「降三世明王は、野宮に行けとしか言わなかったけど……
           ここでの課題は、いったい何だろう?」


          そう言いながら歩く花梨ちゃんの後に続くと、
          どっかで見たことあるようなないような貴族が歩いてくるのが見えた。





          「野宮は、相変わらず物淋しいところじゃの。
           しみじみとした趣きがあるわ」


          てか、あんたみたいな奴に「趣き」とか理解できるの!?

          そんなことを考えているあたしの横で、
          花梨ちゃんはちょっとその貴族が気になったようだ。





          「花梨ちゃん、こいつがどうかした?」


          だからあたしは、
          その貴族に聞こえない程度の声で問いかける。





          「さん、この人に話を聞いてみませんか?」

          「え? こいつに?」


          明王の課題に、こいつも関わっているってこと?
          なんか、あんまり考えたくないんだけど……


          …………でも、花梨ちゃんがそう言うんだもの。

          あたしは牡丹の姫として、神子を援助する立場にある。
          だったら、その役目を果たさないといけないよね。


          明王が言うには、ここで課題をクリアしなきゃならないのは
          天の青龍・頼忠さんのはずだから……





          「花梨ちゃん、頼忠さんに話を聞いてもらおうか」

          「あ、そうですよね」


          そして、花梨ちゃんが頼忠さんに声を掛ける。











          「頼忠さん、この人が何か知ってるかもしれません」

          「承知しました。この方にお話をうかがってみます」


          そう言った頼忠さんは、
          すぐ近くまでやって来ていたその貴族に向き直る。





          「失礼いたします。
           この辺りのことにお詳しい方と、お見受けいたしますが。

           今日は、どんなご用でこちらにおいでになったのですか?」


          頼忠さんがそう問いかけると、
          その貴族は「もののあはれを感じるために野宮まで来た」と答えた。










          「『もののあはれ』……?」

          「えーと、確か……『源氏物語』を勉強するときに、
          よく一緒に説明される考え方なんだけど」


          確か高校のときに習った気がする……。





          「自分の感情を表現することが中心になっている、
           って辞書とかには載ってたけどね」

          「まあ、簡単に言えばしみじみとした趣きのことじゃ」


          って、ほんとに簡単にまとめたな、こいつ!





          「野宮には悲しい恋の話が、いくつも伝わっておる。

           ゆかりの地で遠い昔の恋物語に思いは馳せるのも、
           また一興と思うての」










          「こいつと恋物語だなんて、つくづく似合わないな」

          「ですよね」

          「ふ、二人とも! さすがに悪いですよ」


          あたしと勝真さんの言葉に、花梨ちゃんが少し焦ってそんなことを言う。

          そしてそんなやり取りをするあたしたちなんか気にせず、
          その貴族はどんどん話を続けていく。












          「そういえば、そなたのような男が出てくる話もあるぞ」

          「私のような? どういうことですか?」


          不思議そうにする頼忠さんに、貴族はどこか得意気に説明する。





          「驚いたか?
           今から百年……いや、百十年ほど昔のことじゃ。

           斎宮に選ばれた姫君と警護の男が、この野宮で恋に落ちたそうな」


          ってことは、もしかして……禁断の恋ってやつなのかな?





          「ですが、その男にとって斎宮は己の主ではありませんか!?
           そのようなことが許されるとは、到底思えません」


          同じようなことを考えたのか、頼忠さんが珍しくも声が荒げてそう言った。
          そんな頼忠さんに、当然という風に貴族も答える。





          「もちろん、身分違いの恋じゃ。許されるはずがないわ。
           だが、まろでさえ、その二人に少しは心を動かされる。

           だからこそ、この話が今日まで語り伝えられているのであろう」

          「…………」


          許されない恋、か……。





          「話は済んだようじゃの。まろは、もう行くぞ」


          そう言い残して、貴族はそそくさと立ち去ってしまった。












          「これが頼忠さんに出された課題だとしたら、
           今の話を聞いてどう思ったのか……それが、重要なのかも」


          あたしのその言葉が、
          隣に居た勝真さんにはしっかり聞こえていたらしい。





          「なぁ、頼忠。お前、今の話をどう思った?」


          だからなのか、頼忠さんの方に向き直ってそんなことを言った。
          そして、聞かれた方の頼忠さんは少し考えて。





          「そうだな、許されることではないとは思うが……
           その二人は、勇気があったと思う」


          思ったことを、そのまま答えてくれた。





          「勇気があったと思うのは、その二人が……
           相手と自分の心に誠実であることを、選んだから?」

          「……!」


          花梨ちゃんの言葉で、ハッとなる頼忠さん。
          どうやら何か、つかめたみたいだ。





          「あなたのおっしゃる通りです。

           私は、これまで勇気とは、
           剣を取って戦う時に必要なものだとばかり思っていました。

           ですが、真の勇気とは、己と真摯に向き合うことだったのですね」


          何かが吹っ切れたかのように、頼忠さんは微笑んでそう言った。

          すると、その直後、前と同じように辺りが一瞬すごい光に包まれ、
          何度か聞いたことのある鈴の音がした。












          「天の青龍よ、そなたは勇気とは何かを会得したようですね」

          「ということは、つまり……
           頼忠さんは、課題をなし遂げたんですね!」

          「その通りです。
           天の青龍は、そなたたちの助力で自ら迷いを断ち切りました」


          自分と同じ立場にあった人の、許されない恋の話……
          それが、頼忠さんの迷いを断ち切るきっかけになったんだね。





          「勇気とは何か、私に気づかせてくださったのはあなたです。
           感謝します、神子殿」

          「私だけの力じゃないですよ、頼忠さん。
           さんが、今やるべきことを教えてくれたからです」

          「え、あたし?」


          四方の札探しを始めてから、
          なんだか間抜けな声を出す回数が増えた気がする……

          頭の片隅でそんなことを考えつつも、 
          あたしは花梨ちゃんの言葉の続きを待った。





          「なんて言ったらいいんでしょうか……

           さんは別に課題の答えを先に言ってはいないし、
           指図とかしてるわけじゃないけれど……」


          今やるべきこと、今進むべき道へ、自然と導いてくれる。





          「そんな感じなんです。
           そんなさんに導かれて、私も進めているんだと思います」

          「花梨ちゃん……」


          あたしはただ、考えたままを口に出してただけなのに……
          花梨ちゃんは、そんな風に思ってくれたんだ。





          「ありがとうございます、さん」

          「ううん……あたしの方こそありがとう、花梨ちゃん」


          花梨ちゃんの言葉が嬉しくて、あたしまでつられてお礼を言った。












          「本当に……お前たちは大した奴だな、花梨、
           俺も頼忠がどういう奴か何となく解ったし、ついて来て良かったぜ」


          そっか……朱雀のときと同じで、
          「天地の青龍」で来る意味もちゃんとあるんだもんね。

          勝真さんにとっても、ここでのことは大きかったんだろうな。





          「では、地の青龍が課題をなし遂げるのを、楽しみに待っていますよ」


          そう言った降三世明王は、再び放たれた光と共に去っていった。






          「次は俺の番だな。よろしく頼むぜ、花梨、!」


          降三世明王は、あたしには何も言わなかった。
          と、いうことは……





          「あたしの課題は、まだ終わってないってことなんだ……」


          軍荼利明王のときは、天の朱雀、地の朱雀のときでそれぞれ、
          あたしにも課題が出されていた。

          大威徳明王のときは、札を手に入れる当日にあたしは課題をクリアした。
          (あんまり一緒に行動できなかったことも、あるかもだけど……)



          あたしに出された課題は、色々な形で用意されているのかもしれない。

          だったら、一瞬一瞬をよく考えて、
          それでいて自分が一番いいと思うことをやっていかないといけないね。















          「さーん!
           そろそろ嵐山に向かいますよ!」


          「あっ、うん! 今、行くよー!」


          今考えたことは、まだ想像の域を越えない。
          でも、また後でちゃんと考えたい……よね。

          とにかく今は、四方の札探しに集中しなくちゃ。








そう思ったあたしは、前を歩く三人を急いで追いかけた。