「やれやれ、あの坊やはやっと消えてくれたね。
しつこくて困ってたのさ。
このあたしに目をつけるなんて、見所はあるけどね」
「…………」
「一体どういうこと!?」
無言で睨み付ける頼忠さんと、問い詰めるあたし。
そんなあたしたちに、シリンはおかしそうにしながら答える。
「地の青龍はね、勝手についてきたんだよ。あたしに声をかけてさ。
話がしたいって言ってね。
ついてきてくれなんて、一言も言ってないのにさ」
でも……シリンと話さなくちゃいけないことが、
きっと勝真さんにもあったんだよね……?
「ま、あの東宮様の側につく貴族のはしくれだからね。
裏切りなんてお手のものだろ」
「裏切り?」
「どういうことなの!?」
今度は、花梨ちゃんも加わってシリンを問い詰める。
だけど、未だにシリンは余裕を見せたまま。
「さあ、どうだかね。
東宮様が、あの秘密を明かさないのが裏切りじゃないなら……
それでもあたしは、構わないからさ」
「彰紋くんの秘密!?
でも、それは聞かないって決めたんだもの!」
「そうだよ!
彰紋くんが話してくれるときに聴くって、約束したんだから!」
あたしは……あたしたちは、彰紋くんを信じているんだから。
だから、約束を守るよ。
「おやまあ、頑固な小娘たちだこと。ま、好きにおしよ。
知りたくないならあたしはそれでもいいのさ、フフフ……」
そう言いながら、シリンは嫌な笑みを浮かべる。
「ただね、覚えておおき。
毒はじわじわと回るんだよ、少しずつね」
「毒……?」
何の話をしているの……?
「ま、あたしはお前たちがどうなろうと、知ったこっちゃないからね。
アクラム様のために、京を手に入れることだけが重要なのさ。
そのついでに、今までのうさは晴らさせてもらうけどね」
言いたい放題のシリンに、頼忠さんは我慢できなくなったらしい。
「……戯言で神子殿を惑わせ侮辱する貴様を、
これ以上は許せぬ」
そう言ってシリンをさらに睨み付けるんだけど。
「おお、恐い恐い。
アハハ、八葉はみんなすぐかみつく犬のようだね」
シリンはまたおかしそうにしながらそう言い、姿を消した。
「…………。
神子殿、殿、雪も降っております。戻りませんか」
「そうですね、こうしていても深苑くんは見つからないし……」
「あ、……二人は、深苑を捜しに来たんだね」
あたしがそう言うと、花梨ちゃんは頷いてくれた。
「でも……もう戻りましょう」
「…………そう、だね」
「お帰りなさいませ、神子様。
様も……神子様とお会いすることが出来たのですね」
「う、うん」
あたしは、なるべく普通を装いながら紫姫に答えた。
「占いの結果が出ましたわ。
天地の青龍と共に、逢坂山へ行くとよいでしょう」
「承知いたしました。では、また参ります。
今日はこれで失礼します」
「では、勝真殿には文をお出ししておきましょう」
「よろしくお願いいたします、あれも一応八葉ですから」
必要なことだけを話して、頼忠さんはさっさと帰ってしまった。
「はぁー……」
「どうかされたのですか、様」
「うーん、ちょっと……ねえ、花梨ちゃん?」
「はい……ちょっと二人がね、
言い合いをしたっていうか……」
あたしと花梨ちゃんの様子から、
おおよその状況を把握してくれたみたい。
紫姫は、困ったような表情をした。
「まあ、同じ青龍ですのに、どうしたことでしょう」
ほんとにそうだよね……
東の札、大丈夫かなぁ。
「でも、お二人ならば大丈夫ですわよね」
「うん、まあ……そうだよね。きっと、大丈夫だよね」
「ええ、様」
あたしも、二人をちゃんと信じなきゃ。
「今日はもう遅いですから、様もお帰りくださいませね」
「うん、そうする。
花梨ちゃん、またね」
「はい、おやすみなさい、さん」
「私もこれで失礼しますわ。お休みなさいませ、神子様」
そして、翌日。
花梨ちゃんと頼忠さんと勝真さん、そしてあたしを加えた四人は、
紫姫の言葉通り逢坂山に来ていた。
「逢坂山に来れば、東の祠への行き方が解るんでしたよね」
「うん、そうだと思う」
「祠を司る明王に認められないと、祠への道が開かないんだったか?
京が大変だっていうのに、のん気な話だぜ」
勝真さんがそう言い終わるか終わらないかというときに、
突然辺りが光り出す。
「なんだ、この光は……?」
「いったい何が……」
この感じは、もしかして……。
そう思った直後、どこからか声が聞こえてきた。
「龍神の神子、天地の八葉、そして牡丹の姫よ。
東の祠への道を求めますか?」
「あなたは、いったい誰ですか?」
花梨ちゃんの問いに、その声はしっかりと答えてくれる。
「私は降三世明王、東の祠を守る者。東の札は、東の祠にあります。
東の札を手に入れたいならば、
それにふさわしい者だという証を立ててください。
見事証を立てられれば、ここから東の祠への道を開きましょう」
西の札や南の札と同じように、
ここでも課題をクリアしていかなくちゃいけないんだよね。
それから降三世明王は、前の軍荼利明王のときと同じように
解らないことを質問するときちんと教えてくれた。
京は今、あたしたちが結界の一角を崩したから、気が通い始めている。
でも、結界はまだ完全になくなったわけじゃないということらしい。
そして本題。
降三世明王は、あたしたちに真に京を救う力があるか、
それを示せたならば東の札を委ねてもいいと言った。
そして予想通り、頼忠さんと勝真さんにも課題が出されたのだった。
頼忠さんはまだ迷いがあるから、それを断ち切らないといけない。
そうしないと、本当に強くはなれないから。
だから、天の青龍の最強の術を修得して、
神子と一緒に天地の青龍と牡丹の姫で野宮に行くようにって。
勝真さんは内心、
京の人間は無気力な者ばかりではないかという疑いを抱いているらしい。
それで、地の青龍の最強の術を修得し、
神子と天地の青龍、牡丹の姫で嵐山へ行き、
本当にそうか確かめるようにと。
――うん、そうだよね。
勝真さんの今までの話を聴いていると、 内心そう思っているのは確かだ。
さすが明王だ……
きっと、色々なことを見通しているんだろうな。
「二人とも課題をなし遂げたら、
そなたたちのために一日だけ、祠への道を開きましょう」
「解りました、やってみます」
「期待していますよ……」
そして消えたかのように思われた降三世明王は、
あたしだけに聞こえるように言う。
「軍荼利明王の話を覚えていますね、牡丹の姫よ」
「はい……あたしにも、きちんと課題があるってことですよね」
「その通りです。
それは天地の青龍、龍神の神子に与えられたものとは異なります」
何が課題なのか、あなた自身で気付かなければならない。
今までと、同じように。
そう言った降三世明王に答えるように、あたしは頷く。
「あたしも……みんなと一緒に、課題をこなします」
「ええ……期待していますよ」
そうして、今度こそ降三世明王は消えていった。
逢坂山で降三世明王と話をした花梨ちゃんとあたしは、その後、
天の青龍の最強の術、そして地の青龍の最強の術を
二人に修得してもらうことにした。
目的の場所に行き、それぞれ無事に最強の術を修得して。
「あとは、それぞれの課題をこなすために
野宮と嵐山に行くだけですね」
「うん、そうだね!」
花梨ちゃん、なんてゆうか……
やっぱりすごい策士?なのかも。
術だけ先に修得しておいて、一気に課題をクリアするみたいだ。
「お言葉ですが、神子殿……
今日はもう日が暮れてしまいます。
また明日、課題をこなしに出掛けてはいかがでしょうか」
「うーん、それもそうですね。
今日はここまででいいですか、さん、勝真さん」
勝手に決めるのも悪いと思ったのか、
花梨ちゃんはあたしたちにも意見を求める。
「うん、それでいいと思うよ」
「お前とがそう決めたなら、俺もそれでいいと思うぜ」
話はまとまり、また明日出直してそれぞれ課題をこなすことになった。