          あたしと花梨ちゃんの言葉を聞いた勝真さんは、
          そのまま黙り込んでしまった。

          そんな勝真さんの行動を不審に思ったのか、
          頼忠さんの勝真さんに向ける視線も、どこか警戒しているように見える。





          「……何だよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。

           疑いたいなら、勝手にしろ。
           どうせ俺は、白拍子一人も捕まえられない奴だしな」

          「勝真さん!!」


          名前を呼んでも勝真さんは振り返ってもくれなくて、
          そのまま立ち去ってしまった。





          「勝真さん……」


          どうしたんだろう。

          どうしてシリンと話していたんだろう。
          何を、話していたんだろう……。














          「…………神子殿、殿、お下がりください」

          「え?」


          勝真さんの去っていった方向から向き直ると、
          頼忠さんが素早く戦闘態勢に入っていて。







直後、先ほど姿を消したはずのシリンが再び姿を現した。